18◇再会
黎基たちはダムディン王の兵と共に砦には戻らず、林の東口へと向かっていた。民兵と合流するためである。展可は黎基の後ろに続いた。
まず、何故こういう事態になったのか、それを確かめねばならない。
林から出るなという命令に違反している。責任は何処にあるのか。
展可は頭が重くて、半分は馬の鬣に寄りかかりながらついていった。
林の東口にいた兵は、やはり負傷している者が多い。ぐったりと倒れて動けない者もいる。
そんな中に郭将軍は騎乗したまま進んだ。
「林から抜けるなと申した。何故このような事態が起こったのだ? 崔圭はどうした? 誰か説明しろ」
郭将軍の怒気を孕んだ声に皆がすくみ上る。その時、数人の民兵が一人の男を押さえつけていた。
「こ、こいつが……先走って、敵兵を刺激したんです」
「俺のせいじゃないっ!!」
唾を飛ばして喚く男の声には聞き覚えがあった。
羅瓶董である。
そこへ崔圭が駆けつけてきて、郭将軍と黎基の前にひざまずいた。武人であり、郭将軍にも認められて副官を務めるのだから、崔圭は強い。疲れは見えるが、無傷のようだ。
「申し訳ございません……。一人の暴挙さえ止めきれず、死傷者を出してしまうとは、どのような罰もお受けいたします」
すると、黎基はぴしゃりと厳しい口調で言った。
「そうしたことは後だ。まず、何があったのか詳しく聞こう」
いつも穏やかな黎基が見せる厳しさに、崔圭は幾分気後れしながら続けた。
「彼が敵前に姿を現したことで、敵兵はいきり立って追ってきました。民兵たちは予定とは違う事態により恐慌に陥り、統率が取れなくなりました。それでも、尤と李を始めとする数名が、兵を逃がすために率先して私と共に敵を食い止めてくれましたが……」
愚物だとは思っていたが、この男のせいで全が死ぬことになるとまでは思わなかった。憎しみが沸々と湧いて、胸が張り裂けそうだった。
そして、報告する崔圭の後ろで倒れている男の一人が策瑛であることに気づいた。近くに袁蓮と鶴翼がいたからだ。
「さ、策瑛!」
また、仲間を喪ったのか。頭を殴られたほどの衝撃が走った。
しかし、袁蓮が気丈に言う。
「まだ生きているわ。でも――」
傷の具合はよくないと。鶴翼が呆然としていた。
郭将軍は全軍に通達する。
「速やかに負傷兵を運べ。やつの取り調べは後だ」
それでも、自分は悪くないと喚き散らす瓶董の声だけが、いつまでも展可の耳にまとわりついた。
――あいつこそ死ねばいいのに。
今までで一番、誰かを恨んだ。
◆
奏琶兵が砦に戻ると、まず黎基と郭将軍のもとに劉補佐が駆け寄ってきた。二人で状況を劉補佐に説明している。
展可は馬を預けると、すぐに策瑛のところへ急ごうとした。それを劉補佐が咎める。
「どこへ行く?」
「仲間が……策瑛が負傷したので、様子を見に行きます」
暗い顔をして答えた。この時、展可は何も考えていなかった。生気はなく、幽鬼のように青白かったことだろう。
いつもの劉補佐なら、それでも腑抜けている場合ではないと怒っただろう。
しかし、このひと言で劉補佐もまた顔を強張らせた。
「策瑛が?」
親しげにその名を呼ぶ。
以前、劉補佐ははっきりと策瑛を『知らない』と答えたのではなかったか。
わけがわからなくて、だんだん腹が立ってきて、展可は泣きながら叫んだ。
「瀕死の重傷ですっ!」
そうしたら、劉補佐はいつになく取り乱しているような顔をした。取り澄ました姿しか見たことがなかったのに、今は慌てている。
「どこに運ばれた?」
「……こっちです」
展可が泣きながら指さすと、劉補佐は何も言わずについてきた。黎基のことも郭将軍のことも置いて。
負傷兵も砦の外だった。
この砦に奏琶国の民兵のすべてを収容することはできないのだ。天幕が張られていて、負傷兵はその中にいた。
展可が劉補佐を連れていくと、袁蓮がぎょっとした。それから、劉補佐を睨む。
負傷している策瑛にまで命令違反の罪を問いに来たのかと思ったのだろう。
しかし、横になってたくさんの布で巻かれている策瑛を前に、劉補佐は膝を突いた。
「策瑛」
呼びかける。
ずっと目を閉じていた策瑛が、うっすらと目を開け、そして微笑んだ。
「ああ……」
かすれた声が乾いた唇から漏れる。
「どうして従軍などした? お前は
劉補佐がそんなことを言った。策瑛は、満足そうにつぶやく。
「やっぱり……昭兄だ……」
「そうだ。……すまん。林の方が危機はないと思っていた」
それに対し、策瑛がヒュゥ、と息を吸う。何かを言おうとしていたが、体力が持たなかったのかもしれない。袁蓮が割って入った。
「怪我人です。話は今度にしてください」
「……
そう問いかけた劉補佐の顔が青かった。それは天幕の中が暗いからというわけでもなさそうだ。
袁蓮はさらにキッと劉補佐を睨みつける。
「当然です! 縁起でもないことを仰らないでください。策瑛は体力もありますから、持ち直します」
それを聞き、劉補佐だけでなく展可も気がゆるんでどっと汗を掻いた。全のこともあり、もう駄目だとばかり思っていた。
「そうか。それならいい。頼む」
それだけ言い、劉補佐は天幕を後にした。展可はその後を追わず、袁蓮のそばにへたり込んだ。
「……袁蓮、師父が亡くなったんだ」
「え?」
「策瑛と一緒にまとめ役をしていた尤全という人は、私と同郷で武芸の師だった」
袁蓮は一度唇を強く結んだ。展可は全の遺髪を懐から取り出す。そうしたら、またしても涙が次々と溢れた。
「なあ、あの羅瓶董が
恨み言がつらつらと零れる。袁蓮は悲しげに嘆息した。
「尤さんは、皆を逃がすために前に出て戦ってくれたのだそうよ。立派な最期だったわ」
師父はそういう人だから、と声に出して言えなかった。ただ嗚咽になって喉から音が零れただけだ。
そんな展可の背を、袁蓮は優しい手つきで撫でた。
「ねえ、展可。あの男はどうせ罰せられるわ。あなたが何かしなくてもね。だから、先走ったことをしちゃ駄目よ」
袁蓮がそうして釘を刺すのは、展可が全の敵討ちをするのではないかと思えたからか。
そうしたい。あの男が地に額を擦りつけて謝るのならまだしも、自分は悪くないと、そんなことばかりを撒き散らしているのなら、死ねばいい。
いや、殺してやりたいとすら思う。
けれど、それをしたら全が悲しむ。顔を合わせるたびにお前は女の子なのだからと心配してくれた。そんな師のために、あの男の血でこの手を汚してはいけない。
それでも、ひと言謝らせたかった。
煮えたぎる感情を持て余し、展可はもうしばらくだけここにいることにした。一人でいると感情に呑まれてしまうから。
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