15◇仲間

 気づけば、展可は勝ち抜いていた。かなり終盤になって当たったのは、策瑛であった。案外すぐに再会した。


「え? お前……」

「愽展可といいます。御相手仕ります」


 策瑛が愕然と展可を指さす。微かに疲れが見えた。策瑛の戦いは力任せだ。あれでは疲れるのも無理はない。


 それに比べ、展可は持ち前の素早さで打ち合う前に勝敗を喫してきた。疲労感は当然少ない。


 展可が棒を構えても、策瑛はまだ戸惑っていた。子供相手に乱暴したくないと思っているのかもしれないが、ここはそんな甘いことが言える場ではないはずだ。


 それでも、そうした策瑛の優しさを好ましくは思う。当たりたくはなかったが、しかし、師の全のかたきではあるのかもしれない。やはり勝たねば。


「始め!」


 号令がかかり、展可は策瑛の視界から消えるほど体を低くした。下から打ち込むが、いくら疲弊していてもここまで勝ち抜いたのだから、そう容易く打たれたりはしなかった。

 棒を地面に突き、展可が狙った足元を庇った。その動きは目で追うのではなく、やはり感覚で動いているように思われた。


 むしろ、展可の棒に策瑛の靴が乗ったかと思うと、踏んで押さえつけられそうになった。それをとっさに引き抜いて躱す。

 体を反転させ、策瑛の背後を取ろうとするが、すぐさま棒が伸びてきて動きを封じられた。棒を当てられないように飛びずさって躱すのが精一杯だ。


 策瑛は俊敏だが、素早さでは展可がやや勝っている。疲れを知らない時に当たっていたなら勝てなかったかもしれないが、今なら隙を衝ける。

 策瑛が振るった棒に向けて展可は飛び込んだ。これが勝機だと思えたのだ。

 相手は人だ。獣ではない。だからこそ、心がある。


 義侠心に溢れる策瑛なら、展可が正面から自分の振るった棒を叩きつけられそうになったら、とっさに迷いを生じるだろうと読んだ。

 卑怯かもしれない。けれど、これは戦いだ。どんな手を使おうとも勝たねばならない戦いのつもりで展可は挑んでいる。


 展可の読み通り、策瑛は驚いて手を緩めた。その僅かな隙に、展可は策瑛の脇腹を突いたのだった。


「それまで!」


 ハァ、ハァ、と策瑛の荒い息遣いがして、滝のような汗が噴き出している。申し訳ないとは思った。

 展可は棒を引くと、深々と一礼する。


「ありがとうございました」


 恨みを買ってしまっただろうか。いい人だったけれど。それでも、仕方がない。

 策瑛は、汗を乱暴に手の甲で拭うと、唾を呑み込んでからつぶやく。


「強いな、お前」


 白い歯を見せて、曇りのない笑顔を向ける。妬みや嫉みとは無縁の晴れ晴れしさであった。好漢というのはこういう人のことかなと展可も嬉しかった。


「策瑛さんはお強いですから、本気で行きました」

「策瑛でいい。展可だったな? これも何かの縁だ。同じ配属になるといいな」

「そうですね」


 あんなのはなしだとか、やり口が汚いとか、そんなことは言わない。ただ、負けは負けとして認める潔さがある。こういう人となら近くにいても共闘できるだろう。


「いつまでも話し込むな! さっさと次へ行け!」


 兵士に怒られてしまった。展可が首をすくめると、策瑛も気まずそうに手を挙げて去った。


 勝者となった展可の相手は、もうそれほど多くはないようで、集められていたのは二十人ほどだった。そして、その中にあの美少女がいたのである。


 疲れた素振りも見せず、にこにこと笑顔で床几に座っている。まさかとは思うけれど、ここまで勝ち抜いてきたのだろうか。展可がそっとそちらに歩むと、美少女、袁蓮えんれんは展可に目を留めた。

 そうして、涼しげな響きのある声で言ったのだった。


「あら? あなたも勝ったの?」

「まあ、一応」


 短く返すと、袁蓮はまた笑った。


「ふぅん。強いのねぇ。そうは見えないけど」

「それはお互い様だと思う」


 とはいえ、美少女相手に戦えない、手心を加えた男たちを易々と退けてきただけかもしれないが。


 淡々と答える展可に、袁蓮は手招きした。近くに来いと言うらしかった。

 展可が袁蓮に近づくと、周りの男たちがムッとした。面白くないのだろう。袁蓮はすでに男たちを虜にしているようだ。


 袁蓮は展可をじっと見上げた。かと思うと、立ち上がる。背は展可と同じくらいだった。女としてはやや高い方だろう。

 にこにこと微笑み、そして、急に展可の肩に手を置くと、耳元でささやいた。


「ねぇ、あなた、女の子でしょ?」

「…………」


 落ち着け。ここで動揺してはいけない。落ち着け。

 展可はまぶたを閉じ、ふぅ、と息をついた。


「ちが――」


 言いかけた展可の言葉を袁蓮は待ってくれなかった。


「いいのよ、隠していたいみたいだから言わないわ」

「…………」


 黙ってしまってから、ここで黙ったら認めたようなものではないかと思ったが、すでに遅い。


「なんでわかるのかって? あたしの色香になびかないなんて、女に決まってるじゃない」


 ウフフ、と妖艶に笑われた。

 たいした自信だが、それに相応しい容姿をしている。無理からぬところだろうか。


「なんで戦になんて来たの? 危ないよ」


 いろんな意味で危ない。こう間近で見ても袁蓮は髪や肌の色艶もよく、貧困層ではないように見える。

 袁蓮は頬に手を当て、ほぅ、と憂いを含んだ息を吐く。


「縁談が嫌で逃げてきたのよね」

「え?」

「ほら、あたし、この美貌でしょう? 次から次へと縁談が来て、あんまりにもしつこいから一年従軍してこようかなって」


 そんな理由で従軍する娘がどこにいると言いたいが、ここにいる。


「あのさ、帰ったら?」


 どんな目に遭うかわかったものではない。後になってどれだけ後悔しても遅いのだ。

 冷ややかに言った展可に、袁蓮は少しも怯まなかった。


「嫌よ。うちの親、これくらいしないとわかってくれないんだから」

「親不孝だね、君は」


 責めるようなことを言ってしまうのは、展可が両親と悲しい別れをしたからだ。親孝行したくとももういない。そんな事情は袁蓮には関係ないのに、つい辛辣になる。

 ただし、この袁蓮はそうやわな娘ではないのだ。


「そうよ。親不孝なの、あたし。それでも、好きでもない男に嫁ぐのは嫌なの。いくらお金持ちでも、親より年上とか、前から見ても横から見ても同じ体型とか、無理」

「…………」


 確かに無理かもしれないが、だからといって従軍して逃げるという荒療治に打って出た袁蓮も相当だ。

 綺麗だけど変った娘だな、と展可は思った。

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