11◇必ず
呆然とする展可と桃児に、祥華はひとつ息をついてから言う。
「展可、あんたの名前で私が従軍するよ。その代わり、私が戻るまであんたは家から出ないで大人しくしていなくちゃいけないけど」
桃児は、そんな祥華の腕をすがりつくようにつかんだ。
「だ、駄目よ。祥華さんは女の子なんだから、危ないわ」
「まあ、私は身長も高めだし、男っぽいってよく言われるから、どうとでもごまかせるよ。今回は女でも構わないっていうんだから、性別に関しては突っ込まれたら記載間違いだとかごまかすからいいし」
とはいえ、女でも構わないとしたところで本当に女を送り込む家は少ないと思う。しかし、女だと知られるより、祥華は本当の出自を知られる方がまずいのだ。展可に成り代わって行けるのなら、祥華にとってもありがたい。
「私の方が生存率は高いから、武功を立てて戻ってくるよ」
「い、いいのか? 本当に?」
「兄さん!」
不甲斐ない兄に、桃児は目に涙を浮かべてポカスカと叩きにかかった。展可は妹すら押し戻せずに頭を抱えた。
「女の子を自分の身代わりにしようなんて、情けないと思わないの!?」
「だ、だって、祥華は強いし……」
祥華はやんわりと桃児を止めにかかった。
「いいよ。あのさ、私、男だったら武人になりたかったんだ。自分の腕がどこまで通用するのか試すいい機会だし、むしろ行きたい」
「しょ、祥華さんまでそんなこと言って……」
桃児が戸惑う。そんな彼女にも、祥華は本当のことなど言えない。
危険であっても、黎基のそばに行きたいなんて――。
ただ、苦笑しながら言った。
「でも、私がいないとうちの兄さんが一人になるから、それだけが心配。私がいない間、兄さんのこと気にかけててくれる?」
「本気なの?」
「うん」
「でも、晟伯先生がなんて言うか……」
賛成はしてくれないだろう。それでも、兄は祥華が黎基に父の分も償いをしたいと考えていることを知っている。強く止めれば無断で飛び出すと考えるに違いない。
「兄さんはわかってくれるんじゃないかな。出立は明後日だったね?」
「う、うん」
展可が震えながらうなずく。
「当分、『展可』は私だから、あんたはこれからしばらく名無しだ。あんたの名前、借りていくよ」
少し微笑むと、祥華はきびすを返して兄のもとへ戻った。
兄は、祥華が戻るなり家の戸口のそばにいた。
きっと、この成り行きを危惧していたのではないかと思える。
「あの、兄さん」
「……駄目だ」
ため息交じりに兄は言う。しかし、かぶりを振って、それから目を祥華に向けた。
「駄目だと言って納得するお前じゃないのもわかっている」
「兄さん……」
兄は戸を閉め、祥華を中へ押し込むと、椅子に座らせた。兄も向かいに座って落ち着いて話す。
「殿下の御名が出た時には、どう止めたところでお前は行くだろうとわかってはいた。でもな、俺たちのことは絶対に知られちゃいけない。知られれば、俺もお前も生きては行けない。それを承知で行くんだろうな?」
もし、祥華の正体が知られた場合、ここにいる兄の命も危うくする。本来ならば生かしてもらえなかった命なのだ。
しかし、何事もなく兵役を終えて戻ればいい。それくらいならばどうにかなるのではないか――。
「兵役は余程のことがなければ一年くらいだ。それくらいなら、私は展可の代わりになれる。展可として帰ってくるから。兄さんの身を危うくするようなことはしない」
そのまま志願しなければ、兵役は一、二年で終えるはずなのだ。
祥華を知っているはずの黎基だが、何万もの兵の中から祥華を見つけることなどまずない。そもそも、黎基は目が見えないのだから。
成長して祥華も外見が随分と変わった。もし見えたとしてもわからなかったかもしれない。
正体を知られるとは思えない。
「どんなに止めても駄目か?」
兄が切実に諦めてくれと願っているのは伝わった。
わかっていても、祥華はこの機を逃したらもう二度と黎基の役には立てないと思うのだ。
「ごめんなさい、兄さん」
それだけ言うと、兄は深々と嘆息した。
「兵役となれば傷が絶えないだろう。出発までに色々と薬を用意するから、持っていけ」
「あ、ありがとう」
パッと顔を輝かせた祥華を、兄は軽く睨んだ。
まるで、黎基との再会に心を弾ませている祥華を窘めるようだった。
「その代わり、生き残れ。どんなことをしてもだ」
「うん、必ず」
兄妹は硬く手を握り合った。しかし、これは今生の別れのつもりはない。祥華はまた戻ってくる。
この生に悔いを残さないため、黎基の役に立ったと胸の奥で誇れたらそれでいいのだ。それだけを胸に、これからも里で生きていく。
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