16◇第一小隊

 兵の編成にそれほど時を割けるわけではないのだろう。それからすぐに展可たちは振り分けられた。

 ただしそれは、単純な勝敗だけで決めたのではないような気がした。


「策瑛?」

「よっ、展可。同じ配属になったな」


 展可に負けたはずの策瑛が同じ隊の、それも隊長だという。

 けれど、その人選に納得した。策瑛は面倒見がいい。人をまとめるのに向いている。あの試合で、武人たちはそれも含めて見ていたらしい。


「うん、よろしく」


 それぞれの隊が集まって話している。人が多く周囲は騒がしいが、策瑛の声が聞こえないほどではなかった。


 あまりに無体な人物がまとめ役だと、要らない波風が立つ。展可としても温厚な策瑛で助かったと思えた。

 とはいえ、あまり気を許しすぎてもいけない。


「あたしも一緒よ。ねえ、展可、嬉しい?」


 袁蓮が背中にぴったりとくっつきながらそんなことをささやいてくる。簡単な自己紹介をしたくらいでしかないのだが、それだけで袁蓮は、あたしたちこれで親友ね、と無茶を言ってきたのだった。


 展可は、ハハ、と乾いた笑いを零すしかない。

 女の子と一緒の方がいいと言えばいいのだが、袁蓮の周りは落ち着かない。今もチラチラと人目が気になる。


「うん? なんだ、女みたいな男だな」


 策瑛が首を傾げた。袁蓮がイラッとして展可の肩に爪を立てた。とばっちりだ。


「男に見えます?」


 こんなところに若い娘がいるはずがないという先入観からだろうが、この美貌で男呼ばわりされたら腹も立つだろう。策瑛は善良だが、とんだ朴念仁だ。


「違うのか? そうか、今回は女でもいいんだったな……。それはすまなかった。でも、大丈夫なのか?」


 気まずそうに頭を掻くが、すでに機嫌を損ねた袁蓮はツンとそっぽを向いていた。この時、遠目にぜんの姿を見つけた展可は、人を掻き分けて駆け寄る。


「師父!」


 全は展可に気づくと目尻に皺を刻んで微笑んだ。


「おお、戦いぶりは見ておったぞ。すでに儂が教えることはないが、これからは戦だ。何が起こるか予測もつかん。ゆめゆめ慢心するでないぞ?」

「はい、もちろんです。師父はどの隊で?」

「第三小隊を任された」


 やはり、この編成に当たり、実質的な戦闘力よりも人をまとめる能力を買われたようだ。

 全はもともと里で武芸を教えていたし、なんの心配も要らない――そう思ったのだが、ふと遠目に展可と初戦で当たった瓶董へいとうという男が見えた。展可に軽くあしらわれたことをまだ根に持っていそうな目つきで展可を睨んでいる。

 第三小隊にはあの瓶董もいるのか。もしそうだとしたら、全の苦労は計り知れない。


 心配だなと思う反面、全ならばなんとか手綱を取ってやり過ごせるかもしれない。展可と親しく話しているところをあまり見られない方がいい気がした。


「どうか、ご無事で。また里に戻ったら、私に稽古をつけてください」


 口早にそれだけを言って別れた。


 戻ると、策瑛と袁蓮の他に全部で三十人ほどがひと塊になっていて、それが展可が属する第一小隊ということらしかった。皆、庶民だが立派な体躯をしている。農作業で鍛えられたというところか。

 年齢、性別、外見上も展可と袁蓮は浮いていた。あと、もう一人も――。


 隊の隅っこで、一人の少年がしゃがみ込んでいた。具合が悪いのかと思ったけれど、そういうわけでもなさそうだ。ただしゃがんでいる。背中には弓を背負っていたので、弓術が得意らしい。


 その少年は小柄だから、しゃがんでいるとコロンとさらに小さく見える。どうしようかと思ったが、顔を膝に埋め、声をかけてくれるなといった具合なので、展可は放っておくことにした。


「この隊を任された、李策瑛だ。よろしく頼む」


 朗らかに挨拶をしたが、策瑛もまだ若造の域を出ない。他の男たちの方が年嵩なのだ。返事はなく、誰もが無言である。そんな反応を策瑛は予測していたのか、まるで動じずに続ける。


「俺たちの隊は、かく将軍の騎馬隊の後に続く。民兵の中では最も殿下に近い重要な役どころだっていう話だから、まあ名誉なことだな」


 殿下に最も近いと、そのひと言だけで展可は震えるほど動揺していた。そんなに近くに――とはいえ、騎馬隊の後に続くのだ。すぐそこではない。それでも、もしかすると尊顔を垣間見ることができるかもしれない。


 親王を直視するような不敬はゆるされないだろうから、本当に遠目にでいい。それでさえ、展可は兄の反対を押し切って従軍した意味を見出せる。


 ――黎基はあれから、目の光を失って辛酸を舐めたはずなのだ。展可はそこに思い至ると、そばに近づけたと浮かれている己が不意に恥ずかしくなった。

 そんな黎基の役に立ち、人知れず父が犯した過ちの償いとする。それでいいはずなのだ。浮かれていてはいけない。


 それでも、すぐ近くにいると思うだけで言いようのない嬉しさが込み上げるのもまた事実だった。


「十分な働きをしたら、殿下や将軍の目に留まりやすいってことだよな?」


 誰かがそんなことをつぶやいていた。感状(戦功を賞する文書)でももらって、あわよくば取り立てられたいとでも考えているのか。

 策瑛は苦笑する。


「そうだ。だから逆に言うと下手に動いたらすぐに見咎められる。功を焦って先走るなと武官から釘を刺されたな」


 男たちはグッと言葉に詰まった。

 人材登用の方法を見る限り、しっかりと人を見ているように感じられる。だから、ひた向きに努力すれば取り立てられることもあるのではないだろうか。策瑛などはきっと、今から期待されている気がする。


 展可は取り立てられても困るので、あまり目立つことはしないつもりだ。こうした屈強な男たちに紛れていたら目立たずに済むことだろう。

 それにしても――。


 あの少年はずっとしゃがんでいる。袁蓮も気になっているのか、急に石を拾って少年の頭目がけて緩く放り投げた。第一小隊に入れられたのだから、もしかするとああ見えて強いのかもしれないと思ったようだ。


 けれど、小石は少年の頭に当たった。痛かったらしく、イテッと少年がぼやいた。

 頭を摩っている少年は、あどけない顔をしていた。

 展可は袁蓮を目で咎める。袁蓮は可愛らしく舌を出してごまかした。


「平気?」


 そばへ行き、そっと声をかけると、少年は渋々立ち上がった。展可より少し背が低い。


「うん、平気」


 ニカッと案外人懐っこく笑った。


「具合が悪かった?」

「ううん、全然。ここ、うるさいからしゃがんでただけ」


 ああ、またちょっと変わったのに遭遇した。展可はそう思ったけれど口には出さない。


「私は愽展可。君は?」

鶴翼かくよく

「いくつ?」


 十五から従軍できるとはいえ、十五では幼い。気の毒だなと思った。


「うん、十八」


 鶴翼は笑顔で応じる。

 ――年上だった。


「展可は?」

「十、六歳」

「そう。じゃあ僕より下だね」

「そうだね……」


 納得はいかないが、年上らしい。少々は敬わねば。

 

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