同じ高校に通う仲良しの男女6人組が突然、生徒指導部に呼び出されて、法律だからと言われて恋愛の事を問いただされました。

松本タケル

突然、生徒指導部に呼び出されて……

 今より少し未来のお話。


 同じ高校に通う仲良し六人組が、生徒指導部から突然、呼び出しを受けた。彼らはレン、ソウタ、リョウマの男子が三人と、リオ、マイカ、ナツミの女子が三人のグループだ。


 六人は素行そこうの良い生徒たちで、呼び出される理由が想像できない。。

「何か悪いことしたっけ?」

「思い当たることないけど」

 少々不安になりつつ生徒指導室へ向かった。

 その部屋に入るのは六人とも初めてだった。


 室内には大きな机と複数の椅子が置かれていた。西洋風の絵画が飾られており、落ち着いた雰囲気だ。そこには、生徒指導の先生に加え、見知らぬ男性が座っていた。


「申し遅れました。私は共有管理局のエージェントMと申します」

 白髪でグレーのスーツを着こなす落ち着いた雰囲気の男性が、立ち上がって自己紹介をした。


「ここからは、先生は関われないの。席を外すわね」

 エージェントMと名乗った男は、着席して先生の退出を見届けてから話し始めた。


「皆さん、突然ですがコモンズ法はご存じですね」

 エージェントは唐突に切り出した。

「もちろんです。学校で何度も習いました」

 レンが答えた。


 レンは六名のリーダーだ。普段は上下関係なく過ごしているが、誰かが前面に立つ必要があるときは必ずレンが率先していた。


「趣旨を述べて頂けますか」

 レンは戸惑いつつ、ひとまず従った

「コモンズ法は国の利益に資する場合、個人の行動に一定の制約を掛けることを許す法律です。ただし、個人の私権を過度に制限することは許されません」

 小学校に入ると必ず覚えさせられるフレーズだ。


「その通りです。コモンズとは共有の資産のことです」

 エージェントは一息ついて続ける。

「個人が自己の利益のみを考えて共有資産を使うと全体が不利益を被ることになります。百年前、1968年にギャレット・ハーディン氏が 『コモンズの悲劇』 提唱したことを起源としています」

 エージェントは質問の隙を取らずに続けた。


「例えば、牛を自由に放牧できる共有地が 『コモンズ』 です。個人が自分の利益だけ考えて牛を放牧すると牧草が食べつくされてしまいます。そこで一定の管理をすることで全体の利益を最大化することが可能となります」


 少しの会話の間をついて、レンが質問を挟んだ。

「それが、僕たちに何か関係あるのですか」

「落ち着いてください。あなた方が悪いことをした訳ではありません。ところで、皆さんは、AIをご存じですよね」

「もちろんです」

 レンばかりに前面に立たせるのは申し訳なく思い、ソウタが答えた。


「アーティフィシャル・インディケーターです」


「エクセレント。さすが優秀な生徒さんだ。その昔、人工知能と呼ばれていましたが、今は異なります。コンピュータープログラムであることは同じですが、知能という表現は適当ではありません。このAIは様々な情報にアクセスして行く末を 『指示する』 すなわち 『インディケート』 するのが役割です」


「本題に入って頂けないでしょうか。コモンズの何が問題なのですか?」

 リオが不安に耐えかねて言った。


 リオの質問には答えずに続けた。

「あと一つ。皆さん、この国の出生率はご存知ですか?」

 六人は互いに顔を見合せた。


「一組の夫婦が授かる子供の数、つまり、出生率が二人を下回ると人口は減少します。過去には一人を下回りそうになった時代がありました。政府が対策を進めた結果、この十年は出生率は二人を上回ってきました」


「それがどうしたんですか!」

 今度は、リョウマがいらだちを隠せずに机を叩いた。普段は穏やかなリョウマの態度に驚いた他のメンバーが慌ててなだめた。


「しかし、今年、ついに出生率が二人を下回りそうなのです」

 エージェントは溜息ためいきをついて、そう述べた。


「それが、何のコモンズと関係あるのでしょうか?」

 少し落ち着いたリョウマが尋ねた。


「今回のコモンズ、つまり、共有資産は 『恋愛』 です」

「?」

 全員があっけにとられた。

 反応を確認してからエージェントは話を続けた。


「多くの人が恋愛感情を持っています。この感情は日本の人口を左右する共有資産といえます。しかし、『叶わぬ恋』 という言葉があるように多くの恋は成立せずに終ってしまいます。政府としてはこの貴重な共有資産たる恋愛感情を制御することで、人口現象に歯止めが掛けられると考えたのです」


(自分たちの恋愛に関することか)

 全員が理解した。


「ここからは、皆さんのプライベートに踏込む内容となります。予めご了承ください」

 エージェントは全員と丁寧に目線を合わせた。


「リョウマさん。この中でどなたか、互いにお付き合いされてますか?」

 リョウマはドキッとして回りを見た。知る限り、誰も付き合っている人はいないはずだった。


「僕の知る限りいないです。このメンバー以外の人と付き合っている人もいない……はずです」

 他の五人をチラッと見た。

 皆、無言でうなずいた。


「AIの判断も同様です。交際の事実は確認されていません。しかし、互いに好意を抱いている事実があると判断しております」

 エージェントは小型の携帯端末をチラッと見て言った。


「リオさん」

 いきなり名指しされたリオはハッとした表情で背筋を伸ばした。

「あなたはレンさんに強い好意を抱いていますね」

 秘めたる思いを唐突に明かされたリオは顔を赤らめて下を向いた。


「そして、マイカさん。あなたもレンさんに好意を持っていますね」

 マイカは無言で目を丸くした。

 二人から好意があることを告げられたレンはどうしていいかわからず、キョロキョロした。


「続けます。ソウタさん。あなたは、マイカさんに好意を抱いていますね」

 ソウタは次に名指しされることを予測してか、表情を変えずにエージェントをにらむように見ている。


「リョウマさん、および、ナツミさんは恋愛対象がいるというかどうかは不明です」

 

 話しをまとめると以下となる。


・リオ、および、マイカの好意の対象⇒ レン

・ソウタの好意の対象 ⇒ マイカ

・リョウマ、および、ナツミ ⇒ 不明


「ここで、我々も確認できていない事実があります。レンさんのお気持ちです。リオさん、マイカさんのどちらに好意を抱いているのか? いずれでもないのか? これは大変重要なことです」


「人の気持ちをもてあそぶような事はやめていただけますか」

 レンは語気を荒げた。


「これは日本の発展に重要なことなのです。ご了承ください。改めて、レンさん。あなたはリオさん、マイカさん、どちらに好意を抱いていますか?」


「……答えるのは義務ですか?」

「強制はいたしませんが、お願いしたいです」


「オレは……リオが好きです」

 言い終わった瞬間、リオは目を丸くしてレンを見た。一方、マイカはうつむいて、目に涙を浮かべた。


「エクセレント!」

 エージェントは立ち上がって手をたたいた。


 レンはエージェントをにらんだ。これでは、あまりにマイカがかわいそうだ。

「失礼。マイカさんのお気持ちを踏みにじる意図はありません。これで推薦レコメンドに進むことができます」


推薦レコメンド?)

 全員がそのワードに違和感を感じた。


「法律は私権を過度に制限することを禁じています。これから、私が話す提案は、あくまで推薦レコメンド。採用するかは個人にゆだねられます」


 エージェントは改めて小型携帯端末に視線を落とし伝達内容を確認した。

「ソウタさん、あなたはマイカさんに強い好意を抱いていますね」

 ソウタは無言で頷いた。


「マイカさん。あたたへの推薦レコメンドなのですが、ソウタさんとお付き合いをしてみるというのはいかがでしょうか? ソウタさんは相当な好青年とお見受けしますが」

 確かにその通りだった。ソウタはバスケ部のレギュラー。追っかけをする女子がいるほど人気だ。「なぜ、彼女がいないのか?」と密かに噂になるほどだった。


 マイカはソウタを上目遣いにチラッと見た。

「ソウタさん、あなたは、今、マイカさんがレンさんのことが好きだった事実が分かったあとでも、マイカさんとお付き合いできますか?」


「マイカに少しでもその気があれば、オレは大丈夫っす」

 言い終わると、横目でマイカを見た。


「マイカさん。あとはあなたの意思だけです。ソウタさんとお付き合いする気はありますでしょうか?」


「確かに……ソウタはカッコいいよ。性格もいいし。でも、こんな、こっちがだめだから、こっちみたいなことしてもいいんですか?」

 下を向いたままポツポツと話した。


「いいんですよ! ソウタさんだってそう言ってくれています!」

 エージェントは満面の笑みを浮かべた。

「マイカ。今度の休みにデートしよう。友達からでいいので」

 ソウタは男らしく、強い口調で誘った。マイカはうつむいたまま、コクリとうなずいた。


「エクセレント!」

 エージェントはまた、立ち会がって手を叩いた。

「失礼。また、盛り上がってしまいました」

 エージェントは席に座りながら言った。


「では、カップルが成立した二組はご退室いただいて結構です。どうぞお幸せに!」

 レンはリョウマに小声で「外で待ってる」と告げ、四人は部屋を出ていった。


 室内には、恋愛関係の外にいたリョウマとナツミが取り残された。

「何だか取り残された気分だな」

 リョウマは、やれやれといったポーズをとり残念そうに言った。


「そうね。仲良し六人組も今日で解散だね。残念だけど」

 ナツミがため息をついて、そう言った。


「これは、推薦レコメンドには含まれませんが、私に提案があります!」

 二人の会話にエージェントが大声で割って入った。


「あなた方、お二人がお付き合いをされるという選択肢です!」

 二人は眼を丸くした。


「そうすれば、三組のカップル、仲良し六人組が成立します!」

 これまで、互いに男女として意識したことはなかった。


「ナツミ、どう?」

 リョウマがナツミの方に少し首を傾けて問いかけた。


「うん。以外となくもない」

 ナツミが少し恥ずかしそうに言った。


「エークセレント! これで日本の未来は明るいですね!」

 エージェントはまた立ち上がって手をたたいた。


「これで三組目のカップル成立! ご退席いただいて結構ですよ!」

 二人は、今までと異なる感情に戸惑いながら部屋をあとにした。


「成果は上々ですね!」


「次に行きますか。日本の明るい未来を作りに!」


 エージェントは小型携帯端末の画面でAIが示す次のターゲットを確認した。

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同じ高校に通う仲良しの男女6人組が突然、生徒指導部に呼び出されて、法律だからと言われて恋愛の事を問いただされました。 松本タケル @matu3980454

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