(8)

 翌日、俺は外湯めぐり、ゲールは市場など商売できそうな場所を調べていた。

 ここから約束の宿場までは30km程なのでゆっくりしていくつもりだ。


 ユウバの治安はよく、俺は小銭入れとタオルだけを懐にぶらついている。

 モン家の領地は20平方キロ程しかないが人口は4万ほどある。

 この規模の場合、平時は軍や衛兵、警察をあわせて400人ほど(戦時には徴兵と雇兵をあわせ千人規模の軍を編成できる)であり、さらに城や街道の巡回が24時間体制であることを考えれば取り締まり人数は足りない。

 そのため実際に治安活動に携わっているのは捕吏の権限を請け負っている東西二人の親分衆である。紋章が黒いハンマーで西のスミス一家と赤い矢で東のハンター一家だ。


 それぞれ治安への貢献は甲乙つけがたいが、スミス一家の賭場のほうはギャンブル性が高く、町のものは行くことがないとの噂だった。

 まあ、旅行客をカモるぶんには町の人には無関係だろう。


 昼時にゲールと合流し、名物のつけ麺屋で向かい合って座った。

「どうだった。良い場所はあったかい」

「そうですね~、西の市場に金回りの良さそうなお客さんが目立ちました。東の広場は子供も含め家族連れが多い感じですね。夕方からは屋台も出るそうです」

「西のほうがお捻りが多いってこと?」

「いえ。出し物が違うのでそれは変わりません」

「良く分からないなあ」

「そうですね~西の市場なら色あり恋ありの冒険譚で多額の投げ銭が期待できます」

「そうだろうな」

「東の広場なら夢のあるファンタジーとか、子供向けの騎士と姫の昔話風のお話でお捻りの中は銅貨がせいぜいです」

「なら」

「一話の長さが違うのです」

「ああ。それで同額ぐらいって」

「そうです。もちろん私は大人のお話が持ち味なので」

「そうなの?」

「もちろんです。姫君がたに代々伝わる閨房術の取材は完璧です」

 いや、それ実体験でしょう。

「いつもそれを?」

「いえ。これまでほとんど機会はありませんでした。都市部の歓楽街で流れの吟遊詩人は営業できませんから」

「やったことは、あるってこと」

「『そんなアホな』で、おしまいです」

「なるほどね」

「それで、これからスミス一家に挨拶に……」

「付き合おうか?」

「本当に! でも、それではご迷惑が」

「いや、すべて任せて俺にマネージャーを任せればゲールの期待する収入は必ず確保する」

「信じてますので、お願いします」

 信じてくれるのは嬉しいけれど、騙されやすそうではある。


 スミス一家の根城は西の端にあった。

 ここは鍛冶師の多いエリアであり、その起源を思い出せば意外ではない。


 案内をこうたあと、しばらく無視された。やさ男とちび、ゲールと俺の組み合わせは軽く見られるのだろう。

 俺はともかくゲールが平気なのは、いつものことだからと思われる。


 出入りするやからは俺たちを横目で見ると嫌な笑いを浮かべていた。

 奥の暖簾ごしにどこかで見た顔が、一瞬のことだが、見えた。やれやれ、研師は引退したらしい。


 しばらくすると小柄な若者が仁義をきって話し始めた。

「スミス一家、若頭9位のジャックだ。一家ではザ・ナイフと呼ばれている」

 仁義を真似してからこたえる。

「吟遊詩人ゲールの営業を差配しているビーンズ商会のルネだ。当地での営業許可を望んでいる」

「吟遊詩人なら売上は折半だ。営業には担保が必要だが、そのリュートで良いぜ」

 元研ぎ師の楽器鑑定眼は確かなようだ。

「勘違いするな。ビーンズ商会の申請だ」

 商人ギルドの鑑札を示す。

「通常通り領主への15%の売上税のみ渡す。手数料の規定はあるだろう?」

「馬鹿をぬかせ。歌は」

「歌で人を集めて菓子や小物を売るのさ。問題ないだろう?」

「歌うんだろう? 許可できるわけあるか」

 まあ、元研ぎ師のマーシムさん絡みなら避けるべきだね。本名ではないだろうが。

「では、物別れということで」

「ま、まて」


 ゲールの手を引き外に出た。

 なんだかゲールの顔が赤い気もするけど、裸で風呂に入った仲なのに……いや、怒っているのかな。

「悪い。大人向けの作品を歌いたかった?」

「え?」

「えっ!」

「いえ。鑑札もお持ちだから、粘ればいけるのではと思いはしましたが」

「ああ」

 俺はマーシムさん(仮称)の件を話した。

「あのときの? どう言うことでしょう」

 彼に関した推察や関所まで走り抜けた理由、それに罵声のことも話す。

「だから走ったんですね」


 ゲールが全く理解していなかったのに気づいたのはずいぶん後で、そのまま済ませていたのだが、マーシムさん(仮称)の再登場なら放置できない。

 考えてみれば、あのとき文句も言わずよくついて来たものだ。


 ハンター一家ではビーンズ商会の屋台でゲールが歌うということで問題なく契約できた。

 講談や小話、人形劇で人を集める屋台は存在しているからだ。


 宿に向かう途中、嬉しそうなゲールに聞いてみた。

「そういえば、良かったのかな」

「何がです」

「歌ではなく、菓子や小物を売ることになるのだけれど」

「今まではお菓子で子供を集めました」

「そう言っていたな」

「今度は歌で集めるのですよ」

 なるほどね。

「じゃあ、帰りがてら商品を仕入れて行くか」

「はい」


 

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