第二十二話 誰もいないこの世界で

 遠目にしても、そのキノコ雲は見えた。

 巻き上がる黒煙が見えたと同時に、湖にいるサクラとジンに衝撃波が容赦なく吹き付ける。

 一瞬で過ぎ去り、サクラとジンは改めてキノコ雲を見る。

 方角的に、先程までいた廃墟街と見て間違いない。

 二人は、この爆炎はツバキが起こしたものだと察し、表情に陰りを見せた。


「ツバキだな・・・。本気でやったようだな」


 ジンは呟く。ツバキのあの、最期のぎこちない笑顔が脳裏をよぎった。


「もう、終わった、のかな・・・。

 でも、姉さんが二人ともいなくなって・・・、ジンと私だけになっちゃった・・・」


 サクラはぽつりと言った。この僅か二日も経っていない時間で、状況が目まぐるしく変わった。

 クエルはジンを治す為に自身を犠牲にした。

 アザミはサクラ達を逃がす為に、自分の身体の崩壊を気にせず、オトギリソウの足止めをして自滅した。

 そしてツバキまで、サクラに“生きて”と伝えて来たような気がした。

 そしてツバキもいなくなった。

 サクラとジンの索敵レーダーに、DBA-01EとDBA-02Cの識別コードがLOSTと表示され、GA-XはMIAとなっている。

 あれだけの爆発なら、オトギリソウも無事ではないだろう。

 二人きりになった。

 しいて言えばマスターと呼ばれたIRT-044もいるが、特に触れるようなものでもないから、本当にずっと二人きりなのだろう、サクラはそう思うと無性に悲しくなった。


「もう何も気にしないでいい。お前の好きに、生きたらいい。俺はお前を守るだけだ」


 ジンは優し気にサクラの肩に手を置いた。




 それから本当に、何も問題は起こらなかった。

 サクラとジンは変わらず、近辺を徘徊するような目的のない散策を続けた。

 クエルが行っていた事を代わりにジンがするようになり、とにかくパーツ集め、と言った具合だった。

 サクラは当初、人間で言うショック状態にもなっていた事もあり終始無言だったが、ジンがサクラをレコードショップの廃墟に再度連れて行き、音楽の再生プレーヤーをわざわざ修理して、サクラに音楽を聴かせた。

 それでどうにか、徐々に面持ちは戻って来てていた。

 あれ程までに眩しかった笑顔は、陰りのあるものになっていた。

 これにはジンもさすがに、心を痛めた。

 しかし、サクラの好きな曲と言う“陽炎華”が流れると、物悲しいのにいい笑顔になるのには、心癒されていた。


 二人は余り会話をしなかったが、少しは心穏やかな時を過ごせていた。

 そして、考えるようになったのは、ジンはこの感情が何なのか、深く考えるようになっていた。

 ただ手間のかかる妹、のような感覚でいたが、クエル、アザミ、ツバキがいなくなってからは、やはりサクラに対しての見方が変化していた。

 クエルの情報体が自分の中にあるとは言え、プログラムされた“DBA-03Aの補助”という目的を超え、より人間らしい感情だと。

 途上で人間らしくなったクエルの父性とも違った、そして、仁加山正の時の記憶にもほとんどなかった感情であると気付いた。









 ジンは、サクラを愛し始めていた。









 ただ漠然と感情を抱いている雰囲気、と言う具合で、完全な自覚まではいかないでいた。人間だった頃の記憶でも、こうなるまで関係が深まった記憶はほとんどない。

 やはりサクラの笑顔は、惹きつける何かがあった。

 人間でないものが、最も人間らしい感情を曝け出していた。

 だが自分も最早、人間とは呼べない存在にもなっている。

 本当に愛したとしても、誰も咎めはしない。

 今のこの空気は少し歪ながら、いつもより更に、とても心地よくジンは感じていた。


 ある日、再び旧居住区に赴いた。

 この時、サクラは不思議な所作を行った。

 あの絵日記が置かれた場所で、手を合わせたのだ。

 慈しむ様に、目を瞑り、何か祈るように。

 これにジンは何をしてるのかと聞いたが、サクラはただ、「こうした方がいいのかと思って」と、答えただけだった。

 “弔い”を本能的に理解し始めて来たのだろうか。

 その所作はやはり他の場所でも行った。


 次に来たのは、旧オフィス街。

 とは言っても、陥没した大きなクレーターしかなく、あの荒涼とした雰囲気も何も残っていなかった。

 そこでも、サクラは手を合わせた。

 誰に対してだ、とジンは聞くと、サクラは迷いなくツバキと答えた。

 続いて訪れた、アザミと別れたあの空間。

 ケーブルだらけの気味の悪い場所。

 もちろん、アザミがそこにいた形跡は何も残っていなかった。

 そこでも、サクラは手を合わせた。

 ジンは、今度はアザミか、と問い、サクラは無言で頷いた。

 どうやら、サクラなりの別れ、と言ったところだろうか。


 それ以降は、サクラは泣く事なく、いつものあの屈託のない、眩しい笑顔に戻った。いや、悲しみを背負った分、より深みを与えたのだろうか。

 笑顔の奥行が以前とはまるで別物とも取れた。

 ジンは思った。

 この笑顔を最期、尽き果てるまで守りたい、と。






 商業区に、無造作に動く影がいた。

 人の形をとり、顔を上にだらしなく上げ、さならが屍人のような歩みで行く当てもなくさ迷い歩く影。

 オトギリソウだった。

 ツバキの最期の攻撃を直撃したものの、異常な耐久力で何とか耐えて見せたが、内部のプロセッサ類が同時にハッキングを受けたのか、とてもアンドロイドとは思えない、人間とも思えない得体の知れない存在に成り下がっていた。

 オトギリソウの顔はただ、狂気以外の何物でもない形容しがたい表情になっている。

 オトギリソウは、自分の視界領域に表示されているDestory DBA-03Aのアラートを常に見続け、索敵レーダーが壊れた中、闇雲に対象を探し歩いていた。

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