59◆戦の後
黎基が玉座に腰を据えてから、続々と来訪者がやってくる。
顔を合わせるのがつらいと感じる者もあった。その最たる人物は雷絃の兄、郭大哥(長男)である。
黎基にとってかつての剣術の師であるが、懐かしいと言うにも気が引ける。
彼らの父である郭大将軍を、黎基は弟である雷絃、貂絃に命じて討った。大将軍は覚悟を決めており、それを郭大哥も知っていたようだが、感情に折り合いをつけるのも難しいだろう。
雷絃や貂絃ほど体格には恵まれておらず、彼らに比べると背が低い。弟たちが大きすぎるだけで、世間一般に照らし合わせると低いわけではないが。
幼い頃の黎基はこの郭大哥――
「雷絃に大将軍を討たせたのは私だ。恨むのならば私を恨んでくれ」
それを言うと、そばで控えていた雷絃が身を乗り出しそうになって堪えていた。雷絃の潔い性格ならば誰のせいにもしない。父殺しを己の咎として抱えていく。
だからこそ、黎基はこれを口にした。罪は一緒に背負うつもりだと。
けれど、膝を突いたまま顔を上げた絃裕は苦笑したのだった。
「それは困りました。もし己に何かあったとしても、誰も恨むなと父には申しつかっております」
だからといって、簡単に割り切れることでもない。それを吞み込むまで苦しんだのではないのか。
「大将軍は真の武人であった。私も大将軍の御霊を敬い、決して粗末には扱わぬ」
「勿体ないお言葉にございます。されど、郭家の家長として嬉しく存じ上げます」
目に見えて激しい憤りは感じない。それも大将軍の遺した言葉があればこそだろうか。
「今はそのような気になれないとしても、いずれ私に仕えてくれるつもりはあるだろうか?」
「あなた様だけが正統なお血筋にございます。いずれではなく、すでに仕えておりますれば」
嬉しい半面、申し訳ないような気もしてしまう。
しかしそれは、黎基が皇帝としてまだ何も成し得ていないからであろう。
郭大将軍はこのために身を投げ打って黎基を通したのだと感じてもらえるように国を治めていかねばならない。
「そうか。では、私は郭大将軍に恥じぬ皇帝にならねばな。その手助けをしてくれ」
黎基の言葉に満足してくれたのだろうか。絃裕は感極まったような震える声で答える。
「御意のままに――」
また、会わなければいけない人が絃裕の他にもいる。
そのうちの一人が叔父の宝
叔父は七日ほどして黎基のもとへやってきた。黎基は叔父を喜んで迎え入れた。
「叔父上にこうしてお目にかかることができ、この上ない喜びを感じております」
最大に敬意を表した黎基に、叔父は苦笑した。
それこそ叔父と甥とはいえ立場が違う。そこを履き違えることなく、叔父は黎基に馴れ馴れしくはならなかった。
「陛下、無事のご帰還、心よりお慶び申し上げます」
「それも叔父上のおかげです」
叔父が首尾よく東門を押さえて開門してくれたからこそ、黎基は損害も少なく中に入ることができたのだ。
柳の木のようにしなやかな叔父は小さくうなずいた。
「陛下にはまず、姉上のことをお伝えせねばと思いまして参りました」
「母上は何処においでなのでしょうか? いつこちらへ赴いてくださるのか……」
母は無事だと信じている。けれど、心のどこかで不安も感じないわけではなかった。無事なら何故、真っ先に顔を見せてくれないのかと。
そんな黎基の心配を、叔父は微笑みひとつで晴らしてくれた。
「姉上はご無事です。ただ、お体のことがありますので、こちらに到着できるのはもう少し先のことになるとのことでした。どうかお待ちくださいますよう、お願い申し上げます」
「ご無事でしたら、いくらでも待ちます」
ほっと息をついたものの、体のことというからにはやはり床に伏しているのだろう。
気苦労が絶えないところに、また無理をさせてしまった。これからはゆっくりと過ごしてほしいものだが。
そこで叔父は言った。
「陛下に、妃とお決めになった女人がすでにおられるとお聞きして、姉上は大層お喜びでした。早く会いたいと仰っておいででしたから」
それを聞き、黎基は気恥ずかしいような気がしないでもなかったが、それを勝る喜びがある。
祥華の顔が無性に見たくなった。
――夜、やっと体が空いて母のことを話しに祥華のところを訪れる。
祥華はもう男装している必要がなく、女性らしい装いであるのだが、当人がそれを望むのか、過度に飾り立てることはしていない。何もなくとも祥華は黎基にとって誰よりも好ましく、飾り立てる必要は感じていなかった。
「母上が近いうちにこちらにお見えになる」
祥華は安堵したような優しい顔を黎基に向けてくれた。
「ご無事で何よりです。どちらにおいでだったのでしょうか?」
その疑問には黎基も答えられない。知りたいのは黎基も同じなのだ。
「よくわからない。ただ、近いうちに私に会いに来られるという。叔父上がそう教えてくれたのだ」
叔父が保護していたということなのだろうが、どこでなのかがわからない。
今となっては、無事でさえあればどこでもいいのだが。
「心を込めてお迎え致します」
黎基の腕の中で頬を染め、上目遣いで見上げてくる祥華といると、どんな願いでも叶えたくなってしまう。祥華が悪女でなくて本当によかったとしみじみ感じた。
「そういえば、鶴翼は本当に郭将軍の養子になるのですか?」
ふとそんなことを訊ねてくる。祥華はまだ、鶴翼の正体を知らないままなのかもしれない。
どう言ったらいいのか迷う。
「今度、夫人に会わせてもらうらしい……」
「わぁ、よかった!」
我がことのように喜んでいる。弟でもできた気分なのかもしれない。
誰も祥華に鶴翼のことを告げていないのは、言いにくいからだろう。それで黎基から言えと思っているのだ。それも仕方がないのだが。
「そうだな、よかったな」
また、落ち着いたら話そう――。
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