第11話 DSB ドローン・スマート・ボム(1/2)

━━2035年9月5日午後5時40分(ドイツ・中央ヨーロッパ標準時)


 時系列はアニヤ・クレックナー以下、ドイツ・フランクフルト国際空港管制塔のスタッフが異常に気づくよりも、僅かに以前へ遡る。


ドローン・スマート・ボムDSB、まもなく放出します』

「よーし、データリンク状態に注意しろ!」


 それはロンドン南方100kmの地点でゆっくりと旋回を続ける、早期警戒管制機の第3オペレーションルームでなされた会話だった。


 核融合極超空母『ジェファーソン・デイヴィス』が発射したステルス巡航ミサイル・トマホーク2030は、ほぼすべてのレーダーにまったく映ることなく。

 そして、僅かな高性能軍用レーダーには『高速飛行するステルス機あるいはノイズ源』として一瞬だけ捉えられながら、目標であるフランクフルト国際空港へと接近していた。


『午後5時40分、開戦オープン・ウォーです。

 国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』より宣戦布告メッセージが欧州各国の首脳へ送信されます』

『国防総省より全規模交戦許可が下りました』

戦争ウォー! 戦争ウォー! 欧州連合との戦争が開始です!

 これより『ハイ・ハヴ』は全地球規模戦域グローバル・バトルフィールドにて意志決定支援を行います!』

『我々がモニタするトマホーク2030の第9派クラスター9から第11派クラスター11はドイツ中央部の各目標へ到達しました』

「いよいよ、新しい戦争の始まりだ! 俺たちがそれを見届けるぞ!」


 E-19キャソウェリーの第3オペレーションルームに陣取ったチームチャーリーを束ねるブラロック中佐は、ビジネスクラスの座席が数十も並べられるだろうかという広々とした空間で、チームの仲間たちと多機能モニターをにらんでいる。


(へっ、まったく。

 E-3に乗っていた頃が懐かしいぜ……あれが巡洋艦だとすれば、こいつはまるでアイオワ級戦艦だ)


 E-19キャソウェリーは米軍の誇る最新型早期警戒管制機である。

 世界最大の双発旅客機であるボーイング777-9を改造して作られた空飛ぶレーダーサイトであり、空中指揮司令室だ。


 早期警戒管制機AWACSにおなじみの巨大な円盤形ドームを背負うだけでなく、腹下には地上監視用のブレードアンテナを装備している。

 その円盤形ドームに搭載された超広域レーダーは半径1000km近い空域を常に見張り、下部へむけたブレードアンテナは飛行している向きにもよるが、ほぼ水平線・地平線まで━━現在巡航している高度12000メートルであれば、400kmもの遠方にいる地上車両と海上船舶を見張ることができるのだ。


 その能力は、かつて空と陸の戦闘を一変させたE-3セントリーおよびE-8ジョイントスターズを足して、さらに数倍にしたものとされている。


第11派クラスター11、フランクフルト空港に到達!

 ドローン・スマート・ボムDSB、アウェイ!』

『4基のトマホーク2030よりそれぞれ8基のDSBが正常に放出されました。短時間滑空にて、姿勢を安定させます━━良好。

 ローター始動。全32ユニット、飛行に問題なし!』

『既に各ユニットは完全自律攻撃モードへと移行しました』


 刻々と報告される状況は、実に『賢いスマート』な破壊の前兆である。


(ドローン・スマート・ボム……)


 その恐るべき新兵器の詳細を知っている者は、米軍の中でもごく僅かだった。

 もちろん、戦場へ投入されるのは今回がはじめてである。


(まったく信じられねえ時代だ。無人機の遠隔操作パイロットすら失業しそうになるとは)


 DSBと略されるドローン・スマート・ボムの初期モニタリング任務を命じられたブラロック中佐は、2022年の初頭に発生した海南島沖での一大決戦をE-3Gセントリーから指揮管制していた経験がある。

 そして、核融合極超空母『ジェファーソン・デイヴィス』に乗り込む高級幹部3人と同じように、2020年代の軍縮時に冷や飯を食った10年ブランクの出戻り組だ。


 もちろん、AWACSに乗り込む1人の中佐が歴史に残る決戦のすべてを掌握できたわけではない。

 あくまでも空域で入り乱れる味方機を管制していただけだ。


 しかし、早期警戒管制機は複雑化した現代の戦場全体を見渡すことができる、おそらくたった1つの兵器である。

 最前線の歩兵や、一戦闘機乗りや、イージス艦の艦長、あるいは原子力潜水艦の艦長ですら得ることのできない『俯瞰した戦況』を知る歴史の生き証人だったのだ。


(今回も同じだ。俺はこの戦場を俯瞰して眺めることができる。

 だが、実際のところ……やることと言ったら、無人ドローン兵器が何の指図も受けずに目標を破壊していく様子をモニタリングするだけだ……)


 米軍の誇る戦場ネットワークを介して、フランクフルト空港に展開した32ユニットのドローン・スマート・ボムDSBからは、刻一刻と行動データが送られてくる。


『DSB、全ユニットのカメラ・アイの統合を完了しました』

『全ユニットが撮影するカメラデータをリアルタイム共有しつつ、分散処理を開始。目標識別を行います……ユニット27が高付加価値目標を発見しました!

 ドイツ空軍の輸送機です。移動中に立ち寄っていた模様』

『ユニット27および28が直ちにA400M輸送機に対して自爆攻撃を開始します』


 自爆攻撃。

 戦友が走り、叫び、入り乱れる戦場であればぎょっとするであろうその単語は、DSBの攻撃モードにおいてはスタンダード中のスタンダードである。


「ユニット27と28は多目的成形炸薬弾搭載だったな」

『ええ、20番台はすべてHEAT-MP搭載です』

『ユニット27からのリアルタイム映像を受信できました!』


 誰もが息をのんだ。それは米国の探査機が、あるいは日本の探査機が小惑星にタッチダウンした時の映像を見るようだった。

 無音のカメラ映像。DSBユニット27の下面に向けて取り付けられたカメラの映像である。信じられないスピードで、まるでハヤブサのようにDSBユニット27は灰色の4発プロペラ輸送機へと接近していく。


ドイツ空軍LUFTWAFFE、か……」


 輸送機の胴体に書かれたその文字を、ブラロック中佐は感慨深げに読み上げた。

 だが、遙か彼方ドイツの地で起きている現実は無慈悲で、無感情であった。DSBユニット27のカメラ映像には、べったりとした長方形の垂直尾翼がズームアップされて停止する。そして、データロストの表示が淡々と表示された。


『ユニット27および28、自爆攻撃成功しました』

「戦果確認はできるか」

『ユニット18のカメラが捉えています』


 オペレーターがまるで地上のカフェにいる時のようにマウス操作でカメラデータを切り替えると、僅かに煙を噴いて少し傾いたエアバスA400M輸送機の姿が映し出された。


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