第28話 光り輝ける場所(1/2)

 ━━2035年12月10日午後10時00分(東京・日本標準時)


「というわけで、本日の配信はこれでおしまいっ!

 みんな祖国再統一への気持ちは高まったかな? 偉大なる漢民族の再興、その日まで希望の未来へゴー! まったねー! 拜拜bye-bye白白バイバイ88ばいばいー!

 ……ほい、切断と」

「いや~、今夜の配信もイカレてたよ、きーちん! はい、これさーちんの愛がこもったプーアルだよ~」

「あざます! ありシャス! ありがとうございます! シェイシェイ、さーちん!」


 東京都・八王子市。

 奥多摩と並ぶ都下西端にして、多数の学校を擁する伝統的な若者の街である。


 さらに複数の近郊鉄道によって都心へのアクセスが確保されていることから、東京の発展と共に成長したベッドタウンでもあり、新型コロナウイルスのパンデミック後に当たり前となったリモート勤務の時代においては、特に順調な成長を続けている都市であった。


「ふぇぇ……もうこんなキャラ作るの疲れたよぉ……さーちん、変わってくんない? ほら、『Vバー』だとたまにあるっしょ。中の人交代」

「残念だけど、ワタシはきーちんみたいにマジで頭おかし━━こほん。超絶最高に頭良くないから、代わりにはなれないんだよね~」


 そんな八王子市の中でもやや郊外。

 具体的には高尾に近い住宅街の一角に、その2世帯タイプ住宅はあった。


「頭……頭……頭ねえ……確かにあたしは極東一の頭脳明晰美貌警告出前迅速巨乳JK愛々義兄同居!━━な、スーパーキノエちゃんですけど!」

「そうそう、天才は狂人と区別がつかないってアレだよ、アレ」


『Vバー』配信の定番とも言える多面カメラのセットされたデスクから、おだんご頭の少女が巨大なクマのぬいぐるみを模したソファへダイヴする。

 すらりと伸びた白タイツの両脚。まさに生命の美、その絶頂期にある10代後半の輝ける笑顔。

 そして胸元に建造された完全なる曲面大お椀型二連砲塔は、世界のすべてを魅了してもなお余りあるスペックを誇っている。


「むむむ、なんだか褒められているような、けなされているような……」


 その名は金土甲かなど・きのえ。すなわち、金土甲かなど・こうの義妹であった。


「いやいや、きーちんにしか行けない領域があるってことだよ~。

 やっぱり極東のみんなを虜にして引っ張る次期総書記『Vバー』末妲姫ばだきちゃんはきーちんだけのものだね!」


 対して8面もの大型モニタに埋め尽くされたテーブルで、配信のアーカイヴ処理を手早く完了しながら、ラフな三つ編みをぐねぐねと揺らすメガネの女性がいる。


 その年の頃は、明らかにキノエよりは一回り上であった。

 キノエの兄であるコウとほとんど同じ年代に見える。せいぜい見た目に見合わないものがあるとすれば、大陸中国において平原と呼ばれ、台湾や香港において飛機場空港と呼ばれるタイプのきわめて平坦な胸部飛行甲板を備えていることであろう。


「え~、でもやっぱり大陸中国の総書記としては影武者の一人くらい欲しいよね~。さーちんやってよ」

「むむむ、確かに不測の事態への備えは必要……まあボイスチェンジのパラメーターを頑張っていじくれば……」

「おっ、おっ? やれちゃいますか? 瓢箪から駒? ネズミ一匹から泰山? 蒸気機関車から高鉄シンカンセンが出ちゃいますか?」

「その調査のためにも末妲姫ばだきちゃん音響担当のサーヤ・ボスワースとしては、あらゆる音声データを知っておく必要がありますねえ!」

「いっやー! 揉まないでー! これ以上、揉まれたらもっと大きくなるー! こーにぃのために取ってあるのー!」

「よいではないかよいではないか、これよりボタン当て遊戯の開幕じゃー!」

「んっぎゃー! 目覚めるー! 別の趣味に目覚めるからー!

 ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!! ッ、ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!」

「相変わらずハートの砲身にまったく響かない、実にきたない喘ぎ声だなあ……」


 男なら誰でも間に挟まりたくなるような絡み合いの光景でありつつも。

 しかし、やっぱりご遠慮したくなる汚物の奇声が響き渡るさなか、ドアからドスドスというノックの音が聞こえた。


「おっ、愛しのお義兄さまのお出ましじゃん。

 きーちんが出る? それともワタシが出て、その後ろできーちんが慌てて乱れた服を直してるプレイする?」

「こーにぃ、そういう趣味ないから! きーちんは椅子すわって、死んだ魚の刺身から寄生虫が出てきたみたいにしてて!

 ━━やっほー☆ ぐっどないと&らぶみーてんだー、こーにぃ♪ ふぇぇ~☆ キノエ、夜はひとりだと寂しくて眠れないの♪ お義兄ちゃんのベッドで寝てもいい?」

「お・ま・え、はっ、深夜に!! 大騒ぎするとあれほど言ってるだろうがっ!!」

塗阿ぬあッッッッッッッッッッッッッッッ!! こ、壊れる! キノエちゃんの人類遺産級頭蓋骨および脳みそが壊れるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!

 優しく壊して! 優しく殺してっ! きりんぐみーそふとりー! 私本当日本語上手殺私非常優ッッッッッッッッッッッッッ!!」


 音楽室のように分厚い扉を開けると、そこには不機嫌絶頂な兄の姿があった。


 彼は━━キノエの兄である金土甲かなど・こうは、義妹の発したV豚用好感度稼ぎセリフを鼓膜からの神経レベルで完全に無視すると、こめかみを骨がきしむほど激しく拳骨ファウストで締め付ける。


 一言でいえば、それはげんこつで頭ぐりぐりと呼ばれる仕草だった。


「阿ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!! 紅悪ホンオッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!」

「おーい、きーちん。それだと日本語が上手で、人殺しがめっちゃうまいみたいになるぞー」

「ハアハア……あのですね、ユエ先輩も少しは自重してくださいよ!

 防音工事したのに下まで響いてくるとか、いったい何をやってるんですか!?」

「うーん、この部屋はいくら叫んでも外部には出ていかないと思うんだけどなあ……頑張ってノイズ・キャンセリング設計までしたんだよ? ボンバルディア社から遙か昔にちょろまかされた航空機設計の資料をちょこちょこと━━」

「戯れ言はいいので、とにかく静かにしてください」

「おおう、金土くん! そんな近くに君の美貌を近づけないでくれたまえ!

 確かに君は男も女も男も男も籠絡するほどのすごい美形だけど、ワタシにはキノエちゃんという将来を誓い合った相手がっ! あと、やっぱ君の顔立ちってホモにモテモテだよね?」

「夜になったら静かにしてくださいっ!! い・い・で・す・ね?」

「あー、ハイハイ。宣誓します。鄭月ジェン・ユエことワタシ、サーヤ・ボスワースはお誓い申し上げますー、スイマセンー」


 ユエと呼ばれ、そしてサーヤと名乗った女性はまるで反省いたしません、と言わんばかりに肩をすくめてケラケラと笑う。


「先輩は相変わらずまるで聞いてないんですから……」

「聞いてる聞いてるー。聞くだけなら聞いているよー。

 まあ、次は声が漏れないように対策するから、悪く思わんどいてにゃー。あっはっはっ」


 頭痛をこらえるように額へ手をやっているコウを何とも楽しそうに眺めつつ、ユエは両足を遙か昔のリレー式コンピューターが動作するようにぶらぶらと上下させる。

 やはり真面目に聞く気がないのは明白だった。


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