第25話 熱核弾頭の落ちた地で(2/3)
『エアクッション揚陸艇、発艦完了。これより本艦の前へ出ます』
『護衛のイージス艦は元山沖合にて待機中。以前として敵の脅威なし。潜水艦の反応なし』
『空軍とのリアルタイムデータリンクは順調。『ハイ・ハヴ』の判断により、内陸敵戦力への阻止攻撃は留保しているようです』
「准将、最終命令を」
「うむ」
艦長にうながされたバウティスタ准将はほんの刹那━━目を閉じた。
(これから……上陸部隊司令官として私が下す決断に、第1波200名の命がかかっているわけだ……)
アメリカ級揚陸艦の最終改良型として建造された『インチョン』は20機もの艦載機を搭載しつつ、エアクッション揚陸艇を最大4隻まで運用する能力を持っており、ただ1艦だけで完全武装兵を数百名、そして敵1個師団を撃滅できるだけの支援兵力を運用可能である。
(まして今回、事前の索敵は万全……後方ではイージス艦がロングレンジ砲の照準をぴたりと合わせているし、潜伏した敵歩兵が襲いかかってきても空から武装ドローンが銃弾の雨を降らせてくれるだろう……)
元山港からおよそ10kmの位置には護衛兵力たるイージス艦が2隻遊弋しており、支援任務と対空・対潜警戒にあたっている。
その搭載する155mmロングレンジ砲は2020年代後半に実用化された高性能速射砲であり、実に40kmの射程内に対して1分間に20発もの砲弾を雨あられと降らせることが可能だ。
ここに先ほど発艦した12機のRQ-43リトルカブ武装ドローンが加わる。
まるで第2次世界大戦の
敵兵はひとたび視認領域に姿を見せたならば、たちまち空から狙い撃たれることになるのだ。
(つまり、敵が戦車を投入してこようと、歩兵を突っ込ませてこようと、何の問題もない……)
それは基本的な確認である。
だが、部下たる海兵隊員の命がかかっているだけに、バウティスタ准将は何度も何度もその思考を脳内で反復する。
「『ハイ・ハヴ』の勧告は?」
「上陸に支障なしと認む、とのことです」
「わかった。艦隊司令官の権限にて、上陸決行を承認する。
直ちに元山港へその第1歩を刻め」
それは星の数ほど繰り返されたシミュレーションの実践に過ぎなかった。
十分に敵の脅威を確認し、問題がなければ上陸する。ただ、それだけのことだった。
(他の上陸作戦と違いがあるとすれば━━)
リアルタイム映像を見つめる『インチョン』CICのクルーたちと共に、バウティスタ准将は生唾を飲み込む。
突進したエアクッション揚陸艇が元山港のメンテナンススロープを駆け上がっていった。
第1波指揮官の海兵隊大尉がひび割れたコンクリートの岸壁に飛び降りる。
何か歓声を叫んでいるように見えた。恐らく「1番乗りだぞ!」とでも言っているのだろう。
「他の上陸作戦と違いがあるとすれば、我が米軍にとっては第1次朝鮮戦争以来82年振りの北朝鮮……というわけですな、准将」
「ああ、そういうことだ、艦長
……そして、ヒロシマ・ナガサキ以来の核に汚染された敵地へと刻んだ一歩というわけだ……」
その核汚染が自国の手によって引き起こされたものでないことは、バウティスタ准将にとっていささかの慰めだった。
『上陸部隊から放射線測定値のデータが届きました』
「……やはりかなり高いですな」
「ああ。この数値では防護服を外すことができん」
その測定データは即時に生命の危険があるものではなかった。
だが、とてもではないが装備を外して歩き粉塵混じりの空気を吸い込み、記念撮影が出来る数値ではない。
(この数値はたとえるならば……数ヶ月前に核実験があったばかりのネバダ砂漠といったところだ……)
上陸部隊から送られてきたリアルタイム映像を見て、改めてバウティスタ准将は戦慄を覚える。
それは数十キロ、あるいは数キロ先から眺める『風景』としての港湾都市ではなく、人間の視界で眺める目の前の『現実』だった。
一見、商業ビルに見えた建築物は窓枠が残らず吹き飛び、外壁には不気味な黒い影がこびりついてる。
道路標識は支柱をプレス機で挟んで巨人が振り回したようにねじ曲がっていた。
爆風の圧力だけで曲がったわけではない。
水爆が炸裂した際の凄まじい熱線によって、瞬時に溶融状態となった支柱が数秒後に押し寄せた爆風によって乱打された姿なのだ。
道路上に転がり放棄された小型フェリーは、本来係留されていたであろう桟橋から少なくとも数百メートル離れた地点にあった。
ブリッジのあった箇所はぐにゃりと潰れており、船首は溶かした飴のように平たく地面と口づけをしている。
まるでパラボラアンテナのような皿状の巨大物体も見受けられた。
だが、よく観察すればその正体が水爆の熱線と爆風で片一方へ押しつけられ、潰された重油タンクの残骸であることがわかる。
(……『社会主義自由清国』からこの場所に1.5メガトンの核弾頭が撃ち込まれたとき、少なくとも50万人の市民が生活していたというが……)
核シェルターがあれば生き残れただろうか? もっとも頑丈なビルの地下室へ逃げ込めば助かっただろうか?
とてもそうは思えない。
「……なるほど、准将。衛星撮影データにあった、焼け焦げた畑のあとのような土地の正体が分かりました」
「ああ……あれは恐らく水爆で焼き尽くされ、基礎から吹き飛ばされた木造住宅街のなれの果てだ。
ここは港湾地区だから、頑丈な建物だけが鉄筋コンクリートのおかげで原型をとどめているだけだな」
「
「津波と水爆……総量としての破壊エネルギーはどちらも甲乙つけがたいだろうが、核の炸裂は一瞬に集中するからな」
それがすでに4年も前のことであるにも関わらず、核の業火と爆風に破壊し尽くされた元山港の惨状は『インチョン』のCICに戦慄にも似た空気をもたらしていた。
「准将、これでは上陸軍の拠点としては使えそうもありませんな」
「うむ、多少のリスクはあるが、拠点は
「了解。シナリオ変更! アクションプランをβ-201へ進行せよ!」
『アクションプランはβ-201へ進行します。
上陸部隊、聞こえるか。こちらは『インチョン』。最低限の警戒班以外は揚陸艇の輸送モジュール内で待機せよ……NBC防護モードは最高レベルを維持』
『海兵隊上陸艦隊司令部より空軍司令部へ。
アクションβ-201が発動された。『ハイ・ハヴ』の指揮により、拠点βに対して所定の偵察が行われる。そちらでも確認を頼む』
どんな軍事作戦であろうとも、それは複数の状況を想定して計画されるものである。
まして人工知能の支援を得て綿密に策定された米軍の作戦計画に隙はなかった。上陸地点が軍の拠点として利用できないシナリオは、敵の強力な抵抗や破壊工作を想定したものだったが、強い放射能汚染の残存とインフラの破壊も考えられる理由の1つだった。
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