(7)


 食事の前に温泉に入ることにした。

 このクラスの温泉宿では洗い場と呼ばれる男女別の湯部屋で体を洗い、温泉衣を着てからスパエリアに入る。

 さらに上級の宿では全て個室が用意されるが、よほどの事情がない限り使われることはないと聞いている。


 気を利かせ、先に行くと声をかけて部屋を出たがゲールは付いてくる。

 光操作は俺には無効と言う圧倒的優位は話せない。

 知るのはミマだけだし、それはミマの秘密を知っていることへの交換条件だと思っている。

 ミマは単に秘密にするという口約束が通じる相手ではない。


 見なければ良いと、思い切って洗い場に入る。

 ゲールは開けっ広げで洗うので目のやり場に困る。

 男らしく振る舞おうとしなくてもさあ。

「ノアさん、ほら」

 おいおい。

「男同士でなに照れてんですか」

 いや、違うっしょ。

「こういう温泉は初めてでね」

「そうなんですか」


 慣れた様子を見ると男湯を何度も経験しているのだろうか、変態さんならハガードのハーレム入りだな。

 それにしてもゲールが騙しているはずなのに罪悪感じてしまうのは妙だな。


 洗い終わりスパに移動するとゲールは、ガウンを選んだので一段落だ。

 腰当て胸当てガウンの三種類が用意されている。男でもガウン派は多い。ぽっこりしたお腹も隠しやすいしね。


 ゲールは炭酸水素塩泉を選んだ。筋肉疲労に有効とある。次に美肌効果があるのは指摘しないでおこう。


「そういえば、ハガードに続きを聞くなら渡りをつけるけど」


 奴はこの街の顔役に刀掛台を借りる(草鞋を脱ぐ)と言っていたので連絡は容易い。


「ノアさんに会う所までお聞きしたので……」

「あいつほど上手に語れないぜ」

「枝葉をつけるのは私の役目ですから」

「まあ、そうだな。三日ほど逗留するから暇なときは話をしよう」

「えーっと、ノアさんはなにか御用が?」

「君は、商売するんだろう? 街に出て」

「ああ、そうでしたね」

 本当に育ちが良いボンボン……お嬢だ。



 昼食は宿でとることにした。

 湯帷子のままで良いので気楽なものだ。

 冬の休暇シーズンにはまだ間があるが、宿泊客は多い。ほとんどは裕福な商人だと思う。みな湯帷子なので判りにくい。


 セットメニューとエールを頼んでから、創作物の内容を聞いてみた。


 ハガードとは知り合った十二年前から昨年まで多くの戦場で仕事をした。特に十年前の北部でのノルデン戦役、6年前の東部のオステン戦役、2年前の内乱は激しく、ハガードの勇名は、王国に鳴り響いた。


「当分の間ノルデン戦役を歌おうと思います」

「ハガードの活躍と言うならオステンだけどやはり時系列で?」

「いえ。舞台となる王国北部は長い間旅をして心得ていますので」

「違うかい?」

「雪を冠した山々、日の差し込まないような深く黒い森、ゆっくり

北へ流れる大河……知っていればこそ、まるでその場で見ていたような作品がつくれるのです」

「なるほどね」

「ですから取材はさせていただいても、ノルデン戦役以外は現地取材を終えてから、ということになります」

「構わないが、利益が上がったならハガードにもな」


 ほどなくエールと食事が配膳され……

「ではゲール、乾杯だ」

「はい……えっ、冷えていますよ、これ」

 銅製のジョッキについた水滴がいかにも涼しげだ。

「うまいだろう」

「ええ、でも」

「安いのは魔法でなく王都で普及し始めた冷蔵箱を使っているからだろうな」

「へー、そんな便利なものが」


「ああ、爆売れらしい」

「へー、冷えたエールの味だけでも売れる要因でしょうね」


 ゲールは愉快な話し相手だ。市井の話題も豊富だし、会話のリズムも軽やか、軍にはいない人材だな。


 その日は温泉に何度も入り、ゲールの質問に答えて過ごした。




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