第25話 熱核弾頭の落ちた地で(1/3)

 ━━2035年12月8日午前7時15分(元山ウォンサン・統一朝鮮標準時)


「それにしても何という歴史の皮肉だろうな……」


 強襲揚陸艦『インチョン』のCICから、激しくがぶる日本海の荒波をディスプレイで眺めつつ、アルフレッド・バウティスタ海兵隊准将は呟いた。


「この名を冠した艦で我々は朝鮮チョスンの港へ侵攻軍として上陸するわけだ。

 どう思う、艦長? 『イオージマ』で九十九里に突撃するようなものだぞ?」

「なんのなんの。歴史の流れの中ではよくあることです、准将。

 たとえば100年前も……我々は彼ら朝鮮を敵とみなしていたわけですからな」


 複雑な思いを隠そうとしない上陸艦隊司令官バウティスタ准将に対して、妙に気楽な口調で言ったのは『インチョン』艦長のメランドリ大佐である。


「まあ、確かにあの時代の朝鮮は日本の一部だったがな、艦長。

 その話は他ではするなよ。艦隊にはコリアン系の兵もいる。たとえ日本併合時代が史実だとしても、彼らは快く思うまい。

 ……おそらく『ハイ・ハヴ』もそう言うだろう」

「ははは、これは失言でしたな!

 ━━各員へ。まもなく上陸予定海域へ入る! 艦の運動制御を上陸戦闘モードへ変更せよ!」

『了解。運動制御を上陸戦闘モードへ。自動制御により、船艇の発進を最適化します』

『先行して哨戒中の無人機クラスターおよびQF-35Bからは脅威の報告なし』

『南の葛麻カルマ半島にある元山ウォンサン空港は滑走路の破壊を確認済みです。

 北の虎島ホド半島も敵性脅威はありません。ただし、森林が濃密で潜伏脅威の可能性あり』

「よーし、大事をとって我々は予定通り、進路Bを取るぞ!」

「進路Bで元山湾へ向けて進撃せよ!」


 バウティスタ准将の号令一下、艦長のメランドリ大佐が上陸進路の最終決定をくだす。

 旧・北朝鮮領域の中でも東の日本海へ面した港湾都市である元山ウォンサンは、軍港になるために神が作り上げたような地形だった。


「地図を見たまえ、艦長。

 ここは理想的な防御地形だ。まるで恐竜のあぎとへ入り込んでいくようなものだ」

「ええ……北の虎島ホド半島と南の葛麻カルマ半島がそれぞれ鋭い歯のように南北へ突き出して『くち』の形になっています。

 しかも『口』の中には複数の島が点在している。このすべてが防御側にとって最高の立地です」

「狭く、どこからでも挟み撃ちに遭うような『口』を突っ切り、さらに南へ90度ターンしてやっとたどり着けるのが元山ウォンサンの港というわけだ……まったく素晴らしい軍港だな。

 対艦ミサイルの一個連隊でも隠しておけば、どんな敵でもひどい目に遭わせられそうだ。朝鮮半島でも有数の立地ではないかね?」

「実際、日露戦争Russo-Japanese Warの頃は日本軍が要塞化していたと言いますからな。

 この朝鮮半島は南や西に行けば、複雑な海岸線も多いですが、日本海側はどうにも平坦です。

 あえてこんなところへ上陸するというのは、まったく大胆というかなんと言うか」

「なーに、『ハイ・ハヴ』の勧告に対して海兵隊の幕僚達がさらに検証を重ねてゴーサインを出した計画だ。

 仁川上陸作戦5000対1の賭けよりはよほど手堅い博打だろうよ」

「しかも我々は勝つことになれていますからな」


 ダグラス・マッカーサーの逸話を持ち出してバウティスタ准将とメランドリ大佐が笑い合うと、緊張感に包まれていた『インチョン』CICの空気もどこか和んだ気がした。


『薪島北方を抜けます! これより元山湾!』

「これで無事に懐へ飛び込みましたな、准将」

「まだ分からんぞ。あえて後ろから撃つという手もある」


 背面装甲の薄い戦車乗りのように後方カメラの映像をにらみながら、バウティスタ准将は言った。

 だが、幸いなことに攻撃の様子はない。


「よし、行けるな。仕上げだ、艦長」

取り舵いっぱいハード・ア・ポート

 元山港沖合1マイル地点にて減速しつつ、搭載艇発進! 総員、上陸戦準備!」

『RQ-43リトルカブ武装ドローン、射出!』

『上陸予定地点周辺の最終警戒と掃討を開始せよ!』


 強襲揚陸艦『インチョン』の飛行甲板から、125ccオートバイほどの大きさしかない固定翼機が次々と発艦していく。


「まるで模型飛行機ですな」

「しかし、あれの搭載しているセンサーは一級品だ。おまけに人工知能による敵性脅威の識別は超一流というところだ。

 ドローン・スマート・ボムDSBと違って再利用もできる」


 実際、RQ-43リトルカブ武装ドローンはドローン・スマート・ボムDSBの多機能センサーと人工知能識別ライブラリを流用して製作された兵器である。


(いや……流用というのは相応しくない表現か。

 言うなれば、一体。つまり、三位一体だ。ドローン・スマート・ボムDSBとRQ-43リトルカブ……そして『ハイ・ハヴ』の三位がすべて一体となった兵器システムなのだ)


 ドローン・スマート・ボムDSBがそうであるように、RQ-43リトルカブの人工知能識別ライブラリも、実に出撃直前まで『ハイ・ハヴ』から最新データが更新され続けており、戦場に応じた最新・最高精度の識別を可能にする。


 たとえば、30分前に地球の裏側で敵の新兵器が確認されたのならば、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』は直ちにディープ・ラーニングによって新兵器へ対応した識別ライブラリを作成する。

 そして米軍の全地球規模ネットワークで世界中の基地に、艦艇に、さらには飛行中の無人攻撃機にまで配信された最新のアップデートデータがドローン・スマート・ボムDSBやRQ-43リトルカブ武装ドローンへとインストールされるのだ。


 人間の例で言うならば、『最新の戦訓』がわずか1時間もかからずに地球規模で共有されて、すべての兵器が進化するのである。


(つまり……常時、国家戦略人工知能システムと『同期』シンクロナイゼーションした識別性能。

 それこそが我々の無人機、そしてドローン戦力のもっとも頼れるところなのだ……)


 通常の軍事兵器では、敵の識別性能は半固定されており、アップデートをかけるとしても膨大な作業時間を要する。

 ところがドローン・スマート・ボムDSBやRQ-43リトルカブは人工知能による識別ライブラリを使用し、さらに『ハイ・ハヴ』とほぼリアルタイムに同期することで、日単位・時間単位のアップデートをかけることができるのだ。


 もちろん数ヶ月前に実行された欧州への攻撃作戦におけるアップデートは、とっくにインストール済みである。

 そして今回実行されているのは敵性脅威がほとんどないと判断される上陸作戦であるため、武装兵と民間人の識別に最重点を置きつつ、携行小型兵器や草木のかげに潜む人間のサーマル反応に注意を払うモードになっているのだ。


(これが2020年代ならば、敵は必死に電波妨害をかけてきただろうが……)


 旧式の無人機に対しては有効なこの対処も、内蔵された人工知能ライブラリによる完全自律行動を行う2035年の米軍戦力には通用しない。

 たとえすべての通信コネクションが切断されたとしても、ドローン・スマート・ボムDSBや無人機は完全に動作するし、通信が回復すれば自動的にリカバリを行うのである。


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