第11話 DSB ドローン・スマート・ボム(2/2)

「はっ……こええもんだ。ハリウッドみたいにどーん、と爆発なんてしてくれないんだな」

『ユニット27の自爆攻撃により、垂直尾翼の基幹部位を成形炸薬弾が貫通。さらにユニット28は左側降着装置ランディングギアを破壊しました。あのA400Mの尾翼はもう動きません。左主脚のショックアブソーバーに大穴が空いているはずです』

「一見、機体は無事……エンジンも無傷。

 しかし、飛行に絶対不可欠な垂直尾翼は強度に致命的な損傷を受け、『脚』も半分死んだ……これじゃあもう飛べない。飛行機として致命的な機能を失ったってわけだ……」

『はい。地上をタクシー走行するのも困難です』

「恐ろしいもんだな。弱点だけを針を突き刺すように狙ってやがる」


 現代旅客機はもちろんのことだが、軍用機はそう簡単には破壊できない。

 操縦系統は二重化、三重化されているのが当たり前だし、エンジンが半分になろうとも飛べるし、胴体に大穴が空いたとしても、なおも安全に着陸が可能だ。

 もっといえば、操縦士が殺されたとしても、副操縦士が任務をこなすだろう。


(だが、それでも……単一障害点シングル・ポイント・オブ・フェイラーをゼロにすることはできない……へっ、俺が民間に降りてた頃、さんざクラウド・コンピューティングの現場で思い知ったことだ……)


 その単一障害点シングル・ポイント・オブ・フェイラーこそが、ユニット27が狙った代替の効かない垂直尾翼であり、そして、ユニット28が破壊した左右それぞれに1つしかない降着装置ランディングギアである。


(しかもどっちもそう簡単に修理できるもんじゃないと来た……まったく恐ろしい。恐ろしすぎるぜ、こんなもんにだけは狙われたくねえ)


 だが、真の脅威はこの攻撃が遠隔操作や無線操縦でなされているわけではなく、完全自律攻撃であることだった。

 人間は何一つ指示をしていないのである。米本土や前線基地から攻撃指示を出しているわけではないのだ。


(まず、識別する相手のデータをがっつりそろえる……これは難しくない。

 2020年代の人工知能研究者は当たり前にやってたことだ……)


 公開された写真や映像を教師データとして機械学習マシン・ラーニングさせれば、『攻撃すべき目標』を判定するためのライブラリは十分作成可能だ。

 これは手のひらサイズのコンピューターで動作する人工知能ソフトウェアに、猫のフォトを何万枚も読み込ませて、犬と猫の画像認識を行う人工知能システムを作る方式と本質的には変わらない。


(だが、ここで例の国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』がいきなり登場してきやがる)


 人工知能の機械学習における1つのハードルが、この膨大な教師データの収集である。

 それはあまり偏りすぎてもいけないし、正解が多すぎても少なすぎてもいけない。そして、特徴を抽出できるように様々なパターンがうまく混ざり合っていることが求められるのだ。


 だからこそ、人工知能の研究者は『インターネットに公開されているデータは無条件で使わせてくれ』と世界的に主張してきた。

 彼らが使う素材は十や百の水準ではなく、何万、何十万、果ては何百万という数なのだ。そこに足かせをはめられては、研究開発の進展は成り立たない。


 が、それは法と権利の水準だ。もう一つ、ハードルがある。

 いかにして、良質な教師データを収集するのか? 何万、何十万という偏りのないデータを集めてくるのか?


「人工知能が人工知能用の教師データを用意して、さらに精度を上げていく……それってのは、あれじゃねえのか?

 もう技術的特異点シンギュラリティを超えてるんじゃねえか?」


 ドローン・スマート・ボムDSBの詳細を知り、その持つ意味を理解できる僅かな軍人であり、空の男であり━━さらには高度な航空・電子・コンピューティング技術者であるブラロック中佐は戦慄せずにいられない。


 何はともあれ、今回の攻撃にあたり国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』は、億にも達するほどの目標選定用教師データを用意した。

 収集にかかった時間は、たったの3週間である。まさに汎用人工知能ならではの信じがたい仕事ジョブ効率だった。


 空軍の見積もりでは、この作業を人間が行ったとすれば少なくとも5年以上の時間がかかるという。3年で間に合わせれば精度が大きく落ち、1年の場合は民間旅客機と軍用輸送機の区別もつかないほどまで落ちぶれる。


「そして……どうだ。今、現にDSBは最優先で攻撃すべき目標をきっちり選定しやがった」


 フランクフルト国際空港の敷地内に山ほどあふれている民間旅客機には目もくれず、ただ一機の地味な軍用輸送機を最優先で攻撃したのである。

 遡れば75年前。この地を爆撃しにやってきたB-17が同じことをするためには、どれほどの困難があっただろう。理想的な快晴下でノルデン式照準器を覗き込んだとしても、落とす爆弾は必中にほど遠い。100トンの爆弾を落としても同じ成果が得られるかは分からない。


 だが、DSBは違う。

 巡航ミサイルの弾頭に8基も詰め込めるほどの小サイズで、それぞれが完璧な仕事を成し遂げるのだ。


(化けもんだな……)


 飛行機であろうとミサイルであろうと、空の戦いはどこまで行っても『効率』の戦いなのだ。


 爆撃機数機を落とすために数十機の戦闘機で待ち伏せ、何百発もの銃弾を発射し、そのうち何発かが致命傷になることを期待する。

 高角砲を何百、何千発と打ち上げ、ばらまかれた断片の1%か0.5%かが、確率論的に敵機を撃墜することを期待する。


 その進化系がいわゆる誘導兵器である。対空ミサイルなどその最たる例だ。

 けれど、それは結局のところ0.5%の効率を3%、あるいは15%、そして50%、80%と向上させていったに過ぎない。


 しかし、これとて超高速で飛来するICBMの迎撃は長らく困難であり、冷戦時代は迎撃用核弾頭すら用いられていたし、絶対必中を期待できない時代には至近距離の爆発による断片破壊が主流であった。


(21世紀は違う)


 マッハ数十のスピードで大気圏外から再突入してくるICBMですら、ほんの数メートルしかないキネティック弾頭によって直撃破壊する。

 対空ミサイルは至近距離爆発でなく、敵戦闘機に直接命中する。

 もちろん誘導爆弾もビルや橋のレベルで狙って命中する。あるいは窓一枚を狙うことすらできる。


(そして、この2035年は……とうとう次元が違う戦いになった)


 それがこのドローン・スマート・ボムDSBだった。


 目標の識別、すべて自律。

 弱点の選定、これもまたすべて自律。


 そして、自爆によるピンポイント攻撃を実行する。

 最小限爆発による最大効率破壊である。もちろん一般市民を巻き込むことはなく、国際的な非難も最小限に抑えることができる。


「台湾の連中も同じような兵器を金門島で中国軍相手に使ってたが……あれは名前に反してまったく賢いスマートじゃないからな」


 島全体を無人とし、敵上陸軍に対して『人間の頭部と認識したものはすべて自爆攻撃』したのが、かつて台湾軍が第3次金門島攻防戦で投入したドローン・スマート・ボム『暗器』アンチイであるが、ブラロック中佐に言わせればあまりにも急造の兵器、そして使用局面が限られすぎる非人道兵器に過ぎた。


(こいつこそ、真に『賢い』スマートの名にふさわしい兵器だ)


 あるいは、真に『恐ろしい』テリブル兵器とも言えるだろう。


「各ユニットの攻撃状況を報告せよ」

『DSBユニット21から32まで、それぞれ高付加価値目標のレーダーシステム、電力システム、通信システムを攻撃しました』

『一部、HEATのピンポイント破壊に不足があると判断されたため、ユニット13から19が高性能炸薬にて追加自爆攻撃を続行しています』

『ユニット1は各ユニットから収集した攻撃データを衛星リンク経由で送信中です。これはリアルタイム連携のドラフトデータではない、高精度の大容量データです』

『ユニット2から12、バッテリー残量25%を切りました。

 高付加価値目標の待ち伏せを終了し、低付加価値目標を自律攻撃します……滑走路で離陸待ち、および誘導路でタクシー走行中の大型旅客機4機を擱座させました。撤去移動に数時間はかかるものと思われます』

『フランクフルト国際空港、すべての管制能力を喪失しています。ターミナルは停電している模様。自家発電システムも破壊できているようです』

『15分後には、イギリス近傍の艦隊および航空機から発射された滑走路破壊爆弾が着弾します』

「もっとも人的被害が出るとすれば、そこか。作業員も含めて、しばらくターミナル内でわいわい会議でもやってて欲しいもんだな……」


 驚異的としか言い様のないフランクフルト国際空港の攻撃結果を聞きながら、ブラロック中佐は大きく息を吐き出した。

 もはや、人間の出る幕ではない、とすら思う。

 たった4発の巡航ミサイルに搭載された32基のドローンによって、ドイツ最大の空港がその機能を失ったのだ。


 そして、彼らが復旧を試みる暇も無く、とどめの滑走路破壊爆弾がやってくる。コンクリートの滑走路に深く突き刺さって大爆発する特殊な兵器である。

 フランクフルト国際空港が誇る4本の滑走路はあっという間に使用不能になり、復旧まで恐るべき日数を要するだろう。いや、ドイツの全空港が同様の攻撃を受けていることを考えれば、何週間・何ヶ月かもしれない。


(そして、その頃にはこの戦争は終わっている……か)


 E-19キャソウェリー。米軍の誇る最新型早期警戒管制機。

 巨大な機体に6つのオペレーションルームを備え、それぞれが独立した指揮管制能力を持つ。


(俺たちチームチャーリーの任務はほぼ終了……他のチームの奴らはどんな顔をしているのやら、な)


 この新しい戦いをリアルタイムで俯瞰するという、類い希なる任を負わされた者達が感じたもの。

 それはひとえに『戦慄』と呼ばれる感情であった。

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