第10話 黒猫の新妻 side 秋津(4)
呼ばれてリビングに戻ってきた私は机に並んだ美味しそうな料理と、缶ビールを手に持ち既に出来上がった先生を見て2重の意味でおどろいた。
さっき、洗面所に届いた声が妙に間延びしているなと思ったけどアレは大きな声を出したからではなくて酔っ払っていたからか
「あー!アキちゃんかわいい~!やっぱりクロネコさんが似合うと思ってたんだよねー!」
そう言って抱きついてくる先生を見て誰だこの人は?と思った。
さっきまでの凛とした完璧女教師はどこに行ったのか今は顔を赤くしてふやけた笑顔「可愛い、可愛い」と言って私を撫で回してくる。
「あの、先生?」
少し不機嫌そうな声を出すと
「あー、お腹すいたよね!食べよ食べよ!」
と言って私を椅子に座らせてその反対側に先生は腰を下ろした。
違うそうでは無い。
そんな私を置いて
「では、いただきます!」
と、声たかだかに手を合わせる先生を見て私も後を追って手を合わせた。
「いただきます」
目の前に出されているのは回鍋肉とサラダと味噌汁あと、白米。
どれも美味しい。
今日はマトモな晩御飯にありつけるとは思っていなかったので余計に美味しく感じる。
温かいご飯と幸せを噛み締めていると
「それで〜アキちゃんは〜なんで喧嘩したの〜?」
と、聞かれたので私はココ最近の話を先生にした。先生は静かに黙って聞いてくれた。こういう所は酔っていても『先生』なんだなーと感心してしまう。
私の話を最後まで真面目に聞いてくれた後で先生は一言私に言った。
「これって、つまりアキちゃんが高校生の間に『音楽だけでやっていける』って事を親に証明出来ればいいんだよね〜?」
私は両目を見開き驚いた。
先生はこの話の核心を突いたのだ。
確かにこれなら両親の希望通り私が学校に通い、私は在学中にメジャーデビューして大学も就職も必要ないと判断してもらえれば向こうも納得するだろう。
「そうですね、確かにそうです!ありがとうございました!明日親にそう言ってみます!」
笑顔で私は先生にお礼を言うと、
「いや〜お役に立てて良かったですよ〜!ではあとは楽しく騒いで寝ましょう!」
そう言って先生は新しくビールの缶を開けた。既に机の上に4本もビールの空き缶が置いてあるのだが何本飲む気なのだこの人は?
結局その後は後片付けもせずに2人で互いにお酒やジュースを飲みながらチータラをツマミにして夜中の3時ぐらいまでテレビゲームをして騒いだ後、先生はシャワーだけ浴びて一緒のベッドで寝た。
ちなみに先生のパジャマはピンクのうさみみフード付きモコモコアニマルパジャマだった。
布団の中で私の頭を胸に押し付けるように抱きついてきて少し暑苦しかったが悪い気はしなかった。
ああ、幸せだな。
そう思いながら、私にとって激動の一日が終わり、先生の温かい腕に包まれて瞼が下がり深い眠りに落ちた。
チュンチュン(・8・)
朝日が顔を出し、窓から陽の光が差し込んできた頃何やらいい匂いがしてきたので私は起きた。
寝室を出てキッチンに顔を出すとそこには昨日と同じエプロン姿の先生が朝ごはんを作っていた。
「あら、起きましたか。」
もう既にお酒は抜けていて完璧女教師モードだった。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。偉いですねこんな早く自分で起きれるなんて。今、朝ごはん作っていますので顔を洗ってきてください。」
言われた通り洗面所で顔を洗ってリビングに戻り服を着替える。
学校をサボって出歩く時はいつも親が起きる前に家を出ていたので早起きは得意な方だ。
「先生、パジャマどこに持っていけばいいですか?」
「脱衣所のカゴにお願いします。それが終わったら食器を出すのを手伝ってください。」
私はそれに従ってカゴにパジャマを入れてキッチンに向かい食器を出したりする手伝いをした。
その後、昨日と同じ席に座って手を合わせる。
「「いただきます」」
朝ごはんはサラダとベーコンエッグに私は昨日買ってもらったたまごサンド、先生はトーストにバターを塗ったものだ。
食べ終わった後に先生は仕事に行く用意をし始めたので私は昨日の晩御飯と朝ごはんの食器を洗った。
用意を終えた先生がキッチンにやってきて
「ありがとうございます。それでは私は仕事に行きますので好きな時間に家に帰ってください。ちゃんと話し合うのですよ?この鍵を渡しておきますので家を出る際に玄関の鍵を閉めて郵便受けに入れて置いてください。では、さようなら。」
「はい、行ってらっしゃい」
そう言って私は先生を見送った。
その後、私は父親に電話を掛けた。
3コールなり追えるまでに父親は電話に出た。
「今から帰るから。今日は家にいて。大事な話があるから。」
それだけ言って反論を聞かずに電話を切った。
実は昨日、ゲームの最中に「楽しいですね〜こんな可愛い子なら毎日でも一緒にいたいです!」と言われて私は頭に妙案が浮かび上がったのだ。
そして、スマホを手に取って「私がいて嬉しいですか?」と聞き「ええ、いつまでもいて欲しいぐらいです〜!」と言う様な会話を長々と録音した。
まぁつまり、「ここに居ていいよ」という言質をとったわけだ。
あとは、分かるな諸君?
私は、財布と携帯のみを手に持って家に帰った。
そして、家に帰ったあとリビングにて机を挟み両親の前に座ってこういった。
「高校には行く、3年間学校に行き続けるし
テストも受けて成績も落とさない。」
そう言った瞬間父親は喜んだが、話はここで終わらない。
「その代わり!私はこの家を出て3年間先生の家に住む!そして、在学中に私はミュージシャンとしてメジャーデビューする!出来なかったら家に戻ってきてあとの人生は
私は言ってやったぞ!って顔で両親を見る。
母は困った顔をして、父は顔を真っ赤にしている。
「何を馬鹿なことを言っているんだ!」
と怒鳴ってくるが引く気は一切ない。
「ここが妥協点!これが飲めないならもう私はスマホも何もかも捨てて家を出てもう二度と戻ってこないし顔も合わさない!」
「そんなこと出来るわけないだろう!今まで誰がお金を払ってきたと思っているんだ!お前1人で生きてなんて行けるものかすぐに餓死するに決まってる!」
「本気!これが私の本気!死ぬとかそんなのどうでもいい!これ以上引く気なんて一切ないから!」
そう言って私たちはいがみ合う。
すると、ずっと黙っていた母が口を開いた。
「年に3回帰ってきなさい。お盆、正月、春休みに必ず帰ってきなさい。全てのテストと成績表を持って父さんと母さんの前に帰ってくること。三者懇談などの大事なプリントを全て郵送するなりポストに入れるなりすること。体調を崩したり怪我をしたことを隠さず報告すること。そして、今週の日曜日にもう一度赤城先生を連れて家に戻ってくること。これがこっちの条件です。」
と母は言った。
驚いた。
あんだけ頑固に父と一緒に反論してきた母が譲歩したのだ。
「ちょっと母さん!」
と父は突っかかるが
「デビュー出来なければ帰ってくる。なら好きにさせてあげなさい。社会の厳しさを自分の身をもって知って戻ってくるならそれもありかもしれませんよ。」
そう言って父を窘めて、私に向き直った。
「飲めますね?」
真剣な表情だ。
『今』の私を見つめてくる。
覚悟は出来ているのか、と。
「もちろん」
私は言い切った。
その後、私は元自分の部屋に行き持って行く荷物を整理する。
学校を必要になるもの
音楽活動で必要になるもの
生活に必要なもの、などなど
その中で日曜日までに必要になりそうなパジャマと下着、普段着、コートなどの防寒具を大きなカバンに詰めて家を出てまた先生の家に戻る。
昨日とは打って変わって清々しい春の陽気を感じる。
心の中も晴れ晴れとしたていてこれからが楽しみで仕方ない。
先生の家まで戻ってきた頃には14時を回っていた。
今夜の夕食用の材料を帰り道にスーパーで買ってから戻ってきたのでとっくにお昼時を過ぎていた。
一緒に買った菓子パンをお昼ご飯としてたべた後は、昨日遊んだリビングのテレビの周りを掃除したり、浴室やトイレなどの掃除もした。
それでも時間は余り、夕食を作るにしても微妙な無いので、パソコンを開いてギターをアンプに繋ぎヘッドホンを耳につけて作曲を始める。
気づけば、既に空は暗くなっており時計を見ると18時を超えていた。
一旦手を止めて、できた部分を保存して晩御飯の用意を始める。
正直先生が、いつ帰ってくるのかわからなかったので温めれば美味しいし、残っても始業式まで暇な私が昼食にたべられる便利飯代表のカレー様を作ろうと思う。
昨日、お米が残っていることは確認済みなので炊飯器に米と適量の水を入れてピッ。
これでお米は終わりっと
次にメインのカレー作り。
まぁ、ルーを買ってきたのでパッケージ裏を見て順番通り作れば問題なし。
アレンジとか考えなければ人類は皆カレーぐらい作れるのだ。
人参、玉ねぎ、じゃがいもの皮を剥きそれぞれ食べやすいように切る。
フライパンに油を引き火で温めてから牛肉を炒め、色が変わったら玉ねぎを投入する。
同時並行で鍋に水を入れて人参とじゃがいもを入れて火にかける。
玉ねぎが飴色になったらフライパンの火を止めて鍋の方に合体!
鍋の方の水が沸騰してきたら人参とじゃがいものやわらかさを調べて柔らかかったらルーを投入。
先生が中辛が食べられるかは知らないけど私は中辛が好きなので中辛にした。
それから5分ぐるぐると鍋の底が焦げないようにオタマでかき混ぜれば完成。
火を止め、蓋をして終わりっと。
ついでにポテトサラダも作って冷蔵庫に入れて帰りを待つ。
まだかな〜早く仕事から帰ってこないかな〜
あれ、私って結婚してたっけ?
完全に新婚の新妻気分なんだが?
20時を超えても帰ってこない。
センセーって大変なんだな。
そう言えば、樹くんは今何してるんだろう?
スマホを手に持って「今何してる?」と打って送信を押す前に手が止まった。
そう言えば昨日風邪っぽかったし寝てるかもしれない、それに名山の受験日は確か9日後だ、勉強に集中しているかもしれないので邪魔してはいけない。
そう思って打っていた文字をデリートしてスマホを置き、作曲に戻った。
ガチャって鍵を開ける音がしたので
ドタドタドタと走って玄関まで行き
「おかえり!」
と笑顔でお出迎えしたら先生は目を丸くして
「ただいま帰りました」
と言って苦笑いした。
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