第2部
1◇武真国にて
盲目の廃太子、
武真国は奏琶国よりも寒いのだ。秋とはいえ、すでに肌寒さを感じている。この薄物で寒さに耐えきれるだろうかと、徴兵された民兵である
展可ばかりでなく、民兵のほとんどが初めて武真国へ訪れたと言えよう。ただ、ここはまだ渋い色合いの草原が広がるばかりで、これと言って目立ったものはない。
むしろこの草原でも昔から戦が繰り返されていたらしく、奏琶国の祖先の血が染み込んでいるのかと思うと、なんとも複雑な心境ではある。
遮蔽物のない平原にいると、思いきり馬で駆け抜けたくなるが、ここで勝手な行動を取ってはいけない。
黎基はこのところ馬で行軍していたが、武真国へ入ってから輿に乗った。劉補佐もそこに同乗している。展可はその輿のすぐ後ろに馬をつけているのだ。
輿の前には郭将軍の騎馬兵がいるので、心配は要らないとは思うが――。
アルバン砦は外郭こそ強固だったが、石を積み上げただけと言っても差し支えない無骨な建造物であった。
砦なのだから風情など必要もない。火責めにも強く、矢も跳ね返す。堅牢な砦だ。
門の前には出迎えの将がいた。郭将軍と同じくらいに大きな人影だ。近づくと、数十名の兵士が連なっていた。
郭将軍は軍の進行を止め、少し離れた位置から声を張り上げる。
「我らは貴国の援軍要請により奏琶国から参った、儀王薛黎基殿下の軍である」
武真国の武将は、皮革の鎧をまとって、背に長剣を担いでいる。顔の半分が髭に覆われているせいか、熊を思わせた。年の頃は四十ほどだろう。
「遠路はるばる、かたじけない。私はこの砦を任されておる、バートルと申す者だ」
「私は副使、
すると、バートル将軍はそばに立っていた一兵士に向け、顎で指図する。その兵士は一歩前に出た。
「王は今、
フェルデネと呼ばれた青年はキリリとした一重まぶたを瞬きもせずに向けている。郭将軍はうなずいてみせた。
「承知した。頼む」
「はっ」
そうして、軍はアルバン砦を抜け、さらに北上するのだが、案内人であるフェルデネは明らかに不満顔であった。乗った馬さえも主人に合わせて不機嫌に見えた。
真っ黒な切り髪に癖のない面長で、文官さながらに怜悧な印象を受けるが、兵士なのだから武に秀でているのだろう。そのフェルデネはやはり一万の、それも寄せ集めの兵では不服であったのかもしれない。多分、誰もがそれを思った。
しかし、こればかりはどうにもならないのだ。皇帝と貴妃が納得しない限り、追加の兵は送られない。そこを説き伏せて数を増やしてから出立したのでは、到着がいつになるかわからなかった。
急いで来たからこそだと、そこを評価してほしいけれど。
フェルデネが案内する道は、それほど複雑なものではない。途中に
この軍は黎基の品行方正な性質がそのまま規律に繋がっている。女兵もいるくらいなのだから、そこは確かだ。
しかし、末端まで躾が行き届いていると思われてはいないのだろう。人里の近くを通して悪さをされたのではいけないと、警戒されてのことだ。
その途中、日が沈んで進軍を止めると、黎基は天幕の中で展可を気遣ってくれた。
「展可、武真国は初めてだろう? 寒くはないか?」
遮蔽物が少ないせいで、風当たりが強く感じる。輿の中にいる黎基は日差しが当たらない分、そちらも肌寒さを感じるのだろうか。
「いいえ、まだ平気です。お気遣い頂き、ありがとう存じます」
「いや……」
そこで黎基は黙って展可をじっと――見えていないのだから見つめるというのとは違うが――見つめているような仕草をした。展可はきょとんとして自分で敷いた
「あの、武真国の国王陛下はお若いのだそうですね。殿下はお会いしたことがございますか?」
すると、黎基は、ん、と小さくつぶやいた。
「何度かある。目が見えた頃にも会っているから、どのように育ったのか、会うのが楽しみだ」
どうやら幼い頃から知っているらしい。この口ぶりだと、嫌な相手ではないのだろう。展可は少しだけ安堵した。ダムディン王は差し当たって黎基の敵ではないと。
それは昔の話で、即位して、それも今は戦時下である。平素とは違う振舞もあるかもしれない。あまりの無理難題を吹っかけてこないことを祈りたいが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます