第7話 木炭と導星 side秋津 (1)

 何?この可愛い生き物?


 今、目の前で繰り広げられている光景は自分よりも体の大きい男の子が顔を真っ赤にして顔を手で覆い隠し羞恥心で蹲っているシュールな様子だ。


 前までの私ならこんな光景を見ても奇異の視線を向けるだけで別になんとも思わかなっただろう。


 なのに、今の私はこの後輩を見て愛くるしさを覚えてしまう。


 本当に、人生って何が起こるか分からない。


 そう思い私は彼を見ながら少し前のことを思い返した。


 と言ってもたった10日前、彼と初めてあった日のことを。




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 私は音楽が好きだ。


 特にROCKが。


 これからの人生私は全てをこの声とギターに捧げて生きていきたいと本気で思っている。


 音楽1本で一生飯を食って行ける人なんてほんのひと握りしかいない。


 実力だけじゃなくて運も必要になる。



 その中に私が入れるかどうかなんて分からない。


 入れない可能性の方が遥かに大きいだろう。


 それでも諦めたくない。


 本気で追い求めたい。


 自分の全てを投げ打って人生と言う大きな遊戯版ボードで全力で生を謳歌したかった。


 私は中途半端に優秀な部類の人間として16年間生きてきてしまった。


 そのせいか、無駄に両親を期待させてしまった。


 小学1年生の頃から中学3年生まで成績優秀者として張り出され続けた私は周りの大人達に流され、あれをしなさいこれをしなさいと言われたことを反発せずに淡々と言われた通りにやってきた。


 だが高校生となって今まで無意識に抱え込んでいた不満と言う爆弾が爆発した。


 それはもう盛大に爆発した。


 それは、もう辺り一面焼け野原に変えてしまうような爆発をした。


 県内でもトップの私立進学校、それも特進科に駒を進めた私だが結局のところ1ヶ月も経たないうちに学校へは行かなくなり毎日外をほっつき歩く不良女になってしまった。


 今まで周りの大人達に鳥籠の中に押し込められていた私にとって外の世界はとても美しく面白いところに見えた。


 朝早く家を出て外をぶらつき夜遅くに帰って来たり、ふらっと1週間くらい家を空ける私を両親や学校の先生は心配していたが、うちの両親は親バカなのだろうか「今は少し疲れているだけで根は優しい子だからもう少ししたら元のが戻ってくる」と思っているらしい。


 私も最初はそのつもりだった。


 今、私がやっていることは何の役にも立たないのだと分かっていた。


 遊び飽きたらまた元の生活に戻ろうと思っていた。


 だが、私にとっては最高で周りの大人にとっては最悪の相手に出会ってしまった。


 偶然立ち寄った小さなライブハウスで一心不乱に盛大なROCKを奏でるバンドに心を奪われた。


 高揚した


 心酔した


 これ以上ないという程に心底夢中になった


 目の前で繰り広げられる周りを圧倒するパフォーマンスに舌を巻かずにはいられなかった。


 そのバンドの名は『VOLOS』


 読みは『ボロス』でその意味はギリシャ語で『北極星』なのだと『VOLOS』のボーカルの女の人が語っていた。


 なんとも迫力があり魅力的で美しい人だった。


 その燃えるような長い赤髪の女性の愛称ニックネームは『ルベル』と呼ばれ、これはルベライトと言う赤い宝石の名をモチーフにされたようだ。


 そしてその名の通りメンバーのミスも笑って許す様な器の大きな女性でとてもカリスマ的だった。


 憧れた。


 この人みたいになりたいと思った。


 彼女が1人ステージに上がって前に立つだけで空気が変わり、周囲の視線を全て掻っ攫う。


 彼女の歌声はどこまでも艶美で秀麗、しかし線が細い声ではなくむしろとてもパワフルでエネルギッシュだ。


 彼女が得意とするのは、澄み渡った空のようなチェストボイスだけでなく妖艶な女性の甘美で身も心も溶かされそうなウィスパーボイス、少女のようないとけなさの残るフェアリーボイス、太く逞しき戦士の咆哮のようなデスボイスなど


 まさに千変万化。


 まさに変幻自在。


 まるで魔法のような歌唱力に強い憧憬を抱いた。


 それから私は一目散に彼女を、『VOLOS』

 を追い続けた。


 毎回、ライブチケットを買っては開催地が北海道だろうが沖縄だろうが関係なく飛び回った。


 親戚が多く、そこそこ裕福だった私には今まで何にも使わなかったお年玉やお小遣いが有り余っていたのが幸いして旅費に困ることは無かったし、CDは全て買って何度も聞いた。スマホにも『VOLOS』の曲を全てダウンロードしてずっとイヤホンを耳に指して流し続けた。


 見る度に、聞く度に、魅了された。


 私にとって彼女は導星スターだ。


 知れば知るほど、聞けば聞くほど虜になる。


 憧れは段々と強くなり、抑えが効かなくなった。


 だから私は音楽を始めた。


 ROCKがしたくて赤くてイカしたエレキギターを買った。


 髪を染めた。


 全て真っ赤に染める勇気はなくてメッシュを入れる程度だが。


 それでもその夜、両親は私の髪を見た時に泡を吹いて気絶した。


 自分で作詞作曲した。


 ゼロから何もかもやった。


 初めて勉強するのが楽しく思えた。


 周りに人の住んでいない公園や、色んなスタジオを周り『VOLOS』のライブのない日は朝から晩まで練習した。


 楽しかった。


 ずっとやっていたい。


 音楽で生きていきたい。


 そう、覚悟を決めて両親に学校を辞めて音楽の道を行きたいと言ったのが昨日。



「そんなお遊びでこの先、生きていけるわけないだろう!」


「いい大学に入って、いい会社に就職して堅実に生きなさい」


 分かってはいたが猛反発。


 それでも諦めたくなかった私は負けずと反論。

 

 もうそこからはずっと大喧嘩。


 そして、今日は無理やり制服を着せられてとっくに行かなくなった学校の名前も忘れた先生と両親を交えた四者面談があった。


 本気で逃げ出そうとしたが、両親も本気で逃がして貰えなかった。


 家を出たら、部屋にある作りかけの曲の入ったパソコンや今まで集めてきたCDなどを全て壊すと脅されたので嫌々ながら出席した。


 学校から先生が二人来た。


 どっちが担任だったが忘れたが、1人は狸のような禿げだったが、もう1人は長い黒髪の綺麗な女の人だった。


 リビングで机を挟み、正面から見て左から私、父、母が並び向かい合う形で私の正面に女教師がいてその隣に狸先生。


 正直、聞いていてずっとイライラしていた。


 両親と狸は私の事で勝手なことを言って盛り上がり、女教師は黙ってそれを聞いている。


 まただ。また大人達は勝手に進路が就職が将来が結婚がと好き勝手に決めて私の人生を踏みにじろうとする。


 だが、


 女教師がその時、初めて口を開いて私に言った言葉だけはスっと耳に入った。


「人生って何があるか本当に分からないんです。」


「今、あなたの手の中にあるものよりも外の世界にあるものや誰かが持っているものが欲しくなることはよくあります。」


「でも、今欲しいものを手に入れるためにもう手の中にあるものをよく考えずに捨てるのはとてももったいない事ですよ?」


 そう、言った。


 私を見て言った。


 両親にではなく『私』を見て。


 未来の『私』ではなく、目の前の『私』に。


 少し心に響いた。


「よく考えてください。本当に捨てていいのか。後悔しないのかを。」


 そして、1つの書類を机の上に出してきた。


「もし、3月31日まで考えて少しでも『躊躇い』が出来たらこういう選択肢もありますからね」


 それは休学手続きの書類だった。















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