第29話 陸戦、山岳戦、攻撃戦
━━2035年12月20日午前11時00分(朝鮮半島北部谷山郡・統一朝鮮標準時)
「来やがった。敵戦車だ! 中隊全員に通達!
目標、米軍戦車4! 後続に大部隊が続く! 懐の懐まで誘い込んでから叩くぞ! 平地では絶対に動くな!」
旧北朝鮮領の中部にあたる谷山郡の
(おあつらえ向きの進撃路とばかりにやってきたようだが……そうは行くか! ここは俺たちの庭だ!)
すなわち、彼らにとっては山の斜面の険しさから湧き水の場所、落とし穴に向いているギャップの位置まで手に取るように分かる地元なのである。
『敵の先鋒車両が42番地雷の設置箇所へ接近します』
「道路のパッチ補修に見せかけて埋めた大型地雷だな」
『……地雷が作動! 敵車両を破壊しました! しかし中隊長、本当にこれは戦果として報告しなくてよろしいのですか?』
「あんなのたかが知れた自動運転車だ。何もなるか」
全長200km近くにもなる
すなわち、山がちな朝鮮半島の『背骨』を横から突き刺すように、西岸黄海側の平壌と東岸日本海側の元山をつなぐ高規格道路なのだ。
(陸上兵器で押し通るには最適の道ってわけだ……)
高規格道路であるだけに、平壌~元山観光道路は平地において非常に開けた見通しのいい道路になっている。
それは戦車にとって無敵のフィールドであり、統一朝鮮人民軍にとっては自国領であるにも関わらずキルゾーンにも等しい死地であった。
(だが、奴らはいきなり戦車で来たりはしない……まず、武装ドローンや無人機が偵察に来る……)
人工知能による高精度識別能力を持った米軍の武装ドローン・無人機は、熟練した兵がくまなく歩き回るほどの精度で偵察を行うことができる。
この時点で空から見て分かってしまうような陣地は、人工知能によって自律行動する武装ドローン・無人機の攻撃を受けてしまう。
堅く防御を固めたところで無駄なことだった。
必死で作った陣地であろうと、遙か100kmの彼方を飛ぶ攻撃機や戦略爆撃機が大型滑空爆弾をたたき込んでくる。コンクリートや鉄骨をふんだんに使った要塞ならばともかく、野戦用陣地程度では耐えられるはずもない。
(そして空の偵察をなんとか誤魔化したとしても、奴らは『露払い』を用意してやがる……)
驚くべきことに米軍が朝鮮半島の陸戦において最前面に押し立ててきたのは、ただの民間用自動車であった。
たとえばGMであり、フォードのコンパクトカーである。中には日本製の軽自動車や、かつて中国で生産された簡易EVまであった。
しかし、その自動車の中には人間が乗っていないのである。
そしてそれらすべてが自動運転に対応しており、平壌~元山観光道路をただ道なりに走るよう指令されていた。
「第1次祖国解放戦争の頃は、『南』の捕虜を地雷原に向けて歩かせたっていうからな。
少尉、見ろ。あの露払いのクルマはまさにそれだ。そんなもの戦果として報告したら、人民軍の恥になる」
『せめてもっと雪が降ってくれれば、あんなクルマは行動不能になるはずなんですが』
「やむを得ん。今年は記録的なカラ冬だからな。
……奴ら自慢の人工知能システムが、気候まで予測して侵攻を企てたという噂もある」
『そんな恐ろしいことまで、奴らの技術は可能なんですか?』
「ははは、怖くなったか? だが、これが現実だ。
俺はもうすっかり中年だが……若いお前らには実感がないかもしれんな。
最先端技術というのはもともと中国ではなく、アメリカの専売特許だったのさ。中国の奴らなんぞ、俺が生まれた頃には我々と変わらん旧式装備だったんだぞ?」
まだ20歳になったばかりの新米少尉に向けて、今年で45歳の
(いろいろあったもんだな……空挺訓練中に竜巻の気流にさらわれて、危うく『南』に不時着しそうになったこともあった……)
『南』との4年間の戦いでは、最前線で激闘をたびたび繰り広げ2度も負傷した
その敢闘精神は今もなお、まったく衰えてはいない。
『こちら第2小隊、敵戦車まもなく第7号ヘアピンに入ります……あっ、1度止まった! 偵察を行っているようです』
「よーし、いい調子だ。いいか第2小隊、物音1つ立てるんじゃないぞ」
『第1小隊より。敵武装ドローンが徘徊し始めました』
「対空分隊へ。頼んだぞ」
『お任せください、中隊長。30秒でたたき落としてみせますよ』
彼ら対戦車突撃中隊の迎撃戦闘プランはこうである。
(まず徹底的に息を潜めて……敵戦車を平地からこの山間部へと誘導する)
平壌~元山観光道路がいくら高規格道路といっても、朝鮮半島は山がちな地勢だ。
必ず狭隘なポイントは存在する。
(そして、一斉攻撃をかける。とにかく戦車だ。奴らの戦車を1輌でも2輌でも叩く。そうすればなんとかなる)
本来、言うは易し、行うは難しだ。
だが、皮肉なことに冬だというのになかなか降らない雪は、米軍の侵攻を阻むこともなかったが彼らの迎撃準備も有利にしていた。
これが例年のように雪まみれであったならば、ろくに偽装陣地を展開することもできなかったに違いない。
(軍隊の行動力なんてものは……結局は機械化の差が出る)
いくら地元の利があろうとも、雪面をものともせず突進してくる戦車と空を乱舞する航空機を、歩兵だけで止める手段はないに等しいのだ。
『敵戦車……動き出した!
7号ヘアピンを抜けた! 8号ヘアピンに入る! 最初の1輌……後続の3輌も入った! 全車攻撃予定地点に入る!』
『援護の歩兵戦闘車が入ってきました』
「対戦車突撃中隊、総員へ告げる。まず対空分隊が武装ドローンを攻撃する。
奴らの歩兵戦闘車は随伴歩兵を展開しようとするだろう。そのハッチが開いたら、我々も攻撃開始だ。出ようとする歩兵を潰せ。戦車と歩兵を一緒にしてはならん。
トンネルの対空分隊! 高射機関砲を展開せよ! 直ちに敵武装ドローンを狙い撃て!」
『第1小隊、了解』
『対空分隊、行動開始します』
「来るぞ……来るぞ、諸君……」
8号ヘアピンの近傍に展開した隠蔽壕で。簡易トンネルで。有線通信ケーブルがつながった先で。
兵達が息を潜める。
岩陰の断熱シートの下から望遠鏡1本を伸ばして、
(来たっ!)
今、まさにその時が訪れたのだ。
『南』との戦闘に備えて作られた山岳斜面の対爆トンネルから引き出された高射機関砲が、低空を徘徊する武装ドローンへ射撃を開始した。
その銃声を聞いたのが先か。あるいは、武装ドローンからの警報が米軍部隊にリアルタイムで共有されたのが先か。
道路を走る4輌の戦車と支援の歩兵戦闘車も直ちに反応した。
(奴らが防御態勢を取ろうとする……今こそが好機だ!)
戦車は前後に2輌ずつ車体を並べて、警戒体制を取る。
そして、戦車の『目』たる歩兵が展開しようとする。停止した歩兵戦闘車の乗車ハッチが開いた。
それこそが彼らが全力を注ぐべき合図だった。
「
総員、
その瞬間、彼らの全火力が放たれた。
対戦車ミサイル8、軽迫撃砲2、重機関銃6。さらには個人携行小銃140の全力射撃を伴う総突撃である。
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