エピローグ・新たな不穏 ☆

☆  ★  ☆(エーデル・イデアール 視点)



「ハァハァ、カハァ……ハァ」


 私は、自分の家に向かって全力で走っていた足を緩める。


「……私どうして逃げるように……いや、逃げたのかな、知りたくなかったから」


 私は帰って来た時の二人の様子を思い出して――


「――…………」


 思わず、唇を噛んでいた。


 エルくんとアドレットが飛竜の儀に行く前よりも、距離が近くなってた。


 それも心や体的に……だって、アドレットを抱きしめた時、エルくんの匂いがしたんだから。


 戻るのが遅くなったのは、そういうことをしたからだと思う。


 でもね……私もアドレットの気持ちは分かるよ。


 だって、エルくんと初めて関係を持ったのは、私なんだから……


 そうだよね。アドレットもそうだよね。


 だって、エルくんカッコイイし、角は巻いていて羊みたいだけど……でも、角に含まれてる魔力の密度が高くって、触ってるだけでドキドキしちゃう。


 それに、そう考えると巻いてる角も、可愛く見えてきちゃって……そして、エルくんは私達にとっては英雄だもんね。


 小さい頃だったとしても忘れないよね。


 ほんと、どうして姉妹で同じ人を好きになっちゃったんだろ?


 姉妹じゃなかったら、私達二人で結婚出来たのに……



 この村は確かに一夫二妻だけど……同じ家からは第二妻には選べない。


 それは村の掟。


 決して、血を濃くしない為の掟。


 だから、昔は絶対に血が濃くならない様に、村長が結婚相手を決める規則があったり、男児が極端に減った時には、特別な規則も作られたって聞いた事がある。


 でも今は、そんな規則が必要ないほど村人が増えたから、村長が結婚相手を決めるとかの規則が色々と消えた。


 ……それでも残ってる規則はある。


 その家の姉妹が、同じ人の第一妻と第二妻になれないとか……


「エルくん……私達姉妹のどっちを選ぶって聞かれたらどっちを選ぶのかな?」


 ……そうだよね。私みたいな年上より、同い年のアドレットの方がいいよね。


 ……はぁ、ダメだな。悪い考えばかりが頭の中を巡っちゃう。


 暗い気持ちで歩いていると、後ろから――


「キュルイ?」


 と普通の飛竜にしては、甲高い可愛らしい鳴き声がすると、頬を舐められた。


 突然の事に慌てて振り返るとそこには誰もいなかった。


 でも、私は知ってる。


 そこに居るのが見えないだけで、私の大切な子がいる事は――


「どうしたのこんな所まで……私を心配してくれたの?」


 そう言って右手を伸ばすと、何かが手の平に当たる感触がする。


 私はその見えない何かを撫でてあげるとまた「キュルイ~」と甘えたような声を出してくれる。


「ありがとうね。私を励ましてくれて……ありがとう。リーベ」


 私がひとしきり撫でると、右手の感触がなくなった。


 多分はなれたんだろう。


「厩舎に帰っちゃったかな……」


 触れる感覚がなくなった右手を思わず見てしまうけど、私はすぐに家に向かって歩き出す。


「……私も早く家に帰らないと」


 私は心の寂しさを置いて行く勢いで、また走って家に帰る。




☆  ★  ☆(エルリーヒ・ライニング 視点)



「サルワート、今日はありがとう」


『まったくだ。主人だけ戦いを楽しむなど……今度は我も混ぜろよ』


「あはは、今度があったらね」


 そんな軽い雑談をしながら、僕は実家の倉庫の前でサルワートの竜具を外していた。


 もう、あんな戦いは懲り懲りだけどね。


 それも普通に生活してたら、山賊と戦う事なんてないから、安心かな。


 ……でもそうなるとサルワートとの約束が果たせないのか。


 何かいい方法はないか考えてはみるか。


 そんな事を考えながら、竜具を取り終えるとサルワートはコリを取るように、体や翼を伸ばして――


『では我は行くぞ。何かあれば呼べ』


 と言って、飛び立とうとしだした!!


「えっ!!ちょっと待って!ここに住まないの!?」


 慌てて僕が止めると、サルワートは不機嫌そうに僕を見て来る。


『……主人、この家には我が快適に住める施設はあるのか?』


「……あるけど……ない」


 一応飛竜が寝る為の小屋はあるけど、その小屋もまともに手入れされてないから、快適に住める保証はない、けど……


「広場にいた男の人覚えてる?その人はアドルフさんって言うんだけど、アドレットのお父さんでワイバーンの育成牧場を経営してるから――」


『いやだ』


「……え?」


 サルワートの突然の拒否に戸惑っていると、サルワートは嫌そうな顔をしながら話す。


『主人……あの娘の父親と言う事は、メディ――……ムートと同じ場所で暮らせと言うことじゃろ?』


「う、うん。そうなると思うけど――」


『それだけはごめんじゃ!!あいつと一緒にまた暮らすぐらいなら、我は主人との契約を切るぞ!!どんな罰が下ろうともな!!』


「わかった、わかったから落ち着いて」


 サルワートの必死な形相に戸惑いながらも、落ち着かせる。


 必死にムートと一緒に住む事を拒絶してくる。


 一体この二匹に何があったんだろ。


 僕が呼びかけると息を切らしながらやっと落ち着いてくれた。


『ハァハァ……それに主人は【コネクト】を使えるのだろう。何かあれば【コレクト】を使って我を呼べばよかろう』


「……あっ」


 サルワートに言われて思い出した。


 確かに、サルワートの言う通り【コネクト】を使えば連絡はとれるか。


 【コネクト】は繋げる時あんまり距離は関係ない感じがしたから、大丈夫だと思うけど……


「……もし、【コネクト】に反応がなかったらムートさんにサルワートを探しに行って貰うからね?」


『――!!なんていう事を言う……わ、わかった!しっかりと【コレクト】には反応する!!だからムートを寄越すなよ!分かったな!!では、我は行く!!』


 サルワートはそれだけ言うと慌てて飛び去って行った。


 ……本当に二匹の間に何があったんだろう?


 今度機会があったらサルワートに……いや、教えてくれないな。ムートさんに教えてもらおう。


「さて、さっさと片付けてアドルフさんの家に戻らないと……そういえば、この四尺棒なんとなく持って来ちゃったけど、どうしよう……とりあえず竜具と一緒に閉まっとくか」


 僕は早くアドルフさんの家に戻る為に、竜具などの片付けを始める。




☆  ★  ☆(イデル・ナックフォーゲル 視点)



「イデル、それにヴィレも無事に成人の儀を終えられてよかった。兄として、そして次期村長として鼻が高いぞ!!」


「あはは、ありがと兄さん」


「うん、ありがとうお兄ちゃん」


 顔がすでに赤くなっていたダンジュ兄さんの号令で始まった祝いの席……だけど――


「……だからお前も――」


「あーハイハイ」


 適当に兄さんをあしらいながら内心では、さっさとここから抜け出したかった。


 食事会が始まってどれくらいの時間が経ったか分からない。


 ヴィレ姉さんも何処か、心ここにあらず出し、俺達を祝うと言う事で始まった食事会。


 本当は家族全員でやる予定だったけど、フォルト山脈で起きた事件の為に、父さん達は長老達と会議中。


 だけど、父さんが俺達だけでもって、気を使ってくれて、日が暮れたぐらいから始まったこの食事会。


 ……かなり時間が経ってるなこれ、いつ終わるんだ?


 窓の外を見ると、月が空の高い位置に上っていた。


「そういえばお前達どうするんだよ、結婚相手?」


「いや、決めてねぇけど……別に今すぐ結婚相手を見つける必要はないだろ?」


「私も居ないね」


「はぁ、何言っていやがる!成人したなら結婚相手の一人や二人すぐに捕まえなくてどうするんだよ!?」


 兄さんは俺達より酔ってるな……これ、どう収拾付ければいいんだよ。はぁ……


「この話は今はいいじゃんか。やっと成人して酒が飲めるようになったのに、酒が不味くなるじゃないか」


「はぁ?何言ってるんだ。酒の席だからこそこう言った話しをするもんだろ!!なぁメリー!!」


「お兄様、まだお酒が飲めないメリーに話しを振られても困ります」


 ……兄さん、メリーは今年で9歳だぞ?酒の味が分かるわけないだろう。


 何を考えてるんだ?


「なんだつまらねぇ、それでイデル本当に良い奴いねぇのか?あのアドレットって奴と昔よく遊んでたじゃないか」


「それは兄さんもそうだろ。それに、アドレットはエルリーヒの事が好きだからな、俺に脈はないよ」


「エルリーヒ?……チッ、あの混血の羊野郎か!!」


 兄さんは何かを思い出したのか、急に不機嫌になった。


 エルリーヒと兄さんの間に何があったんだよ!


「お前いいのか!?あんな混血の羊野郎なんかに負けても!!」


「はぁ……そもそも俺はエルリーヒとアドレットを取り合ってないから勝ち負けも無いよ。それに俺はアドレットは趣味じゃないんだよ」


「はぁ!?なんだそれは……勝負する前から負け犬ってか?情けねぇ……」


「…………」


 かなりイラっとしたけど、今の兄さんに何を言っても無駄だと思って、一度落ち着いて冷静になる。


「はぁ、そいう兄さんはどうなんだよ?」


「……はぁ?何が?」


「兄さんはやっとメルシスさんと結婚したけど、第二妻はだれにするのか決めてるのかって事」


「ハッ、そんなの決めてるに決まってるだろ!!あともう少しで、口説き落とせるところなんだからな!!」


「あら、それは初耳ですわ。一体、誰なのかしら?」


 そういいながら、ツマミの皿を持って来た長いブロンドの巻き髪を揺らす女性。兄さんの妻のメルシスさんが笑いかけながら来た。


「お、俺が口説き落とした時に――」


「嫌だわ、あなた。その人はもしかしたら村長の妻の一人になるかもしれない人でしょう?だったら、あなたが口説き落す前に村長の第二妻に相応しいかどうか確認する必要があると思いません?」


 ……確認って、どんな確認だよ。


 この人昔っから、苦手なんだよな。


 いつもニコニコしてるのに、目が笑ってないんだよなこの人。


 何を考えてるのか分からないし、怖いんだよな。


 それにメルシスの弟のガトルも「義兄弟だな!」って言って、異様に絡んでウザいし……はぁ、一体レッキング家は何を考えてるんだろうな。


「……エーデルだよイデアール家の。メルシスも知ってるだろ?」


 恐る恐るって感じで兄さんはエーデルさんの名前を出した。


 兄さんがあともう少しで口説き落とせるってエーデルさんの事かよ!!


 絶対嘘だろ!まともに相手にされてる所見た事ねぇぞ!?


「あら、あの子ですか?どうしてあの子なんですか?」


「あーいや、あれだ。エーデルは大人しくて、押しに弱い所があるだろ!?だからメルシアの言う事も嫌な顔をせずに聞いてくれるかな?と思ってな……」


「ふぅ~ん。そうですか、あなたがそこまで私のことを考えてくれてるとは、知りませんでした。……それにエーデルさんなら合格ですね。ちゃんと第二妻として出しゃばらずにしっかりと務めてくれるでしょう」


 第二妻としてって……何をさせるつもりなんだよ。


 やっぱりメルシスさんは苦手だな、やっぱり妻にするなら……


「イデルさん」


「は、はい!」


 視線の端でメリーを見ながら現実逃避していると、メルシスさんに声をかけられる。


「そういうわけですから、あなたも夫がエーデルを口説き落すのを手伝ってください、いいですね。将来的に家族になる人なんですから」


「あ~それは……」


 メルシスさんの圧力が辛くなって、助けを求めるためにヴィレ姉さんの方を見たら、座っているはずの場所にいなかった。


 ヴィレ姉さんすでに抜け出してたか!!メリーは……だめか。


 メリーの方にも目線を向けると、メリーは肩を竦めてお手上げといった感じの顔を僕に向ける。


「はい……わかりました」


 俺はどうしようもないと悟って、折れる事にした。


「ふふ、それは良かったですねぇ。あなた」


「そうだなこれでエーデルを妻に出来るな!」


 ははは、ふふふ。と二人の笑い声だけが部屋に響く。


 はぁ~いたたまれない。早く終わんねぇかなこれ。


 そう思いながら俺は酒の入った杯を呷っていった。



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神さまの加護で〜平民の僕が嫁と仲間の為に英雄になって国を建国させる〜 宮野アキ @38miyano

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