第二十一話 本当のあなたは思いやり
廃墟内の更に荒れた奥の部屋に、オトギリソウは投げ込まれていた。
予想以上のサクラの重い一撃に、怒りも感じていたが戸惑いの方が大きかった。
今まで守られていた事がどうにも解せなかったが、今になって何故ここまでの力を発揮できたのか。
これが最もわからない。
オトギリソウは自問自答している間に、ツバキも中に入って来た。
「随分様になったやられっぷりね」
嫌味たっぷりにツバキは挑発した。
ピンヒールの音をツカツカと鳴らし、堂々と臆せずオトギリソウに近づく。
「なんだ・・・、テメェは笑いに来ただけなのか。それなら失せろ」
苛立ちを覚えたのか、オトギリソウは歯軋りした。
サクラに一方的に甚振られたあの時の怒りがオトギリソウの中を駆け巡る。
自身のシステム内でも、アラートが木霊している。DBA-03Aを破壊せよ。ただそれだけのアラートが。
「いや、実はと言うとね、笑いに来ただけじゃないの。姉の借りを返さないとね」
そう言うとツバキは光る鞭の刃を発言させ、構えた。
「は!貴様どういうつもりだ?こちら側だっただろう?」
「いいや、マスターからはもう指示も何も貰ってないのよ。
好きにすればいい。
私はそうさせてもらう。
姉のアザミと一緒にね」
ツバキはにこやかに答え、光の鞭にスパークを走らせた。
「・・・DBA-01Eが貴様の中にいるのか。壊してやってもまだ抗うか!」
オトギリソウは立ち上がる。
何もかも気に入らない、そんな単純でどす黒い思考が纏わりつき、オトギリソウはすぐに跳躍、ツバキに殴りかかった。
「姉さん、いこう」
そう呟いたツバキは、光を振り回した。
ジンはサクラを抱え、廃墟都市から離れ始めていた。
向かっていたのは、サクラが特に好いていた湖。
戦闘で興奮状態のまま強制停止してしまった為、再起動した時にまた暴れないとは限らないので、落ち着けそうな場所で再起動しようと目指していた。
どうやらサクラ自身の身体は先程の戦闘で異様な熱を帯びており、サクラが触れている箇所から放熱の蒸気が現れている。
クエルに上書きされたジンのシステムに、DBA-03Aオーバーヒートと注意喚起のアラートが表示されており、湖についたジンは、サクラを湖のほとりで着水させた。触れた水面が一気に蒸気を帯び、沸騰音を立てる。
しばらくして一定の冷却を行えたのか、サクラは目を覚ました。
「は、ここは?!オトギリソウは!?」
濡れたサクラは派手に水しぶきを上げて起き上がり、周囲を見渡した。
周囲はジン以外誰もおらず、この世界の唯一の癒しだけがそこに広がっていた。
「無茶するなよ・・・。ヤツはツバキが仕留めると言っていた」
ジンは少し安心し、サクラが強制停止した後の事を話した。
やはり、ツバキがサクラを助けた、という事がどうにも信じられず、サクラは仕切りに何で?と繰り返し呟いた。
「それだけじゃない、アザミに頼まれた、と言うのもあるが、これを見ろ」
ジンはそう言って、サクラの手を握り、接続コードを再び繋げた。
同時に、サクラの視界に半透明の映像が流れる。
アザミが映っていた。
あの後、アザミはオトギリソウを牽制してサクラ達を逃がしたが、同時に自身の身体が耐えられなくなり、完全停止寸前になっている痛ましい姿だった。そしてアザミの最高の笑顔が映った時、サクラは再び泣いた。
この顔なら、サクラも喜んでくれるかな?
アザミがそう言った気がした。サクラは着水したままその場で泣き続けた。すると、
「お前に泣くなんて似合わない、アザミの最期の想い、笑顔で受け取ってやれよ」
ジンはサクラを抱きしめた。
「だが、今は泣け。どうしてもそうしたいなら今ここで泣ききってしまえ」
ジンの言葉に、サクラはこれまで以上の泣き声を上げた。湖にサクラの泣く声が響いていく。
ツバキとオトギリソウの戦闘は続いていた。
オトギリソウは苦戦していた。
自身のデータの中では、DBA-02Cは武器兵器の使用に特化したタイプと記されていた為、相応の戦闘を行おうとしていたが、アザミの能力まで付加されたのか、時折動作不良を起こしていた。
殴ろうとすると空を切ってツバキのピンヒールを顔面にぶつけられる。
蹴りを入れようとすればただ地面を踏みつけては光の鞭の容赦ない連打を喰らう。
一方的な状態が続いていた。
オトギリソウは実質、アンドロイド2体と同時に戦闘を行っている状況だった。
「DBA-01Eの能力かよ!小賢しい事しやがる!」
オトギリソウは思い通りにならず歯軋りが激しくなり、口元にスパークが走る。
「姉貴の想いは受け継がないとね。残された妹の義務だよ」
不敵に笑うツバキは、今度は光の鞭を複数発現させ、廃墟内の割れ目や突起にいくつかに、オトギリソウを包囲するように絡めていく。
そして出来上がったのは、オトギリソウを包囲した光の鞭の陣形。
そしてツバキの両目が、アザミと同じようにランダムな色に点滅した。
「サクラには戦いは似合わない。アタシだけで充分だよ」
ツバキは張り巡らせた陣形に、電流を流し込んだ。
オトギリソウの周囲に電気のうねりが現れ、オトギリソウに直撃した。
相当なエネルギー量なのか、オトギリソウの身体がとにかく痺れ、大いに仰け反った。それだけにあらず、機械にもかかわらず泡を吹いていた。
「せめて壊せなくても、サクラの元へは行かせない。ここで朽ちて」
ツバキは更に電流を強め、オトギリソウを起点にして爆炎が現れた。廃墟内が一気に爆ぜ、黒煙が周囲に舞い上がった。
無理をし過ぎたのか、ツバキは爆炎を直に喰らってしまったが、何とか動く事が出来た。光の鞭の陣形は解除されたが、これでオトギリソウが動くのなら手段は限られてくる。
「やってくれたなぁあっぁぁ!!!」
叫びのような、慟哭のようなオトギリソウの声が反響した。
瓦礫を乱暴にぶちまけ、ボロボロのオトギリソウが現れる。
原型はあるが、全身にスパークが走っており、相応のダメージを受けているのが見て取れる。
しかし、ところどころにイヤな変化があった。
あの真っ黒な三白眼が本当にただの真っ黒な眼球となり、顔中に紋様のようなラインが走っている。
ラインは赤く発光しており、何らかの暴走なのか真っ黒な目からは赤い液体が流れている。人間で例えるなら、発狂した、というところが妥当であろうか。
「やっぱり大人しく壊れちゃくれないねえ」
呆れ気味に、どこか諦めたかのような、決めたような深い溜め息をして、ツバキは再び構えた。
「姉貴、アタシもいくよ。サクラには、ちゃんと伝えたよ」
ツバキは構えた。
見た事のある動作の為、すぐに再現できた。
アザミが見せた、あの自爆攻撃だった。
両手の掌に光弾を収束させ、全身に過剰なエネルギーを巻き起こす。
同時に、オトギリソウはツバキに飛び掛かった。
かつてオフィス街だった廃墟に、巨大なキノコ雲が発生した。
周囲は薙ぎ倒され、クレーターが一つだけ残された、荒れた地だけが残った。
マスターはただ一人、闇の部屋の中で変わらず自問自答をしていたが、状況が変わった。
アンドロイド達の動きが一層激しくなり、この数時間、マスターはずっと見ていた。
それぞれのシグナルを見ると、DBA-01Eは四時間程前にロスト、今このタイミングで、DBA-02Cもロストした。
GA-Xは識別不能状態となり、MIA-subと表記されていた。
随分離れた位置に、DBA-03AとCYBORGのシグナルがあるのを見て確認。
マスターは黙々と、この様子を眺めていた。
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