第25話 熱核弾頭の落ちた地で(3/3)

(アクションプランβ……その行程フェイズ201は元山港ではなく、やや内陸に入った三路セギル駅北の農地を拠点として利用するというものだ)


『社会主義自由清国』によるメガトン級水爆は、元山の市街地ど真ん中に直撃したことが確認できている。

 その巨大な火球は元山港のみならず、至近距離にある葛麻カルマ半島の元山空港をも焼き尽くしたとみられているが、やや北東部にある三路セギル駅の北にはフラットな農地が広がっており、しかも元山市中心部からみると低いながらも2つの山を挟んでいた。


(もちろん核は空中で炸裂したはずだが……それでも自然の防壁で被害がおさえられているはずだ。

 線量ゼロとはいかないはずだが、ここならば十分行動可能だろう)


 さらに好都合なのは、この地点が上流のダムから流れる河に面していることだった。

 水の確保はどれだけ強力な兵站を持つ軍隊にとっても重要課題であり、放射線汚染地域とあれば除染に使用することもできる。


『空軍司令部より応答あり。三路セギル駅周辺を濃密に掃討中とのこと』

「ところで、准将。もっと北の文川ムンチェン市まで移動すれば、放射能汚染は考慮しなくて済みそうですが、よろしいのですか」

「アクションプランγガンマか? 確かにあそこは核攻撃を免れているが、まだ大量の市民が住んでいる。

 それよりは荒れ果てた農地の……5人か10人か知らないが、残存した住民にどいてもらって戦いの準備をする方がよいだろうよ」

「まあ、我々海兵隊がいくら勇敢といっても、市街戦は割に合いませんからな」

「そういうことだ」


 いかなる国にとっても異なる軍の連携は難しいものだが、アメリカ海兵隊と空軍の連携はある意味でもっとも性質が違う存在を組み合わせる難しさがあった。


(海兵隊が泥水をすすり砂浜を匍匐前進する野獣とすれば、空軍はさながら雲の上にある城でコーヒーを飲んでいる貴族のようなものだ)


 このような違いがあれば、人間である限り感情的な反発は決して避けられないものであるが、こんな場合でも国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』は有効に機能する。

 海兵隊からの要請を、あるいは空軍からの提案を常に多角的に判定し、あまりに不条理であったり組織防衛に走るようなものであれば、是正を勧告してくれるのだ。


(もちろん……言うなれば『オートモード』も可能だ……)


 これは国家戦略人工知能システムに軍事作戦の進行を全面的に委任するモードである。

 作戦計画のプラニングから実行に至るまでほとんど人間の判断は入ることなく、最終責任者による計画承認と作戦開始命令だけが必要なものだ。


(軍事常識からすればあり得ないことだ……しかし、この『オートモード』は僅か60秒で10個飛行隊による300ソーティの作戦計画を立案してみせるという……そして、将官以上の人間が承認し開始命令を下せば、補給物資の発注まですべて自動に動き出す……)


 100人、いや1000人が関わり、1週間、場合によっては1ヶ月かかるような仕事量をトイレに行く程度の時間で終わらせるのである。

 まさにアメリカのあらゆる領域と結合した国家戦略人工知能システムならではの、そして単純なパターン処理ではなく『知能』そのものと言える汎用人工知能ならではのパフォーマンスであった。


「空軍の動きはどうか」

『はっ、状況は━━出ました。

 無人機による完全自律掃討は順調なようです』

「ほおー、この掃討作戦は『オートモード』ですな。さすが空の連中は動きが早い。我々海兵隊ならば、せめて3分は人間が考えるところですが」


 CICクルーの多機能端末に表示された空軍からのリアルタイム作戦データを表示すると、作戦に参加している無人型攻撃機QF-35によるスタンドオフ爆撃の情報が表示された。

 さらに低空では多用途武装ドローンであるOQ-82ラウドネス・スピーカーが既に展開をはじめている。かつてCOIN機と呼ばれた危険度の高い低空直接支援は、いまや完全に無人機の独壇場だった。


(軍用トラック2、陣地1を確認……沖合50km、高度12000メートルから滑空爆弾で攻撃か……)


 OQ-82ラウドネス・スピーカーはRQ-43リトルカブより大型の機体であり、1500kmの航続距離を備えている。

 もちろん搭載されている多機能センサーおよび人工知能識別ライブラリはドローン・スマート・ボムDSBと同系統の一級品であり、歩兵や地上戦力と判定された脅威には空から12.7mm機銃弾の雨が降りそそぐのだ。


 もちろん、その威力は歩兵の携行サブマシンガンを数倍にした程度のものである。

 機銃では手に負えない━━そのように判定された脅威には、遙か彼方のQF-35から投下された滑空爆弾が叩き込まれる。


 さらにOQ-82ラウドネス・スピーカーはその名の通り大音響拡声器を搭載しており、攻撃対象に対して多国語で降伏勧告を実施する。

 一般市民と判定された相手には、作戦計画に応じて退避勧告を発することも可能だ。


(ここまでの作戦計画を、我々海兵隊からの要請に応じて瞬時に策定し……そして、現に実行する。

 これが『ハイ・ハヴ』を擁する我々海兵隊と空軍の連携作戦なのだ)


 まさに極限まで合理化され、あわゆるリードタイムをゼロに近づけた軍事作戦の完成形と言える。

 これこそ2035年におけるアメリカ合衆国軍の到達した境地なのだ。


「ヨーロッパの連中は幸せだ。こんな攻撃を体験せずに済んだのだから」

「まったくです。なまじ既にネットワークインフラと軍事産業が破壊され尽くしているばかりに、通常戦闘を経験する……統一朝鮮軍には同情しますよ」


 上陸軍司令官バウティスタ准将と『インチョン』艦長メランドリ大佐の呟きには、果てしないほどの実感がこもっていた。

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