28◇待機
祥華は馬で運ばれながらも、後ろが気になって仕方がなかった。
郭将軍はどうしただろうか。あの優しい人が肉親と平気で戦えるとは思わない。それでも、黎基のためになら阻む者はすべて退けるのだろう。
そして、そんな将軍を見て黎基も心を痛めるに違いない。
「郭雷絃殿は大将軍、郭
そんなことを欣史俊の部下がつぶやいた。
黎基が郭将軍が忠誠を捧げるに相応しい相手ではないと言いたいのか。祥華は自由が利いたならこの男を馬から叩き落していただろう。欣史俊のような男を上官と仰ぎ、同じ考えのもとで動くような者に何を言っても始まらない。
何もできない自分がもどかしかった。けれど、この手の縄を切ったところで兄を捨てては逃げられない。そこが祥華が武人になりきれないところだ。
郭将軍ならば、黎基のために弟を退ける。自らの手を弟の血に染めてでも。
肉親を見捨てられないどころの話ではない。それに比べると、祥華の忠節はこの程度のものでしかないのか。
それとも、女だから情に負けてしまうのだろうか。
それなら、祥華が女である意味はあるのか。
考えることしかできない状況だからこそ、余計なことばかり考えて心が疲れ果てる。これではいけないのに、強くいられない。
うつむいた祥華に、別の馬に乗る兄が気づかわしげな目を向けていることだけがわかった。
ただ、十年前に自宅のあった汎群から姜の里まで移動した時のことを考えると、あれよりは近いはずだ。軽く見積もって、三日以内には辿り着いてしまうとする。その後、自分たち兄妹がどうなるのか、どう考えてもろくなことにはならない。
結局、人では馬の脚には敵わないのだ。逃げおおせるのも無理だろう。
こんなふうに強制的に連れていかれるとは思いもしなかったので、祥華はあの大事な天河石の入った守り袋を他の荷物と一緒に残してきてしまっていた。あれがないせいで心細さが増してしまう。
けれど、投獄される時に没収されることを思えば、身につけていなくてよかったのかもしれない。
祥華はそれから、心を無にして馬に揺られた。やはり、ろくな考えが浮かばなかった。
馬を休ませるために途中で降ろされたが、その間も木に腰をくくりつけられた。ため息しか出ない。
それにしても、丸一日が経過しても欣史俊は追いついてこなかった。欣史俊は黎基に祥華の正体を継げ、逆恨みして黎基の命を狙ったと告げたはずなのだ。
黎基はそれを信じただろうか。それとも、あの男を信じずに祥華を信じてくれただろうか。
そうであったらどんなにいいか――。
どうせそばにいられないのなら、武真国で過ごせた短い時に、黎基に向けて色よい返事をしておけばよかった。実現しない未来なら、どう答えても同じだったのだから。
それだけが未練だ。
「――欣御史があまりに遅いのではないか?」
「途中、何かがあったのだとしたら……」
そんなことを部下たちも話している。やはり、彼らも欣史俊が遅れすぎだと感じているらしい。彼らは指示を仰がねば動けないのだろう。
チラリと祥華の方を見遣り、声を潜める。
「……欣御史は何故、あの兄妹を目の敵にされるのやらな」
声を落としたところで、耳をすませば聞こえる。どうせ相手は罪人だ。本気で聞こえては困るとは思っていないのだろう。
「それは、殿下を害した父親のせいだろう?」
「そうだろうか? 欣御史がそれほど殿下を敬われていたかどうか……」
「ああ、まあ……。十年前のあの事件の折、蔡桂成は処刑されたが、それ以前に家族に何かを話していたとしてもおかしくはない。もしかすると、あの事件には何かあるのかもしれないな」
「恐ろしいことを言うなよ」
秘密など何もない。何も、聞いていない。
父は過失の責任を取って処刑されただけだ。他人は面白半分に適当な話をでっち上げる。
空腹により、祥華も苛立ちが倍増している気がした。
「それにしても、このまま
「いや、罪人を連れているのだから急がねばな」
「しかし、私たちだけでは扱いに困る」
欣史俊がいれば、暗殺未遂だの、あることないこと罪状を申し立てるのだろうけれど、この部下たちだけでは兄妹が蔡桂成の子であると告げるに留まるだろう。それなら、欣史俊が合流できない方が祥華たちにとっては幸運だ。
「ああ、そうだ、この先に川を挟んで向こう岸が見えるところがある。川幅は狭まっているが、雪解けのこの時季に馬で渡ることはできない。もし来たのが欣御史でなくとも、ここまで手は届かん。そこでしばらく待って、遠目に欣御史がお見えになるようなら待機し、来られないようならこのまま
欣史俊を待つと。
ほんの少し、進行が遅くなる。それが祥華たちにとってどのような結果をもたらすのだろうか。
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