ズルズル救助隊

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 パリのウネスコ本部の会議室には文化遺産保全委員会のメンバー達が集まっていた。アメリカ代表は強く主張した。

「確かにこれは日本国内の出来事だ。しかし、世界文化遺産である以上、これは世界の問題だ。早急な対処を要望する」

 ドイツ代表が発言した。

「早急に救助隊を組織して、日本に派遣するべきだ」

 米独の発言を聞いていた日本代表が物憂げな表情で答えた。

「あのー、日本代表として言いますけど、日本では問題にしている人はほとんどいないので、これは放置しておいてもいいかと。元々これを世界文化遺産に推したのは欧米の皆さんでしたし」

 フランス代表はこれを聞いて呆れた調子で言った。

「あら、さっき米国代表が言った通り、これは国際問題ですわ。日本も我が国のように、もっと文化を大切になさってはいかがですか」

 委員長であるイギリス代表が結論を告げた。

「日本の危機文化遺産を救済するため、救助隊を結成する。ウネスコの職員から有志を募集し、1週間の訓練をした後、日本に派遣する。隊の名称は『ズルズル救助隊』とする」


 訓練は熾烈を極めた。しかし、隊員達は使命感に燃え、必死に訓練に耐えていた。なんとしても日本の危機文化遺産を救おうとする決意が隊員達にみなぎっていた。日本人の職員は、どうも乗り気では無いようなので隊員には選ばれなかった。隊員は主に欧米からの職員で構成された。

 隊員には黄色のユニフォームが配布された。それには、

「ZuruZuruRescue」

 と赤い大きな文字で書かれていた。略称ZZRである。

 訓練の最終日、訓練棟からは、

「ズルズル、ズズッー」

 という激しい音が途切れることなく響いてくる。かなり訓練も仕上げの段階に入ったようだ。委員長もこの音を聞いて、成功を確信していた。


 いよいよ日本への派遣の日が来た。ウネスコの講堂には数十名に及ぶ隊員たちが整列し、皆、ZZRのユニフォームに身を固めていた。

 ウネスコの事務局長は口を開いた。

「よく厳しい訓練に耐えてくれた。一人の脱落者も出なかった事を誇りに思う。これから日本に派遣され、各地を回る事になる。それは過酷な任務だ。ウネスコとしては、何としても、この貴重な文化遺産を守りたい。諸君の成功を祈る!」

 そして隊員達は、日本各地に派遣された。


 ◇ ◇ ◇


 俺はいつものうどん屋に入った。セルフサービスで、麺と天ぷらを選ぶ。いつも、大盛りうどんに掻き揚げの天ぷらがお好みだ。席に着いて薬味を入れて、割り箸をパキッと割る。さあ、食べようと思った時だ。見慣れぬ男が入ってきた。大柄で黄色い服を着ている。なんだか場違いだ。見れば日本人ではない。金髪なのでたぶん白人だ。入り口に突っ立ってなかなか注文しない。何かを探しているか、或いは確認しているように見える。十人ほどいた他の客はチラッとその男を見た後、また黙々とうどんを食べ始めた。

 俺も自分のうどんを食べ始めた。黙々と食べる。その時、大きな音が聞こえてきた。

「ズルズル、ズズッー、ズル」

 それは途切れ無く続く。見れば、先ほどのガイジンが盛大に音を立てている。店にいた客は一様に顔をしかめている。それにしてもこんなに大きな音を立てて食べるのはある意味すごい。尋常ではない。しかもガイジンだ。

 あっという間に食べ終わったそのガイジンは、たどたどしい日本語で、しかし大きな声で言った。

「あー、音を立てて食べると美味しいなあ、清々すがすがしいなあ。どうもご馳走様!」

 そうしてお盆を下げると、大股で店を出て行った。店の客も店員も皆、唖然としている。

 俺は残っていたうどんを食べようとした時、ふと気付いた。そういえば自分も含めて、店の客は誰も「ズルズル」音を出さずに「無音」で食べている。麺の下の方をくわえようとするので、なんだか亀がモノを食べるときの仕草のようになる。でも、以前は皆、威勢よくズルズルと食べていたっけ。いつから「音無し」になったのだろう。私の場合、別に、

「おい、麺をすするなんて悪いマナーだ」

 と言われた訳ではない。自主的に、いや、いつのまにか音を出さずに、「亀食べ」をするようになった。欧米で長く暮らしていたなんていうんならいざ知らず、俺はまだ日本から出た事は無い。なのに何故か音を出さずに食べるようになっている。

 店の中を見回せば、皆、同じように「亀食べ」だ。誰もズルズルと音を立てているヤツはいない。


 うどん屋のテレビではワイドショーをやっていた。そこには見覚えのある服装の一団が映っていた。さっきのガイジンと同じ黄色い服だ。あんなに沢山いる。ワイドショーでは経緯を解説していた。

「日本の皆さんはご存じない方もいらっしゃると思いますが、20年ほど前に、日本人の『そば・うどんを食べる際のズルズル音』がウネスコの世界無形文化遺産として登録されました。つゆを空気と一緒に吸い込む事で、つゆや香りが麺と一緒に口に入り、おいしさが引き立つという『技』です。欧米各国はこれを日本文化の真髄と認定し、登録が決定されました」

 俺は、なんとなく覚えていた。なぜなら、

「アホか」

 と大笑いした覚えがあったからだ。日本の識者や政治家からも、欧米の連中は何考えているか分からんと、一蹴されていたので印象に残っている。ワイドショーは続けた。

「それが近年、ここ日本でもズルズルをしない人が増えてきて、昨年とうとうウネスコにおいて、世界文化遺産に指定されました」

 俺はようやく事情が飲み込めてきた。この危機を救うために、あのガイジンが日本に来たのか。それにしても、数十人来て日本のうどん屋、そば屋を回った所で影響は知れている。「遺産」が「遺産」になるのは時間の問題じゃないかなあ、と俺は他人ひと事の様に思っていた。


 しかし、彼ら、すなわちZZRの隊員達はひたむきだった。決して、日本を悪く言ったり、批判する事は無く、ただひたすら「ズルズル」を続けた。時が経つにつれ、これを馬鹿にする日本人は徐々に減り、逆に同情、或いは応援する者も現れてきた。

 ウニクロはこれを応援するために、ZZRのユニフォームに似せた服を発売し、飛ぶように売れた。黄色地に赤で「ZuruZuruRescue」と書かれている。

 ZZRが、あるそば屋に現れるという情報が入ると、多くの人が押しかけて応援した。店内で席を確保できた客はZZRの隊員と共に、盛大に、

「ズルズル、ズズッー」

 とやっていた。そう、ズルズルは復活したのだ!


 隊員達が日本を離れる日が来た。ウネスコの日本支部には隊員達の他、文科省関係者、報道陣が詰め掛けていた。ウネスコの日本支部長が挨拶した。

「日本国民に代わってお礼を申し上げます。あなた方ZZRは、文化の継承の大切さを改めて教えてくれました。われわれ日本人はこれからもズルズルを大切にし、代々に渡って引き継ぐ事を誓います」


 ZZRが空港に向かおうとしていた時だった。パリのウネスコ本部から緊急連絡が入った。帰国にストップが掛かったのだ。一同は、顔を見合わせた。

「やっと帰れると思ったのになんだ?」

「ちゃんとズルズルは救済したと思うんだが、何か抜けがあったのかなあ」

 パリからは、いくつも要請が来ていた。

「日本では、『箸の持ち方文化遺産』が危機的状況にある。現地で訓練を受けて、この危機を救ってくれないだろうか」

「『おとうさん』『おかあさん』が絶滅危惧に指定された・・・・・・」

「・・・・・・」













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