第8話 朽廃の楽園 side秋津(2)

 結局のところあの後特に何も無く、狸の方は両親と何か話していたがその内容は頭に入って来ず私はまじまじと女教師が渡して来た休学届けの書類を見ているだけに終わって先生たちは帰っていった。


 差し出された新しい選択肢に私は目から鱗だった。


 生きるための取捨選択。


 必要なものを効率的に選び、不要なものを削ぎ落とす。


 足して削いで形成


 足して削いで形成


 ずっとこれの繰り返し


 はい。な人形の出来上がり。


 しかし、本当は欠陥だらけの不良品。


 これが私。


 こんな事が今まで当たり前のように周りの大人たちにされて来たのだ。


 だから、保留と言う『取り敢えず』なんて曖昧な選択肢があることを初めて教えて貰った。


 もし、先生と言う人物が『教え諭す』人のことを言うのならば私は初めて『先生』と言える人に会ったのかもしれない。


 そんなことを考えていると、


 両親が私に口を出してくる。「あの先生はよく分かってる」「あなたの将来をよく見てくれてる」などなどあの狸ことを絶賛。


 それだけでもうんざりだ。胸糞悪い。


 なのにあろうことか


「それに比べてあの新任の女はダメだ。休学なんてダメに決まっているだろう。分かってない、私の娘の将来の事をなんと思ってるんだ」


 と父親がほざきやがった。


 父親コイツは今、特大の地雷を踏み抜いた。


 その人は今、私にとって最も馬鹿にされたくない人物である。


 それをあろうことかお前らが否定するのか?


 唯一『今』の私を真っ直ぐ見て1番考えてくれた私の『先生』をお前らが貶すのか?


 何かが壊れた音がした。


 終わりの音だ。


 それはもう二度と直らないだろう。


 もう、そこからは大喧嘩。


 互いに当たり散らし、騒ぎ、喚き、罵詈雑言の大嵐。


 今世紀最大の大口論は最終的にどちらも折れることはなく夜まで続いた。


 そして、私は家を出た。


 もうここに居たくないと思った。


 制服のままポケットに全財産とスマホを突っ込み、キャリーバッグに何着かの服と下着そしてノートパソコンなどの音楽に関わる必要になるものをできるだけ沢山詰め込み、ギターケースを背負って飛び出した。


 思いっきり走った。


 ガラガラゴロゴロとキャリーバッグを左手で引きなが走った。


 肩に背負ったギターケースが臀部にバシバシと当たりうざったいが足を止めることなく走った。


 指先が凍てつく様な寒さだ。


 冷たい空気で夜空は澄み渡り、今夜の満月がこの住宅街を明るく照らす。


 どこか明確な目的地がある訳ではないが、行きたい場所はあった。




 誰もいない場所に行きたかった。


 思いっきり声の出せる場所だ。


 誰の邪魔にもならず、


 何より、誰も私を邪魔しない。


 そんな場所楽園だ。



 住宅街を抜けた。


 この先は、小さな駅と二階建ての学習、それに寂れた愛想のない店主が日がな1日座っている本屋としみったれて営業しているところを1度も見た事のない飲み屋だけがある面白みのない駅前だ。


 確かにこの駅を超えた辺りに公園があった。


 そこは、錆びて鉄の臭いがするシーソーとか座るとギシギシという木で出来たベンチとかがあるお世辞にもいい公園とは言えない場所だが、


 私の目的地としては申し分のない楽園だ。


 公園の奥にあるベンチまで移動し荷物を置く。


 そして、


 ストリート用のマイクをセットし、ギターケースから赤いエレキを出してアンプに繋ぐ。


 ギターを肩にかけて試し弾きする。


 ギュインギュインジャジャジャジャーン!


 うん、ちゃんとなった。


 もう、遠慮はしない。


 我慢の限界だ。


 今日の、今日までの苛立ちも、不満も、何もかも嫌なもの全部乗せで爆発させてやるのだ。


 そうして、寒天の空の下で少しの街灯と眩い星月に手元を照らされながら、がなり立てるように荒々しく歌声を上げる。


 躰躯を揺らしながら思いっきりエレキギターを掻き鳴らす。


 気持ちいい。


 やはり、ROCKはこうでなくては。


 悩みも不満も怒りさえ全て燃料エネルギーに変えてROCKに変換する。


 脳汁が溢れ出し、歌声を響かせる事だけに夢中になる。


『ルベル』の様な魔法の声はまだ出せない。


 それでも、私は少しでもあの導星に近づきたくて必死にROCKを歌う。


 もう私の目は何も映していない。


 今、


 この瞬間、


 世界は私の口が響かせる歌と私の手が掻き鳴らす音だけで完結しているのだと錯覚してしまう。


 この一瞬を無限の様にすら思えてくると同時に、


 この夢幻は刹那的なものなのだと実感する。


 もうすぐ、閉幕。


 終焉。


 ゼロから全て自分で作った曲なのだからもうすぐ先にゴールテープがあることぐらい誰よりも知っている。


 せめて、後悔のないように走りきろう。


 振り向かずに前だけを見て歌おう。


 最後と一節まで全力で血と汗を絞り切るように。


 全てのフレーズを歌いきった。


 残るのは、頭の中に鳴り響く残響と星夜の静寂。


 終わった。


 感傷に浸りながら一礼。


 すると、目の前から手を叩く音が聞こえた。


 目線をあげると1人のこの辺りの公立中学の制服を来た男の子が私を見て拍手している。


 いったい何事!?


 いつから聞かれていた!?


 恥ずかしい。


 すごく恥ずかしい。


 でも、それ以上に嬉しい


 とてもとてもとても嬉しい。


 言葉にできないぐらいの喜びと幸せが私の中に溢れだしてくる。


 もし、名前も知らないこの人の心の中に少しでも私の思いが、


 ROCKが届いたのならこれ以上の喜びはない。


 すると、男の子が慌ながら少し距離を詰めて来て一言私にこういった。


「好きです!あなたの声を僕に下さい!」


「は?」


 反射的に高圧的な声が出てしまった。


 いや、でも仕方なく無い?


 なにこれ告白?もしかして私、今告白されてる?



「えっえっと、こ、これは告白とかそういうのではなくて、えっと、そう、あなたの歌がとても素敵で、その、何ていうか.........。」


 あっ違うんだ。


 わかってたよ。


 わかってましたとも。


 産まれてこの方1度も告白などという甘酸っぱいものされたことありませんから期待なんてしてませんでしたよ!


 自惚れてなんてないから!


 まぁ、仮にそうだったら今は音楽の事で頭いっぱいだから丁重にお断りさせて頂きましたが違ったら違ったで何かモヤってする。


 と言うか、凄いテンパリ様だ。


 なんか勘違いしてすみませんって感じ。


 でも、私悪くないよね?


 それに、「あなたの声を僕に下さい!」ってよくこんな猟奇的なこと初対面の相手に言えるよね?


 お前の声帯が欲しいから寄越せとな?


 これは事案ですね、とりあえず警察かな?


 冗談、冗談。



 あ、でももしかして


「告白じゃないとするなら何?、一緒にバンドを組んでくれってこと?」


 こういうことかな?


「そうです。僕とバンドを組んでください!あなたの覇道に付き合わせてください!」


 おおう。


 なんとも壮大な話をするのだこの子は。


 話のスケールがさっきから大きすぎる。


 でも、なんというかひとつわかった。


 この子は変な子だ。


 それも結構イカれてる系の奴だ。


 まぁ私も?


 今、最も人気のあるバンド『VOLOS』の天才ボーカル『ルベル』を超えるボーカルになる気でいるし?


 実質バンド界隈で頂点を目指しているから間違いではないけど?


 それでも『覇道』ってどうよ『覇道』ってちょっとイタくないですかね?


 でも、私は彼を笑うことは許されない。


 彼の目は本気だ。


 本当に私が、私たちが音楽で玉座を取ることをうたがっていない目だ


 覚悟を決めた表情で真剣に私を見てる。


 多分、私が音楽で飯食って生きるんだと全力で訴えた時と同じ顔だ。


 いいじゃん。


 気に入った。


「へぇ、君面白いね。名前は?」


 せっかくなら私の『覇道音楽』に付き合って貰おうか。




































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