13◇小休止

 展可は黎基の邪魔にならないように、民兵たちのところへ向かった。

 しかし、いつもならいるはずの策瑛がいなかった。鶴翼もいない。ただ、鶴翼は郭将軍のところにいる気がするので気にならない。


 一人でポツリと座り込む袁蓮に声をかけたそうにしている男たちがいて、展可が袁蓮に近づいた瞬間に背中から刺されそうな殺気を感じた。邪魔をするつもりはなかったのだが、結果として邪魔である。

 展可が来なくても、袁蓮が彼らの相手をしてくれた可能性は低いのだが。


「策瑛は?」


 袁蓮に訊ねたけれど、知らないようだ。首を傾げられてしまった。


「そういえばどこかしら? 気づいたらいなかったわ」


 ここには多くの人がいるのだ。気のいい策瑛は、どこかで話し込んでいるのかもしれない。

 不意に袁蓮が展可に耳打ちしてくる。


「鶴翼のことなんだけど――」


 もしや、年齢詐称がばれたのかと思ったが、今さら袁蓮に知られたからといってどうということもない。そして、そのことではなかった。


「鶴翼、郭将軍にすごく気に入られているじゃない?」

「うん。亡くなったお子さんに似てるんだって」


 それを聞き、袁蓮は納得したのか、ははぁ、と変な声を上げた。


「そういうことなのね。なんかさ、養子にならないかって言われたみたいよ」

「…………」


 思った以上に思い入れが深いらしい。

 郭将軍は三十と少し。鶴翼は十四歳。親子と言って差し支えないといえばないのだが、鶴翼は自称十八歳である。袁蓮は変だと思ったのかもしれない。


「か、鶴翼はなんて?」

「嬉しそうね。だって、将軍よ? 素直に嬉しいんじゃない?」


 その肩書がなくとも、郭将軍は強くて優しい、黎基の懐刀だ。郭将軍を嫌う人などほぼいないと思える。劉補佐のことを嫌いな人はそれなりにいたとしても。


「鶴翼の家族ってどんな感じなのかな?」


 年齢を偽って従軍しているくらいだから、家に跡取りらしき人物はいないのだろうか。鶴翼が長男なら、養子には難しいかもしれない。


 袁蓮は人差し指を顎に添え、可愛らしく言う。


「兄弟はいるけど、ずっと年が離れているとかなんとか。わりとほったらかしで育ったんだって言ってたわ。勝手に本を読んだり、弓を触ったり、自由だったって」


 その跡取りを戦に取られたくなくて、幼い弟の方を差し出したということなのか。

 鶴翼はぼんやりとしているが、あれはあれで多彩なのだ。独特の雰囲気を持っていて、人に合わせるということをしないだけで。

 彼の良さを家族がわかってくれなかったらしい。


 期待をかけてこなかった子に、武門の郭将軍の養子にという縁が降って湧いた。家族はきっと驚くだろうが、大事なのは鶴翼の気持ちだ。鶴翼が望むところに落ち着くのが一番いいと思う。


「そうか。かく鶴翼かくよくって言いにくいし、どうしようかな」


 展可はそう言って苦笑した。それにつられて袁蓮も笑う。


「改名したらいいのよ。あの子、鶴より土竜もぐらみたいだし」

「土竜はちょっと……」


 それはないと思う。

 袁蓮は急に、あ~あ、と声を上げた。


「策瑛は劉補佐のお気に入りでしょ。それから、鶴翼は郭将軍の養子に。で、あんたは親王殿下に想われて、皆いい思いしてるのに、あたしだけなんにもなくない? 不公平だわ」

「……袁蓮のことを気に入っている男は多いじゃないか」

「雑魚ばっかりでしょ。あたし、このままだと家に戻ったらまた変なところに嫁に出されそうよ。なんて可哀想なのかしら」


 泣きまねをするが、袁蓮ほどの逞しさがあれば泣き寝入りなどしないだろう。どうあっても両親を説き伏せて、望む相手を選ぶだろうに。


 ただ、本気でチヌアがいいとか言い出さないといいが。

 その前に大きな戦を控えているのだから、こんな会話はのん気なものである。


 ――袁蓮とそんな話をしながら、展可はしばらく過ごした。

 今日の小休止はいつもよりも少し長いような気がしたのは、ここからゆったりと過ごせる時間が確実に減るからかもしれない。今だけがきっと特別なのだ。


 もしくは、黎基と昭甫の話が長引いているのか。

 それもあり得ることだった。


 随分休ませてもらって、むしろあたたかな日差しを背に受けていると睡魔が襲ってくるのだが、展可がうとうととしかかった頃になって策瑛が戻ってきた。


 この時、策瑛は少し硬い表情を浮かべていた。誰かに何か言われたのだろうかと心配になる。


「策瑛、どうしたの?」


 立ち上がって迎えると、策瑛は展可の前に立った。この時、ふと鼻先をかすめた臭いから、展可は策瑛に訊ねる。


「馬に触っていた?」

「え?」

「馬の臭いがしたから」


 策瑛は歩兵だ。何故馬の匂いがするのかと思った。

 それに対し、策瑛は言葉を選んでいるように見えた。実直な人だから、嘘は下手だ。


「俺も馬に乗れるから、それを披露してた」

「そうなの? 劉補佐よりは上手だと思うけど」

「まあな」


 と、策瑛は笑ったけれど、何かが引っかかっている。それが見て取れたのだ。

 ややこしい事情でなければいいけれど。


「……そろそろ休憩も終わりかな? 私も戻るよ」


 展可が言うと、策瑛は一瞬何かを言いたげな顔をした。それは気のせいではなかったはずだ。


 けれど、言う気配もない。気になるけれど、言わないのならば言えないことなのだ。

 策瑛は一体何に巻き込まれているのだろうか。彼の心配をしつつも展可は黎基のもとへと戻るのだった。

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