第36話 アドレットの治療
☆ ★ ☆(エルリーヒ・ライニング 視点)
「もう夕方か……」
アレスタ山の山頂で、少し赤く染まってる空を見ながら、僕は黄昏ていた。
アレスタ山まで、アドレットに気を使いながらなんとか到着する事が出来た。
山頂には、サフィロスさんが言っていた通り、鈴が机の上に残り2つ置かれていて、後はこれをもって村に帰れば、飛竜の儀は終了。
晴れて、大人達の仲間入りができるけど……今、僕達は動けずにいた。その理由が僕の膝を――
「エル~えへへ~」
膝を枕にしてるアドレットが甘えてきてるから。
「……いつになったら、効果が切れるのかなこれ」
流石にこのままアドレットを連れて、村に帰るわけにはいかないから、アドレットの媚薬の効果がなくなるまで、アレスタ山で休む事に決めたけど……一向に治る気配がない。
前にアドレットが同じ目に合った時は、今回と同じ様に膝枕をして、しばらくたったら正気に戻ったけど…………どうしようかな、これ。
「ねぇ、サルワートにムート。このアドレットを直す方法って何か知らない?」
僕は一縷の望みに賭けて、後ろで休んでいるサルワートとムートに声を掛けると、呆れた様に僕を見て――
『主人、我はここに着いた時その娘を直す方法を伝えたはずだが?それをしてないのは主人ではないか』
『そうですよエルリーヒさん。私たちはあなたと主人が、心と体を交わらせれば、その症状は治まると言いましたよ。それ以外に直す方法は私達は知りません』
呆れた雰囲気を隠すこともなくそう言った。
確かにね。山頂についた時に2匹に直し方の相談はしたさ……でも、その方法が過激なものだと分かれば、他に方法はないかと模索もするさ!!
だから、今回も前と同じ方法で治らないかと思って、膝枕をしたわけだけど……流石に、これ以上時間をかけるわけにはいかないんだよな――
「……覚悟を決めるか。アドレットもいいかい?」
「いいよ~エルとなら~」
アドレットに確認を取るとアドレットから軽い返事が返って来た。
今のアドレットは、本当にこれからする事分かってるのかな……
いや!!今は、余計な事を考えるのは止めよう!!
僕は覚悟をきめて……アドレットの治療を始めた。
………………
…………
……
「…………」
ゆっくりと沈んでいく夕陽を見ながら、膝を枕にしているアドレットの頭を撫でて、僕は黄昏ていた。
もうすぐ日が沈むな……アドレットの媚薬の効果は、無事に無くなってるかな?
治療で疲れて寝ちゃってるけど…………そろそろ起こさないと不味いな。
「う、う~ん。……エ、ル?」
僕がさすがにそろそろ起こさないと不味いな、と思っていると、目を擦りながらアドレットが目を覚まし始めた。
「そうだよ、アドレット」
「……――!!」
眠たげな顔をしていたアドレットは、僕が優しく声を掛けると、意識が覚醒したのか驚きの表情をして、いきなり体を起こした。
「えっと、あれは薬のせいで!あれは、私であって、私じゃなくって!えっ、えっと」
と何かを誤魔化すように着崩れしている儀式衣装を直しながら、アドレットは立ち上がる。
「あはは……分かってるって。だから落ち着いて」
「ふくぅ~」
笑いながら立ち上がって、アドレットにそう言って頭を撫でてあげると、アドレットは顔を真っ赤にさせて、上目遣いで睨んで来る。
「本当にわかってる?」
「あぁ、わかってるよ。アドレットは可愛い女の子だって」
「うるさい!!」
アドレットはポコポコとあまり痛くない攻撃を僕の胸に繰り返してくる。
このまま愛でていたい気持ちもあるけど……流石にもう村に帰らないと不味い。
「ごめん、ごめんってアドレット。アドレットがカッコイイ女の子を目指しているのは分かったから、鈴を取って村に帰ろう」
「う~、分かった」
アドレットはやっと僕の胸を叩くのを止めて、一緒に机に置かれている鈴を手に取る。
「あ、あとは村に帰るだけだね!早く帰ろう!!」
「その前にアドレット……これ渡し忘れてた」
そう言って、僕は今まで懐にしまってたアドレットの髪飾りを見せると、アドレットは泣きそうな顔で、僕を見つめて来る。
「エル、それ見つけてくれたんだ……」
「うん、これがあったからアドレットを助ける事が出来たんだよ」
「ありがとうエル……言い忘れたんだけど」
「……なに?」
「私を……私達を助けてくれてありがとうねエル……助けてくれるって信じてたよ」
「……よかった。アドレットの期待に応えられて」
「うん。エルはいつも私達の期待に応えてくれてるよ…………私たちの英雄さま」
僕はその瞬間、頭を殴られたような衝撃を受けた。
いつも見せてくれる笑顔と同じはずなのに、可愛くて色っぽく見えて目が離せなかった。
「……あはは、それはよかった。これからも頑張るよ」
「ふふ、じゃあまた期待に応えてね。英雄さま」
そう言ってアドレットは、頭を僕に向けて来る。
アドレットのその行動で何をして欲しいのか察した僕は、アドレットの頭に手に持ってる髪飾りを付けてやる。
僕が髪飾りを付けるとアドレットは満足げに笑う。
「ふふ、ありがとう、また髪飾りを付けてくれて」
照れ隠しなのか顔を真っ赤にして、速足でムートにアドレットは飛び乗った。
「ほら、エル。早く村に帰ろう!!お父さん達が待ってるよ!!」
そう言い残して飛び立つアドレット。
「お、おい。ちょっと待ってくれよ!サルワート、お願い」
『あぁ、分かってるよ。しっかり掴まれ!』
慌ててサルワートに飛び乗って、飛び立つ。
……でも、よかった。
いつも通りのアドレットに戻ってくれて、本当に良かった。
僕は、温かい気持ちでアドレット達の後を追いかけた。
◇ ◆ ◇
「エル!村が見えて来たよ!!」
「本当だ、確か村の広場に戻ればいいんだよな。行こう!」
僕達は何とか、日が完全に落ちる前に村に辿り着く事が出来た。
街灯なんて無い村だから、村は日が落ちると暗くなっているけど、村の広場には3つの松明の灯りがあるのが見える。
「エル!!降りよう!お父さん達が待ってる!」
「あぁ、分かってる!」
僕とアドレットは村の広場に着陸する。
着陸すると、広場にはアドルフさんにリリさん、エーデル姉さん達が居て、出迎えてくれた。
「みんなただいま!!」
「今帰りました!!」
「お帰りアドレット!心配したんだぞ!!」
飛竜から降りて、アドルフさん達の所に向かおうとしたら、アドルフさんは走ってこっちに向かって来た。
アドルフさんが走って来た事に驚いていると、アドルフさんは僕達に近寄って、真顔で僕達の顔をみる。
「……今まで何処にいたんだ!?」
「ごめんなさい、お父さん。実は、アレスタ山でエルとのんびりしてたら遅くなっちゃった」
「アドルフさん、すみません」
そう、アドレットには山賊と会った事は話さないように口止めをした。
もしアドレットから山賊の話しがでれば、僕の話しも自然と出る。
そうなれば、僕も事情を話さないといけないし、その時に口を滑らして、主さまたちの話しが出るかもしれない。
だからアドレットには、山賊の事は何もなかった事にしてもらった。
最初はアドルフさん達に話さないとダメじゃない?
と言っていたけど、僕が必死に頼んだのだと。
アドレットが山賊の話しをしたら、そのあと僕がアドレットに何をしたのか全部話すと脅したら、僕もアドレットの事を話さないという条件で黙ってくれる事になった。
「……そうか?それが本当なら、それでいい」
どこか訝しがるけど、アドルフさんは納得してくれた。
「それはそれとして今日はお祝いだ!!」
アドルフさん一人で盛り上がってる所に苦笑いを浮かべながら、リリさんとエーデル姉さんも来た。
「はは、そうだな。……アドレット、無事に成人の儀を乗り越えられてよかった。こうして立派な琥珀色の飛竜もパートナーにして、お母さんは鼻が高いよ。これからは一人の大人として、しっかり頑張って行くんだよ」
そう言って、リリさんはアドレットの頭を撫でる。
「ありがとう、お母さん」
「アドレットおめでとう。アドレットは立派な琥珀色の飛竜をパートナーにして、お姉ちゃん、安心したけど……嫉妬もしちゃうな」
エーデル姉さんが笑いながらそう言うと、アドレットを抱きしめる。
「あはは……ありがとうお姉ちゃん。私頑張るよ!」
横でアドレットが祝われているのを感動しながら見ていると、3人とも僕の方に向く。
「エルリーヒもおめでとう、さすがシックザールの息子だな」
「エルリーヒ。あんたも赤紫色の立派な飛竜をパートナーにできてよかったな。これからも大人の一人として、力を貸してくれ」
「エルくん、おめでとう。お姉ちゃんエルくんがしっかりと成人の儀式をおえられてとても嬉しいよ」
「……アドルフさん、リリさん。エーデル姉さんありがとう!!僕とても嬉しいよ」
「よし、それじゃこれから家に帰ってお祝いだ!!プリッツがご馳走を作って待ってるぞ!!」
「そうだねお父さん。私先に帰ってプリッツお母さんに知らせて来るね」
そう言って、先に走って帰るエーデル姉さん。
「…………」
エーデル姉さんの走る後ろ姿に、僕は何故か違和感を感じた。
笑って祝ってくれたけど……何処か、その笑顔が悲しそうに見えたのは、気のせいだったかな?
「まったく、エーデルはせっかちだな。別に一緒に帰ればいいのに。それじゃあリリ、アドレット、エルリーヒ。俺達の家に帰るか。帰りがてら、これからの話がしたいからな」
「あ、すみません。サルワートの竜具を実家で管理したいので一回実家の倉庫によってから、家に向かいます」
「うっ、……そうだよな。それじゃあ、家で待ってるから」
アドルフさんはそう言ってトボトボ帰って行く。
それをリリさんとアドレットが、アドルフさんの後ろから――
「そう落ち込むな、カッコ付かなかったけどな―」
「私、お父さんがカッコ良かったと思うよ―」
と慰めているのが聞こえてきた気がするけど、聞かなかった事にしよう。
「……サルワート、僕達も行こうか」
『あぁ、わかったよ主人。飛んで行くか?』
「いや、歩いて行こう。村の説明もしたいから」
『そうか、わかった』
僕はゆっくりと歩きながら、サルワートに簡易的に村の話しをして、実家に向かって歩いていった。
それにしても、今日は本当に色々な事があったけれど、終わり良ければ全て良し、かな。
本当に、良かった。
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