After Story
ある聖夜の話
『ごめんねー、クリスマスは陸のお姉さんにお呼ばれしてるんだー』
既に学校は冬休みとなって数日。
今日は二十四日、クリスマスイブ当日……予定が合えば遊びに行かないかと思って電話を掛けた星那に対しての、柚夏の返答はそういうものだった。
「そうなんだ……」
『うん、なんでも将来の事で話をしたいんだってー』
そう言って、電話の向こうでにしし、といたずらっぽく笑っている柚夏。
その言葉に……星那はドギマギとしながら質問する。
「それって……まさか結婚?」
『あはは、なっちゃん気が早いよー。んーとね、私と陸の進路希望が一緒だから、学業の進展の確認……かな?』
「あ……そ、そうなんだ、びっくりした。でも、それなら二学期も一緒に勉強会していて良かったね」
『うんうん、本当にねー』
ちなみに、二学期期末試験の結果、柚夏は一つ順位を落とし三位だった。
とはいえこの辺りはほぼ満点の者達が些細な点差で凌ぎを削っているため、別に大きな減退があったわけではない。
……柚夏はしばらく「ケアレスミスしたぁ!」とこの世の終わりみたいに嘆いていたが。
星那はというと、こちらは一学期の期末試験から順位を順調に持ち直して、今回十二位。夜凪が十三位だったため、二人並んで順位表に並んでいるのを喜びつつ、夜凪は悔しがっていた。
だがしかし、元は二十から三十位台だった『瀬織星那』としては連続での大躍進の成績なため、星那は教師たちにものすごく褒められた。
案外、夜凪との交際に関し学校から何も言われないのは、この入れ替わり前から比べた成績の伸びのおかげかもしれない。
そして……陸はなんと、今回で三十位以内まで順位を伸ばすという大躍進を成し遂げていた。
頻繁に四人で勉強会を開いていたため、日頃から家でも教科書を開く癖が付いてきたおかげだと、嬉しそうに語っていた陸なのだった。
『そんなわけで、日頃のお礼がしたいって食事に誘われちゃったんだー、ごめんねー?』
「へー……良かったじゃない、楽しんで来てね」
『うん!』
その後、いくつか会話した後、柚夏との電話は切れた。静かになって……さて、どうしようと考え込む。
二カ月前から準備していた家族皆へのプレゼント……手編みのマフラーとか手袋とか……は、ちょうど昨日全て完成させてしまった。今は綺麗にラッピングして、渡す時を待って部屋の隅に並んでいる。
すっかり手持ち無沙汰になって……そういえば夜凪も朝陽もどこに行ったのだろうと、やけに静かな二階の様子に首を傾げ、よっこいせと横になっていたベッドから降りるのだった。
二人がキッチンに居るのは、すぐに分かった。だが……
「だめ、お姉ちゃんは入らないで!」
「……え?」
「今はお姉ちゃんは入っちゃだめー!」
キッチンで何か相談をしている二人に声を掛けようとしたところ……慌てた朝陽に背中を押され、部屋から追い出されながらのこの言葉である。
「ごめんね、そういう事だから。星那君はリビングか部屋でゆっくりしていて?」
そう申し訳なさそうに言って、夜凪がキッチンへ行くドアを、星那の目の前でパタンと封鎖してしまう。
まさかの最愛の恋人と妹、二人からの拒絶。
ガーン、という効果音が聞こえて来そうな、この世の終わりみたいな表情を浮かべる星那を残し、サッと引っ込んでしまう夜凪と朝陽。
「……反抗、期?」
夜凪はともかく、妹からの思わぬ拒絶に愕然としたまま、そう呟いた星那は……ショックから、ふらふらとその場を立ち去るのだった。
……と、落ち込んでいたのも数分程度。
やがてすぐに茫然自失の状態から立ち直った星那だったが、今度はすっかり拗ねてしまい、ぷりぷりと怒りながら、クリスマスムードに浮かれている街へと繰り出していた。
そんな星那が普段から利用している行きつけのスーパーマーケットを出たところで、買いすぎた荷物に四苦八苦していた時に声を掛けてきたのは、夏に出会った黒髪の女性。
星那がおっかなびっくりながらもモデルの仕事を引き受けるようになった今、彼女とはすっかり顔馴染みであった。
実のところ一人で出てきた事にビクビクしていた星那は、知っている人が現れたことにホッと安堵の息を吐く。
彼女……『天野緋桜』という、いまではバイト先の先輩となる一つ年上の女性は、義妹のミステルという白い少女とともに、クリスマス特集号の献本を届けに白山家へと向かう途中だったという事だった。
「す、すみません緋桜さん、荷物を持って貰って……」
「いいの、私も星那ちゃんに用事があったんだから、ついで。折角だから、一緒にお茶でもしていく?」
「あ……それじゃ、行きつけのスコーンが美味しい静かな喫茶店があるから、そこで……」
……と、そのままどこかでお茶をしようかという事になって、星那のお気に入りの喫茶店に入る事となったのだった。
「だから、私も少し怒ってるんです。悪いことします」
「はぁ……それで、一体何を?」
他に客のいない、小さな店内。
愛想のない店主は、注文したメニューを二人がいるテーブルに並べると、さっさとキッチンに引っ込んでしまい今はいない。
そんな愛想の無い店主ではあるが、出てきた紅茶は香り高く、スコーンはさっくりとして美味だ。
それらをしばらく楽しんでから……思い出したように不機嫌になった星那が、皆に仲間外れにされた事を愚痴り始める。
だが……緋桜から見て、星那が何か悪さをしていたようには見えなかった。一体何をするつもりなのかと身構える彼女に、星那が自分の企みを打ち明ける。
「今日の夕飯、予算オーバーのご馳走作ってやります」
「……へ?」
「明日以降、その埋め合わせで質素なご飯になるくらい散財してやるんです!」
「……ぇ? それだけ?」
そう力説する星那に、ぽかんとしている緋桜だった。
だが……星那の作る白山家のご飯は、少し豪華に見えて実のところ星那が厳格に帳簿を付けており、一日何円まで、と明確に決めて食費を分配しているのだ。
それをクリスマスだからと逸脱して盛大にすれば……以降数日は、もやしがメインの食事となる事請け合いだった。
……ちなみに、作るのをボイコットするという考えは星那には無いのである。
「それで、むしゃくしゃして反抗の結果が夕飯の買い出しかぁ……健全な子だねえ」
「……何か言いました?」
「いいえ、何も」
呆れたような苦笑いを浮かべて呟いた緋桜が、不機嫌ですという態度の星那に睨まれて、肩をすくめる。
だが、星那の傍に鎮座する大量の食材が入った二つのエコバッグの理由にも、合点がいったという様子だ。
「ところで……ミステルちゃんは、さっきから一体何を?」
ふと、そう話題を逸らす星那。
その視線は、先程からずっとコミュニケーションツールの着信音が鳴っているスマートフォンに目を落とし、黙々と返信しているらしき白い美少女へと向けられていた。
文章を打っている時間を見ると、かなりの長文らしいため、何だろうと首を傾げている星那だったが。
『料理教室』
「……???」
端的なミステルの筆談に、さらに疑問符を浮かべる星那なのだった。
しばらく……一時間程度お茶会で時間を潰した後、帰宅した白山家。
「すみません、家まで荷物を持って貰って」
「いいの、いいの。どのみち星那ちゃんの家に用事があったんだし、お姉さんこれでも力あるんだから」
「なら、せめてお茶だけでも飲んで行ってください」
むん、と力瘤を作る真似をしてみせる緋桜のその様子についつい笑いながら、星那が二人を家に招き入れる。
そして、リビングへと案内すると……キッチンへと向かい、何気なくその扉をガチャリと開いた。
「「「あ」」」
その瞬間、キッチンの中で、やり切ったといった風情で座り込んでいた夜凪と朝陽、それとドアを開けた本人である星那の、そんな呆然とした呟きが重なった。
そして、そんなキッチンの二人の目の前、白と赤で綺麗にデコレーションされた、円筒状の物体。
それは……少しだけ不恰好で、だが一目で慣れない作業を必死になって頑張っていたのだと分かる――手作り感溢れるクリスマスケーキ。
「……えっと。二人が、これを?」
「……あー、バレちゃったね」
「うんうん、バレちゃったね、お兄ちゃん」
サプライズにしたかったのだろう、二人は星那に見られた事を残念そうに、うなだれていた。
「ごめん……僕と朝陽、二人で星那君へのプレゼントをどうしようかと相談して、出した答えがこれだったんだ」
「お姉ちゃんがいつもご飯やお菓子を作ってくれるから、今日は私達でクリスマスケーキを作ってあげてビックリさせようと思ったの」
たしかに……星那が居れば、二人に手伝いの指示はしつつも、ほとんど自分でやってしまうだろう事は想像に難くない。
それではいつも通りであり、プレゼントにはならない……そう考えた二人がこの事を秘密にするため、星那を追い出したというのは、言われてみれば当然に思えた。
「ちなみに……先生はそちらのミステルちゃんです」
「せっかく協力してくれたのにごめんねぇ」
夜凪の紹介に背後を振り返ってみると、いつのまにか背後にいた白い女の子が、あちゃあ、と言うように頭を抱えていた。
そんな彼女に、朝陽は申し訳なさそうに縋り付いている。
「ああ、なるほど……料理教室ってそういう……」
たしかに、緋桜からこの少女は妖精のような見た目と裏腹に、星那と遜色ないレベルの家事スキルの持ち主であると聞いている。
星那に秘密にするために、友人である朝陽が彼女に頼ったのだろうと、合点がいった。
「その……余計なお世話だった?」
おそるおそるといった様子でこちらを窺っている夜凪と朝陽に……星那の中にあった不機嫌の感情は、綺麗さっぱり霧散していくのを星那は感じていた。
「そんな事ない、二人の気持ちは本当に嬉しいよ。だけど……」
だが……同時にもう一つ、思う事が湧き上がってくるのも感じていた。
「いいえ、やっぱり私怒る。だって……絶対、一緒だったら楽しかったでしょ!?」
そう言って、涙まで浮かべて拗ねる星那。
だがそれは、今度は怒りというよりは、楽しいイベントを見逃したという悔しさ。
その様子は……さながら、寝坊してお気に入りの特撮番組を見落とした、子供のようであった。
「……お姉ちゃん、子供っぽい」
「うぐっ」
痛いところを呆れた様子の妹に突かれ、視線を逸らす星那。
その、ふくれっ面でそっぽを向きながらも顔を赤らめている星那に……可愛い! と夜凪が抱きついて慌てさせるのまで、いつも通りの事なのだった。
その後……どうにか機嫌を直した星那も加えて、今度こそは三人で協力して夕飯の支度をする。
やがて白山家の皆だけでなく、早めに仕事を切り上げてきた瀬織夫妻も交えて豪勢な夕飯を囲み……こうして入れ替わって初めてのクリスマスは、穏やかに過ぎ去っていくのだった。
……と、そんな一日の終わる頃、星那の自室にて。
「ところで、このクリスマスプレゼントだけど」
「な、何か不備があった?」
突如部屋を訪れた夜凪に首を傾げながら招き入れ、ベッドに並んで腰掛けたところで、夜凪がそのような話題を切り出した。
星那が朝陽と夜凪に贈ったのは、今日のためにずっと自室で編んでいた手編みのマフラー。
もしかして、何か気に入らなかっただろうかと心配になる星那だったが……
「いや……不満なんてもちろん無いけど、何か
そう言って、持ってきたマフラーを首に巻いて見せる夜凪。
たしかにロングマフラーとしては十分有りな長さではあるが……かなり、余裕のあるサイズをしていた。
「それは……その、せっかくならやってみたかった事があって、ですね」
「ん? ……ああ、そういう事か」
「ひゃ……っ!?」
もじもじと指先を弄び、ばつが悪そうに顔を赤く染めて明後日の方を向く星那。
その様子から何を望んでいるのかを察し、さっと抱き上げて自分の膝に座らせた夜凪が、自分と星那、二人の首を一緒に巻くようにして、その長いマフラーを巻きつける。
「こういう事だよね?」
「そっ……そうだけど、これは何か違くない……っ!?」
真っ赤になって慌てる星那を器用にいなしながら、膝上の小柄な身体を抱きしめる夜凪。
すっかり意地悪な溺愛モードにスイッチの入った夜凪のハグは……星那が、許容量オーバーで「きゅう……」と目を回すまで続くのだった。
◇
「――なんて事、あったよねえ」
「あはは……あったねー」
そう、もう八年も前になる昔話を、懐かしそうに笑いながら語る夜凪と星那。
今、二人……否、
世間は今、クリスマスの夜に賑わっているはずだが……二人は、お互いの家の両親が帰宅してしまい静かになった病室で、昔話に花を咲かせているのだった。
「ごめんね、夜凪さん。今年は何も用意できなくて」
「はは……そんな事、気にする必要なんて全くないさ。今年はもう、最高のプレゼントを貰ったしね」
そう言って、星那のベッドの傍にある小さなベッドを覗き込む夜凪。
そこには……数日前に生まれたばかりの新しい命が、スヤスヤと穏やかな寝息を立てて眠っていた。
「……さっきまで、あんなに大騒ぎだったのに、呑気なものだよねぇ」
「うん……よかった、ちゃんとお腹一杯になってくれたみたいで」
自分の体が、この小さな命を繋ぐ食料を生産しているというのは、星那にとっては不思議な感覚だった。
始めの数日は母乳がなかなか出ない事に悩んでいたが、数日授乳を続けた今ではそんな事もなくなって、小さなお腹を十分に満たせるようになって一安心というところ。
先程まで空腹を満たすために必死で自分の胸に吸い付いていた我が子が、もはや愛おしくてたまらない……そんな不思議と湧き上がってくる感情を堪えていられず、眠っている赤ん坊の頭を優しく撫でる。
夜凪は……そんな星那の肩を抱き寄せて、共に赤ん坊の寝顔を眺めていた。
「……君が無事で、元気な娘を産んでくれた。それだけで、今、僕は最高に幸せだよ」
「うん……これから大変だけど、一緒に頑張っていこうね、
肩を抱かれた星那が夜凪の顔を覗き込み、悪戯っぽく言うと……夜凪は照れながらも、嬉しそうに笑う。
幸福に包まれているかのようにゆっくりと流れ行く、三人だけの静かな夜。
いつもであれば、必要以上に真っ白な世界に塗り潰そうとする北の大地の聖夜は……今はまるで、愛し合う者達に気を遣っているかのように、穏やかにしんしんと雪を舞わせていた。
憧れだった女の子と入れ替わった結果、なぜか求婚された件 @resn
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