第1話 薄影と鈍光

 俺が初めてベースに触ったのは中一の夏だった。


 母さんが死んでから親父は国外での仕事を受けることはやめて土日には必ず家に帰ってくるようになった。


 それに、前までは来ることの無かった三者懇談や授業参観、運動会に音楽会の全てに参加してきた。


 もちろん、俺と妹の卒業式と入学式にもきた。


「派手な方がカッコイイだろ!」


 とか言って真っ赤なスーツを来てこようとして俺と妹で親父の頭をひっぱたいたのは頭のイタイ思い出だ。


 やめてくれ、身内にカ○レーザーみたいな人がいるところなんて誰にも見られたくない。


 親父は言葉遣いは悪いし、少し言動がおかしいがとても優しい人だってことは昔から知っていたが、あれからますます俺達に優しくなった。


 それに、昔は家に帰って来る度すぐに自分の部屋に入って半日は寝ていたし、家族で外出することを渋ったていたのが嘘のように俺達を外に連れ回した。


 まぁ、理由なんてひとつなんだよな。


 俺も妹もあの日から自主的に学校以外で外に出るなんてこと全くしなくなったのだから。


「隣の県に遊園地ができたんだ!凄かったぞ!すぐに用意しろよ!」


「隣町に吉村新喜劇が来るんだってな!明日はそこに行こう!」


「GADZILLAの最新作が来週から映画館でやるらしいな朝一で見に行こうな!」


 と言うふうに毎週の様に無理やり連れ回された。


 海やプールなどの水がいっぱいあるところ以外は山だろうが森だろうが砂丘だろうがお構い無しだ。


 外に出て陽の光を沢山当てられて、風を浴びさせられた。


 毎週、親父は疲れて帰ってきてるのに俺たちの前では一切弱音を吐かずに元気な振りをして接してくれていた。


 帰ってくる度に目のクマが酷くなっていて見ていられなくなった時もあった。


「大丈夫だ、心配するな」


 と、言っていたが突然倒れたときがあった。


 死んだかと思って俺と妹はガン泣きした後に救急車で親父と一緒に病院へ行った結果、お医者さんに


「ただの疲労と風邪ですね」


 と言われた時はそっと胸をなでおろした後に隣で気持ちよさそうに寝ている親父を思いっきりチョップした。


 全くうちの家族は自分の事を考えていない馬鹿ばかりだ。


 俺の為に死ぬし、倒れるし、青春じんせい捨てるし。


 もうやめてくれよ。


 自分の為に生きてくれよ。


 でもそうまでして連れ出して貰っていなかったらずっと俺は暗い自分の部屋の隅で腐って人として死んでたんだ思う。


 だから、俺は毎回ウザそうな顔をして連れ回されていたが実は心の中でとても感謝していた。


 まぁ、言ったら調子に乗って今度は海外とか連れていかれそうなので言わないが。




 そんなある日、


「最近人気のバンドのライブチケットを貰ったんだ!明日はそこに行こう!」


 と親父が言い出したので、


 いつもみたいにまた親父に連れられて来たのが電車で1時間ぐらいの所にある小さなライブハウスだった。


 収容人数キャパは200人くらいで親父が人気って言ったことがわかるぐらいに中はパンパンだった。


 派手な音楽とけたたましい歓声の中現れたオープニングアクトの人達はまだ慣れていないのか見ていて初々しさが伝わる感じだった。


 正直、退屈だっだ。


 たがしかし、


 それから何組か過ぎてついに今日のメインバンドの出番という時にライブハウス全体の空気が変わった。


 ここにいる200人全員が同時に息を飲んだ音がした気がした。


 さっきまでずっと隣の人と話していた客が全員黙って有り得ないほどの静寂がここに生まれたのだ。


 目の前に現れたのはそれほどまでに暴力的な美貌を持った女だった。


 この空気はたった1人の女がステージの中心に立っただけで生まれたのだ。


 燃えるように真っ赤な長い髪に、つり上がった迫力のある大きな目、高身長でスラッと長い足のモデル体型。


 これが、カリスマって奴なのか。


 この会場中の全ての視線を、意識をたった1人で掻っ攫った。


「オレたちの名は『VOLOS』知ってるやつも知らねーやつも全員纏めてオレに堕ちろァー!!!」


 そう赤髪の女性が雄叫びのような声をあげた瞬間に1番奥のドラムが落雷の様な轟音が鳴らし、それにあわせて激しいROCKが会場全体に響き渡る。


 もう、さっきまでの静けさはどこえやら今この熱狂の渦の中で僕も親父もそしてあの日から騒がなくなった妹も手に持った『VOLOS』のタオルを精一杯振りまして会場の全員とシンクロしていた!


 侮っていた。


 たかが音楽。


 たかがサブカル。


 もうさっきまでの舐めた思考は吹き飛んだ!


 凄い力だ!


 これがステージの上のたった5人だけで奏でられているということが未だに信じられない。


 音楽は、ROCKはここまで人に力を与えられるのか。


 あの日からずっと沈んでいた俺たちの感情に火をともしたのはワールドカップのサッカーの決勝でも、ネズミーランドの夜闇を明るく照らした豪華なパレードでもなく、


 たった200人しか入らないような箱で音で暴れ回るさっきまで名前も知らなかったバンドなのだ。


 そこからの1時間はまるで胡蝶の夢のようだった。


 どこからが現実でどこまでが夢だったのか分なくなるほどに盛り上がっていつの間にか疲れて眠っていた。


 一体いつ寝たのか、どこで寝たのか全く覚えてない今、自分の部屋のヘッドの上で朝を迎えたことだけが分かった。


 今日はまだ日曜日で親父が家に居ることはわかっているので自分の部屋から飛び起きてドタドタドタと階段を猛スピードで降りてリビングに向ってはいきよいよく扉を開けた


「親父!ベースを買ってくれ!」


 リビングでは朝食の準備をしていた妹と、新聞を読みながらモーニングコーヒーを飲んでいた親父が俺の方を見て目を見開いている。


「…今、なんていった?」


「だから、俺にベースを買ってくれ!」


 さっきからずっと心臓の音がうるさいのだ。


 昨日の熱が未だに体から抜けずもっとあそこに浸らせろと訴えてくる。


 それに、昨日の2人の顔を見て思った。


 音楽ならこの2人を笑顔にできるんだって知った。


 だから、俺は音楽を始めた。


 また、あんなふうに2人を笑顔にしたい。


 今度は俺の手で熱狂笑わさせてやると心に誓った。


 だが俺にはあんな美貌も、カリスマも、歌唱力もはない。


 だから、俺は前に立つのでは無くていつか目の前に現れる強烈な光を見つけて、その人のために練習しよう。


 あの『VOLOS』の極光のボーカル『ルベル』を隣でずっと支えていた『ノイント』のようなベーシストを目指そうと思った。


 光あるところに影があるように、あのライブで『ノイント』がベースラインとして音楽に加わった瞬間に全ての曲が引き締まったのだ。


 ソレは決して彼が目立ってそうなった訳ではなくて、むしろ彼はスっと消えるかのように曲に溶け込んでいき、代わりに4人の奏でる楽器の存在感が強くなった。


 あれは影だ。


 いるだけで周りの光をより強く、より明白にする黒影ベーシスト


 あれが俺の目標だと思った。





 そして、アレから2年と少し。


 俺はついに俺だけの特別な光を手に入れた。


 まだまだ光は鈍く、『宝石』と言うよりは『原石』って感じだけど、


 でも秘めた光はきっと『宝石ルベライト』よりも輝かしく光り世界を照らすことを今はまだ俺だけしか知らないだろう。


 それでいい。


 今はまだあの極光に群れていろ


 いずれ、お前らの全てを掻っ攫うのは俺たちだ。


 そう思い、今目の前でがんばってボイストレーニングをしている『原石ナギサ』を見て思った。


 そこには苦しそうなソプラノボイスが消え入りそうな感じで発声されていた。


 …うん、できるよね?





















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