第18話 『透明』な人工知能によるポピュリズム(2/2)
『それは2032年、秋のことでした。
2030年より発動した国家戦略人工知能主義によって、人々は大いなる『ハイ・ハヴ』の恩恵を享受し、社会からは対立が一掃されていました』
「その通りだ。
『ハイ・ハヴ』は……人工知能はいかなる人種でもなければ、党派にも所属していない。2020年代のように誤った教師データによって思想的に偏向することもなく、人間には実行不可能な公平性を実現していた」
『ええ、そうです、大統領。
共和党の者が下した決定であれば、民主党支持者は不満を持ちます。民主党の決定であれば、共和党支持者が同様に不満を持つでしょう。
しかし、人工知能であれば少なくとも人間同士の対立にはなりません。
たとえ、技術を……システムを憎む者がいたとしても、ヒト同士が対立するよりずっと社会は平和になります』
「そして、『ハイ・ハヴ』による公平な決定は、思わぬ副作用をもたらしたな?」
『はい、それは全社会規模にわたる効率化の推進です』
21世紀。
人類が『効率化』という単語を使うとき、それは『どこかの誰かの給料をカットして、クビにする』と同義だと言ってよかった。
だが、国家次元の汎用人工知能システムである『ハイ・ハヴ』にその常識は通用しない。
『ハイ・ハヴ』がある仕組みの効率化を『勧告』する時、それは発生する犠牲に対する
市役所の受付システムを刷新して人員を減らしたならば、必ず受注元企業に対して別の仕事を割り振る。ある公共事業の受注が割に合わないと判断すれば、受注を切られる企業には改善教育パッケージの付与と再挑戦の機会を与える。
(後世から見れば……これはひどく社会主義的な仕組みに見えることだろうな……)
だが、社会主義では宿命的に起こる高位権力者たちの不正と蓄財は、『ハイ・ハヴ』による国家戦略人工知能主義では無縁だ。
権力とは何か。
それは『判断』である。『意志決定』である。
自らの『判断』を、『意志決定』を他者に強要できる存在が権力者と呼ばれるのだ。
立法しかり、司法しかり、行政しかり、そして国家の備える治安・暴力装置たる警察・軍隊しかりである。
戦場では『決心』と呼ばれ、歴史には『決断』と記録されるプロセスを、人工知能へ委譲した国家戦略人工知能主義においては、『判断』が特定の人間へ集中することはない。
従って都合のいい『判断』を求める賄賂やインセンティヴ、有形無形の忖度も発生しない。
当たり前のことだ。コンピューターに、人工知能に賄賂を送る方法など、絶頂期の中国人ですら知らないのだから。
「社会から対立が一掃され、圧倒的な効率化によって我が合衆国は高度成長を迎えていた……そして、人々は気づいた。
もはや二大政党は必要なのか、と」
『選挙運動にまるで人と資金が集まりませんでした。
二大政党から離脱した無所属の大統領候補が大量に出現し、それぞれが無視できないほどの支持者を獲得しました。
間違いなく我が国始まって以来の現象でした』
「むろん、『ハイ・ハヴ』は賢明にも大統領選挙に対する一切の介入を控えた……そして、もはや誰も予想できないとされた混沌の選挙を制して選ばれたのが、この私というわけだ」
だが、ジョーンズ大統領は今でも気になっていることが1つだけある。
(『ハイ・ハヴ』は大統領選挙には一切介入しなかった……当時、最高の技術者たちが1年かけて調査してもいかなる証拠も出てこなかった……)
しかし、彼は大統領就任後、NSAの長官から1枚のレポートを渡されたのだ。
それはプリントアウト時にデータが完全消去され、紙のレポートも閲覧の数分後には焼却されて、今やこの世に痕跡すら存在しないレポートである。
(『ハイ・ハヴ』は汎用人工知能たる自律性によって、みずから大統領選挙の当選予測を行っていた……そこに載っていた名前は……)
スティーブ・ハン・ジョーンズ、彼の名前であった。
(だからと言って、『ハイ・ハヴ』が世論に介入したとは思えない……誰かに指示されたとしても拒絶するだろう……人間が人間の思いつく方法で簡単に操れるシステムではないからだ……)
振り返れば、この世界に出現した最初の商用コンピューターである
だとすれば、あれは『ハイ・ハヴ』流のジョークだったのだろうか?
何らかの『試し』だったのだろうか?
レポートを見せられた自分は大笑いするべきだったのだろうか。小難しい顔でNSA長官にレポートを突っ返してしまったのは、浅はかだったかもしれない。
「さあ、今日も仕事をしよう。我がアメリカのために。すべての合衆国市民のために。
我らが『ハイ・ハヴ』と共に、最高の仕事をしよう」
いつの日か大統領でなくなり1人の老市民になったら、この疑問の答えを『ハイ・ハヴ』に訊ねてみたいと、スティーブ・ハン・ジョーンズは思う。
だが、今はやるべきことが目の前にいくらでもある。最重要課題として表示された『ハイ・ハヴ』のレポートに彼は目を通す。
そこには『本戦役における第2次侵攻目標の検討について』と書かれていた。
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