第3話  未明 Blue Blackの刻

 透きとおったBlue Black .  夜明けならぬ寅(とら)一つのとき。

 午前三時から三時半のあいだ。

 夏ならば明るみの兆しがほのかに観ぜられ、冬ならば真っ暗闇。


 狭霧がさすらふ今は、白黎(はくれい)の氣を孕みつつも、漆黒がやや薄くなったかなという気がしなくもない、透明なブルー・ブラック。


 ほととぎすさもまだ熟睡中であろう。


 このあを(蒼)い時が一番好きだ。こころが深くやすらぐ。

 薄羽蜉蝣(うすばかげろふ)の羽のように儚くて脆い。夭(をさな)いいのちのように。清水で薄めた淡い墨汁が柔らかく滲みながら和紙に染み入り、その末が次第に幽(かそ)けくなって、清(す)みながら尽きて透明になり喪(き)え逝くように、ふっと、無に添ふような瞬(せつな)。

  

 黄昏(たそがれ)に觀ぜられるような、狂躁の無限旋律の空操に焦燥し滾る滅亡の美とは真逆だ。

  

 だがしかし、こんなにも素晴らしいのに、人の心は何と当てにならぬものであろう、このきよらにも厭(あ)きて、気まぐれに静かな優しいJazzをかける。


 その楽曲は満ち足りていて、少しもの哀しくも、繊細(ささやか)で、明るく澄んだ音色。

 午後の静かなカフェにて聴くことが最もふさわしいものだが、敢へてこの聖なる瞬(せつな)に聴く。


 蒼きもJazzも、ともに清閑なものであるが、寂莫ということと静謐ということの差異があり、互いに互(たが)ふ。Ἁρμονία(ハルモニア)を做(な)して、その味わいはとても深し。生の深み。

 

 あゝ、考(かむがへ)は空(むなし)。

 内在(こころ)に、素のままに、直截(まっすぐ)であるものが素晴らしい。

 生(ヴィー)を鮮やかにして、人生を眞ならしめ、眩(まばゆ)さのリアルの中に。

 いのちに盈(み)ち盈ちあふれ、燦めきVivid.  

 人は、いや、全て生はこれを求めいる。遺伝子が同じかたちを繰り返そうと試みるのはその証だ。

 私がおもうに、存在の全てが存続しようと欲するのも、さように眞を求めるがゆえである。


 しかし、生存は生存(それ)をこそ最優先せよと訴え、苛み、死を以て恫喝する。 

 それでも、人は眞歓(まよろこ)びを求める。躬(みずか)らを牽き裂き翔ぶが生命の大義の全て。存在の大義の全て。龍のごとく肯(がえむ)ぜよ。


 天に齊(ひと)しき聖(ひじり)の賢者はいふ、生存は非なり、生命にあらず。 





 夜明け前、コーヒーを飲みながら窓際で、そう考えるのであった。

                            

              

 





          


                                                                                                                           

 



                                                 



















 




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ヴュー・カレ しゔや りふかふ @sylv

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