(9)

 初回の公演は、正確には販売だが、大成功だった。

 歌も素晴らしかったが、人形劇の子供人気をヒントにゲールが描いた壁新聞ほどの名場面集の効果が絶大であった。


『絵があれば違いますかねえ』そう言いながら小一時間で描ききった6枚の絵は素晴らしいもので、今も軍にいたなら間違いなくスカウトしたね。

 

 さくっと戦場の様子を描くことができれば、作戦にも戦果報告にも、とても役に立つ。

 実景を画像にする魔法は結構複雑で王国ではカノン家が独占しており、先王陛下が晩年作り出したパックス・レジースの際、それまでの功績で子爵位を賜い、いまでは王国のイベントを記録するのみだ。

 流星王の戴冠式を記録した立体映像を拝見したことがあるが、大変立派なものだった。要するに、戦場には派遣してくれないってこと。


 とにかく、ゲールの絵の見事さに驚いた俺はたくさんの色紙に絵を縮小コピペした。思い切った高額でも総て、はけたのは驚きだね。

 結局予定の1/4、一時間ほどで完売した。


 売り切れたので片付けは簡単に終わる。

 近くにいた世話係の若衆に、ずっと歌を聞いていたので探す必要はない、あとを頼み、二人で広場をふらつくことにした。


 西の空は赤みが消えたばかりで、まだ明るい。

「絵を支えていただいてありがとうございました」

「人を雇うほどのことでもないし、ビーンズ商会も儲かったから良いさ。それより吟遊詩人の芸術性という点から見れば、異端すぎないか」

「旅の吟遊詩人には関係のないことですよ」


 貴族や金持ちの屋敷で演じる者とは違うということなのだろう。


 屋台の酒屋で白ワインを頼む。薄切りのバゲットつきだ。

「とりあえず、お祝いだ。ゲールの歌に」

「ありがとうございます」

 器が木製なのでゴツっと景気の悪い音がする。


 ワインを飲み少量食べたせいで二人とも空腹を意識した。

「宿に帰って食事にするか」

「できれば広場の雰囲気を楽しみたいですね」

「そうか」

 明日からの公演のヒントもつかめるだろうし。


 ゲールの勧めで米製シートで具を巻いたものを歩きながら試す。

 具は前菜的なもの、肉料理、おまけにデザート的なものもあり、なかなか美味しい。

 

 広場の北側は大道芸が多い。

 猿回し、ジャグリング、クラウン、スタチュー……ひときわ客を集めているのは弓と投擲の芸のようだ。

 今もピンクの衣装を着た黄色い髪のかわいい少女の頭にのせたリンゴを矢で打抜き喝采を浴びている。

 演技者は見覚えのある体型の大女で後ろから見る限り、濃い茶色の髪につけた羽飾りと編み上げサンダルを除けば紐だけだ。さすがに前には布があると思いたい。 


 助手はリンゴと矢を片づけ、何か口上を言いながら新たな的を用意する。クライマックスのようだ。

 大女は棒手裏剣を片手に4本、両手で8本構える。

 投げられた手裏剣は全て的のx印に突き刺さった。


 やれやれ、どうやら知り合いのようだ。

 俺の一撃七殺に対抗するつもりらしい。


「すごい。一度に8本ですよ、ノアさん」

 お捻りの雨の中、地獄耳で振り返った大女は、かつての友で部下のコンディだ。

 布の面積は予想より小さかった。


 終了後、次の公演まで時間があると言われ、楽屋代わりの天幕に招かれた。


 コンディは羽飾りを脱いだだけで椅子に座っているのでゲールは目のやり場に困ったようにあらぬ方向に目をそらしている。

 俺? 俺はまあ……ハガードやコンディの奇矯な振る舞いには慣れているのさ。


「それで、隊長。私に再出馬を要請にでも来たのか」

 少女の手渡したタオルで汗を拭きながら愉快そうに訪ねてきた。

「近衛騎士隊は辞めたよ」

 職は副隊長なのだが、コンディやハガードに言ってもせんなきことだ。

「とうぶん戦はないということか?」

「知らんよ。まあ、政治しだいだろう」

「それで吟遊詩人のヒモというわけか。ふ~ん」

 ジロリとゲールを見て、

「良い趣味だな」

 コンディは性別にこだわらない。本人も女性の方が好きらしい。

「彼はゲール」

 ゲールは優雅に一礼する。

「吟遊詩人なのは承知だろう。で、コンディたちのサーガを依頼したんだ」

「な、なんだってぇ~!! それを先に言え。隊長、元隊長の言うことは信じるな。私は変態じゃないぞ」

 そんなこと言ってないって。それに、その格好で言ってもなあ。

「は、はあ」

 ゲールも同意見のようだ。それでも気を取り直し、

「ハガードさんから、いろいろ」

「あの突撃馬鹿の話じゃ、私の活躍は出てこないだろう。取材しな」

「は、はい」

「隊長、元隊長、宿はどこだ」

 まあ、止む終えまい。

「ややこしいから、名で呼べ。源泉近くの大かまど屋」

「一流だな。では私達も」

「コ、コンディさま」

「どうした、イヨ」

 黃髪のイヨは困り果てた顔で下を向いた。

 想像はつく。イヨが財布を預かっているのは間違いない。でなければ、あっという間に橋の下暮らしのはず。

 二人の稼ぎは良さそうだが、コンディの飲食費は想像を絶する。


「取材中の宿代は俺が持つよ」

「それでは、あまりに」

「気にするな。コンディとは家族のようなものさ」

「勝手に家族にするな、デュマス元隊長」


 やれやれ、かえって長いよ。


「言い換えよう。明日をも知れぬ戦場では俺たち4、ああ5人は一蓮托生だったし、それは他者には理解できない絆さ」


 コンディは満足そうにうなずくと、

「そう言うわけだ。イヨ」

「は、はい」


 コンディたちは、夜半まで投擲芸を続けるというので、俺たちは先に戻った。


 宿の土間で足すすぎを使っていると、どやどやと十人ほどが入ってくる。


 先頭の親父の胸には領主の許可を示す六芒星の金バッジと黒ハンマーの紋章があるので、こいつがスミス親分らしい。


「やい、てめい!!」

 名を呼ばれたわけではないので、女子衆にタオルを頼んだ。

「てめい!! 顔を上げろ!」


 うんざりしながら、顔を向ける。

「なにかようか」九日十日。

「俺の顔を潰してくれたそうだな。どういうつもりだ」


 かなり面倒くさい状態だ。揉めればゲールやコンディの商売に差し障りが出る。


「親分さんに他意はございません。お調べください」

「なんだと! おい、ナイフ」

「へい、親分。横にいる吟遊詩人との契約を邪魔しやがったんでさ」


 ゲールの顔色は悪いが、充分勝てる相手だ。

 とは言え、できれば出入りは避けたいと考えるうちに宿の亭主が出てきた。


「親分さん」

「どうした、かまど屋。お上の御用だぞ」

「少々、お耳を」

「ん?」


 亭主は耳元でささやきながら、親分の懐に重そうな革袋を入れる。

「かまど屋の忠義はよくわかった。これからも励むように」

「もちろんでございますとも」

「親分!!」

 情けなそうなナイフくんの叫びは無視された。


 スミス一家が出ていくまで頭を下げていた亭主がこちらを向いた。

「ご亭主、丸く治めていただいて感謝する。費用は……」

「滅相もございません、お客様。これからもご贔屓に与れば充分でございます」

「そうなのか……」


 この手際は宰相殿なら可能だろうが、こういう些事に係わることはない。この程度で助けを乞うような人材を彼は求めていない。


「お客様、隠密行動ならご協力致しますので」

 なんのことだろう。亭主は耳元でささやいた。

 これが趣味なのか。くすぐったいな。

「お預けいただいている剣でございますよ」

 ああ、剣には紋章があった。

 ローズは千湖地方の貴族の出だったな。

「気づいたのか」

「はい。ラップ辺境伯様の三連太鼓は有名でございます」

「推察通り極秘だ。口外しないでくれ」

「おっしゃる通りに」


 隠密行動に紋章づきの剣は論外とは言え、せっかくの勘違いを無にする必要はない。

 後日、行き違いの無いようにローズに手紙を書こう。


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いさましいちびの魔法使いの物語 二ケ @miike

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