第30話 人工知能時代の『M4戦車』(1/3)
━━2035年12月20日午前11時15分(朝鮮半島北部谷山郡・統一朝鮮標準時)
「くそったれめ! 案の定、おいでなすったぞ!」
ジム・ローソン大尉は新鋭戦車・M4ボーリガードの
「大尉の見立てが当たりましたな。お見事です」
「感心している場合か! 防御戦闘だ、ボイントン!」
「もう『エディー』が取りかかっておりますよ。
━━戦車小隊全車両へ。人工知能の支援のもと、自動防御戦闘。人的介入が必要な局面は随時知らせ!」
小隊内通信を終えるより早く、彼らの鼓膜にはガツンガツンという着弾音が響き渡った。続いて、左右から激しい破裂音がする。
「ははは。心配はいりません、大尉。
『エディー』はただの小銃弾と迫撃砲弾だと報告しております」
「お前はすっかり人工知能時代に順応しているな……」
「大尉もすぐに慣れますとも。私の場合、こいつとは開発時代からの付き合いですからね」
車長にして戦車小隊指揮官、そして元レーシングライダーだったという精悍な顔つきのローソン大尉と異なり、副長にして小隊のおもり役であるボイントン中尉は来年で50歳になるというダンディな口ひげ男であった。
だが、ローソン大尉がボイントン中尉に対して畏敬の念を抱くのは、何も自分より15歳も年上だからではない。
(中尉などという階級に騙されてはいかん……この男はあらゆる戦闘車両のテストをこなしてきた超ベテランだからな……)
ボイントン中尉の階級がその経験に対して低く思えるのは、もともと兵隊あがりである上に、テストと言っても常にサブパイロットやメンテナンス補佐の仕事を引き受けてきたためだった。
つまり、彼は輝かしき新兵器開発の歴史書に名前が載るタイプではない。
(しかし、サブや補佐だからこそ得られる経験もある……この男はまさにそうした分野のスペシャリストだ)
ローソン大尉とボイントン中尉はこの朝鮮侵攻作戦ではじめてペア組んだばかりだが、一言でいえばこの戦車小隊を引っ張る『軸』はボイントン中尉その人である。
「そもそもこのM4ボーリガードの開発が始まったのは、2024年までさかのぼります。
まあ、予定では先代の名前を受け継ぎまして『シャーマン』と名付ける予定だったのですが、とにかくあの頃の我が国は党派対立・人種対立の坩堝でして、合衆国の歴史に何のリスペクトもない移民どもが『北軍の将軍の名前をつけるなどけしからん』と申しました。
おまけにホワイトハウスへ帰ってきた『彼』は『彼』らしくもなく、時には妥協することも覚えてしまいまして、仕方なく南軍の将軍の名前がついております。
私は今でもこいつを心の中で『シャーマンⅡ』と呼んでいるのですが━━」
「その話は何十回も聞いた! あと長い! 今は戦闘中だぞ!」
「ああ、失礼しました、大尉。何も呆けているわけではありません。『エディー』を深く信頼すればこその長話、でしてね」
ボイントン大尉が悠々と語る間に、この新型戦車は何の指令も受けることなく既に防御戦闘を開始している。
『正面から敵歩兵脅威10。ただちに2号車と連携して主砲にて排除します。多目的榴弾、連続発射
「
『左右不整地より敵歩兵の脅威。数、30以上。機銃にて反撃し、蹂躙を実行中』
「
『対戦車ミサイルが2発飛来しました。受動防御を開始します。敵センサー妨害実施中。効果不明。スポッティングレーザーにて敵シーカー無効化を実施。成功しました。敵ミサイルは本車を逸れました』
「
「何をやっているのか、俺には全然わからん!!」
思わずローソン大尉が叫び出すほどにM4ボーリガード戦車の反応は、そして搭載される人工知能『エディー』の対処は素早かった。
「大尉もすぐに慣れますよ」
今にもコーヒーの1杯も飲み始めそうな顔のボイントン中尉だったが、彼を除く戦車小隊の全員は困惑の中で戦っている。
戦闘の経緯を━━つまり前面の多目的ディスプレイに映し出される大量の情報を、余裕を持って追いかけることができたのはボイントン中尉ただ一人である。
「……一応聞くが、我々は勝っているのか?」
「ええ、圧勝です。
『エディー』は我々が口で命令を下すよりも早く、あるいは手と足で操縦するより遙かに早く、自律的に対応してくれました。
まず正面から散開した歩兵が10人ほど突っ込んできましたので、隣の2号車とタイミング調整の上、主砲の2連装120mm砲から2発ずつ多目的榴弾を発射しました。
これを示す符丁が『
次に左右の不整地……道路脇ですな。そこに隠れていた30名以上の歩兵が飛び出してきました。
溝を掘って断熱シートでもかぶせていたのでしょう。こしゃくなことをするものです。
これを機銃で迎撃しましたが数が多くて処理しきれませんので、前後左右へ小刻みに動いて
しかし、ここまでやってもなんとかこの車体によじ登ってきた歩兵が数名いましたので、砲塔をヤンキースの4番のように振り回して撃退しました。
これが戦闘の経過となります。ざっと十数秒のことですが」
「な、なるほど……さっき砲塔がぐるぐる回っていたのは、そういうことか……」
右へ左へ、前へ後ろへ、そして強烈な回転運動のGを思い出しつつ、ローソン大尉は天井を見上げる。
わずか2人乗りのM4ボーリガード戦車は、完全な無人砲塔システムを実現している。
そこに搭載されているのは120mmの連装砲である。
(砲の威力そのものはM1エイブラムスの頃と変わりないというが……)
M4ボーリガードの主砲は連装砲と言っても、ごく一般的な2門の砲身が並んだ方式ではない。
両砲身を準一体成形としているのだ。つまりメガネのように2門の砲身が並ぶわけではなく、楕円型の砲身の中に2本の穴が掘られている形となる。
これが何を意味するか。
スペースや重量の節約もさることながら、同一目標へ向けて2発の砲弾を連続発射した際、きわめて近い位置に2発目が着弾するのだ。
(21世紀の各国主力戦車に搭載された複合装甲は……120mm砲の着弾に十分耐える……だが、たとえ初弾を防いだとしても装甲のダメージは避けられない……そして、すぐ近くにピンポイントで着弾したなら……)
ほぼ同一地点への連続打撃。この絶大な破壊力があれば、さしもの複合装甲でも十分たたき割ることが出来る。
これがむやみな大口径化や長砲身化に頼らず、アメリカ陸軍が導き出した21世紀の主力戦車砲であった。
もちろん、このシステムを実現することは容易ではない。
砲は発射の際に莫大な熱を持ち、僅かな歪みが発生する。衝撃は震動となって残る。ただ単に連続発射しただけならば、2弾目はかなり離れた位置に着弾してしまうだろう。
(M1の時代とは比較にならない強力な砲安定システム……砲身の熱容量コントロール……そして、絶対的に近距離砲撃となる戦車ならではのシステムと言えるだろうな……)
さらにM4ボーリガード戦車の革新性は防御力にも及んでいる。
ローソン大尉とボイントン中尉が腰掛けるのは、古式ゆかしき砲塔バスケットではなく車体内に設置されたコクピット・キューブであり、しかもそれは球状の複合装甲で形成されている。
(かつてのソ連戦車が半球型の砲塔だったように……球という形態は防御において、効率がよいものだ)
複合装甲製のコクピット・キューブはM4戦車の車体そのものとは分離された形で強大な防御力を備えている。
ボイントン中尉が毎日のように語るところによれば、M1エイブラムス戦車を3台まとめて破壊できるような超大型地雷が炸裂したとしても、M4ボーリガード戦車のコクピット・キューブはピンボールのように離脱して、自動的にエアバッグを展開。乗員は十分生存できるのだそうだ。
「しかし、彼らの攻撃はこれで終わったわけではありません」
そして、おまけのように告げるボイントン中尉の言葉に、ローソン大尉はまだ戦闘中であるという現実に引き戻された。
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