第3話 激情で熱情
いつまでも夢心地だ。
ずっと頭がぼーっとしている。
昨日の熱狂が未だに僕の体をあのボルテージに浸らせ続ける。
瞳を閉じれば、昨日の光景がまぶたの裏に流れ、鼓膜に染み付いた先輩の歌が幻聴とは思えないほど迫力で響いている。
最高だ。最高だった。
まぁそれ以外にも頭が働かない理由はあるのだが...。
布団の中で体を丸めて昨日の余韻を噛み締めていると1階から誰かが上がってくる足音が聞こえた。と言っても今この家には僕と妹しかいない訳だが。
足音が扉の前で止まると扉を叩くノックが2回。
「入るよー」
と言って、僕の部屋に入ってくる。
ギャルゲのやんちゃ妹のように勝手に侵入してくるでもなく、どこかの目覚ましシスターズのように飛び込んでくるでもなく親しき中に礼儀を感じる我が妹は本当によくできたやつである。
容姿端麗、成績優秀、才色兼備とはまさにこいつのこと。
同じ親から生まれたのになぜここまで差が出るのか。人類の謎のひとつだろう。
多分というか間違いなく、僕よりもよくできていると思うけどまだ僕に兄の威厳ってあるのだろうか?
「お兄ちゃん風邪大丈夫?熱少しは下がった?」
そう言って布団から顔だけ出した僕の額に手を伸ばしてくる。
白くしなやかな手が僕の汗ばんだ肌に触れる。
冷たくて気持ちいい。
それと少しの罪悪感。
「うん、下がってないね。ここに体温計置いとくからもう1回測ってから薬飲んで冷えピタ貼って寝ちゃってね。隣にポカリ置いとくからちゃんと水分取ってね。それじゃ学校行ってくるから。」
「いってらー」
部屋から出ていく妹に手を振るために布団から右手だけ出してプラプラさせる。
いや、ホントによく出来た妹だな。兄ちゃん感激だよ。多分、僕が看病する側だったらこんなにきっちりできないだろう。あなありがや、あなありがたや。
そう、風邪をひいてしまったのである。
今朝ふらっとして廊下で盛大にコケてしまい妹が駆け寄ってきて手を取ってもらった時に「熱い!」と言って手を引かれてしまいもう1回コケた。
それから熱を測れば38度7分と中々に高熱である。
あの後、お互いの連絡先を交換してからすぐ帰路に着いた。その間も家に帰ってからもずっと体がほでっていたのは実は彼女のROCKを聞いたからだけではなく熱が出ていたからというなんとも情けない理由である。
いつから熱が出ていたのだろうか?
昨日の朝、外に出た時に寒っと思ったのは風邪を引いたせいなのかそれとも、彼女のROCKを聞いている最中に体が熱くなった時だろうか、もしくは今日の朝、最近の疲れが出たのだろうか分からない。
それでも昨日の高揚は熱があったからだけでは理由にならない程の盛り上がりだった。
妹に「夜遊びなんてしてるから風邪ひいたんだよ?反省して!」と言われたが「はーい反省してマース」と口先だけで返事をした。その棒読みな僕の様子にムスッとして「風邪ひいてるなら早く布団に戻って寝てて!」と怒られてしまった。まぁ言葉の端々に優しさが感じられて少し嬉しかったためにニヤついてしまい、それを見て「早く!」とまた怒られてリビングから追い出されて扉をバンッと閉められた。
だって仕方がないじゃないか。
何せ一切の後悔も反省も無いのだから。
楽しかったなー。また会いたいなー。
まぁバンド組んだんだしこれから会うことも増えるだろう。
風邪を治したら直ぐに秋津先輩に会おう。
そう決めて僕は瞼を閉じた。
✩.*˚꙳★*゚✩.*˚꙳★*゚✩.*˚꙳★✩.*˚꙳★✩.*˚꙳★
夢を見た。
とても大きなステージの上で割れるような歓声と喝采の中、僕と彼女が一生懸命にROCKを響かせる夢だ。
楽しい。
嬉しい。
でも、観客の視線は全部彼女のもの。
ここにいる万にも届くような人の声援は全て彼女に向けられたもの。
この夢の中では僕はオマケに過ぎす、ステージの付属品だ。
昨日はそれでもいいと思った。
彼女の隣に居られるならば、
彼女を1番近くで見られるなら、
彼女の歌を最初に聞けるなら、
それでいいと。
でも、少しつまらない。
僕は何を求めているのだろうか。
『声援』か?
『喝采』か?
『歓声』か?
違うな。
そんな有象無象の評価なんて僕にはいらない。
僕達の曲を聞け!
彼女の歌に惚れろ!
俺達のROCKに堕ちろ!痺れろ!夢中になれ!
そうか、今この場で彼女の意識が視線が全てが
夢の中の君にすら、俺を見て貰えないだけでいもしない人を妬むなんていつから俺はこんなにも浅ましい人間になったのだろうか。
恋は人を盲目にする。
なるほど。甘んじて受け入れよう。
昨日の夜までの、いや、ついさっきまでの僕とはもう別人みたいだ。
昨日の『僕』が今の『俺』を見たら「あなたは誰ですか?」と聞いてくるだろうな。
まぁそれでいいさ。
強欲になろう。
欲しいものが決まった。
なりたいものが決まった。
俺は秋津 木芽という全てが欲しい。
俺は秋津 木芽に必要とされたい。
だから、俺は彼女に無くてはならない存在になろう。
これから先、俺なしではやっていけないようにしてやろう。
彼女に「君が必要だ」と言わせてやろう。
そしていつか、
彼女に「君が好きだ」と言わせてやろう。
さて、俺は何から始めようか?
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