第十三話 姉妹の決別

 目前だった。

 施設内に入り、もうすぐ凍結カプセルのある部屋に辿り着く直前、真っ白な回廊で、サクラたちはツバキとオトギリソウに出くわした。

 クエルの索敵では、まだ距離が十分に離れていた筈で、それでも追い付かれる可能性を考慮して全員、全力で走っていた。

 にも拘らず、先回りされていた。

 どれ程の速度で追い抜き、待てる程の余裕を持っていたのだろうか。


「やあやあ、初めましてだね、DBA-03A!

 こちらはGA-X、オトギリソウとでも呼んでくれ」


 狂気染みた笑みを浮かべ、オトギリソウは仰々しく挨拶をした。

 サクラの背後にいたアザミはびくついてサクラの後ろに隠れる。

 サクラも、このオトギリソウの底知れない闇深さを感じ、さすがに後ずさりした。


「けっ、そこのねーちゃんの宣言通り、ホントに来やがったな。

 簡単にやれると思うなよ」


 ジンが凄みのある声で唸り、徒手の構えを取った。


「おお、君がDBA-03Aと一緒に行動しているサイボーグかい?

 人間でもなく機械にもなり切れない存在を見たのは初めてだよ。

 どんな気持ち?

 ねえ、人間ですらもなくなって、機械にもなれないってどんな気持ち?」


 オトギリソウは目線をジンに変え、これでもかと挑発する。

 ツバキもこのオトギリソウの発言に、十二分に顔を歪めていた。


「君とも遊んでみたいけど、まずはDBA-03Aが先だよ。

 だから、終わった後構っててあげるから待っててね」


 オトギリソウのこの一言に、ジンは声を張り上げた。


「この俺を前にしていい度胸だな、構うんだったら先に構ってくれよ。

 俺は待てない性分なんでな!」


 ジンは叫びと同時に跳躍。

 瞬で詰めてオトギリソウに殴りかかる。

 本気で壊しにかかるつもりだったのか、ジンの右拳に青い電気が走っている。

 不意を突かれたオトギリソウは咄嗟に両手で受け止めていたが、顔から歪んだ笑みが消えないどころか一層深くなった。


「わかったよ、徹底的に遊んであげるよ!」


 僅か十秒程の流れ。

 ジンの殴りの嵐。

 対して全て受け流すオトギリソウ。

 ジンの蹴りを見舞ってオトギリソウは瞬で躱す。

 逃さずジンの膝蹴り。

 同時にしゃがんだ無理な体勢から不安定に蹴りを繰り出すオトギリソウ。

 腹に受ける直前にジンは肘でガード。

 すかさずオトギリソウは雑な殴りかかりで、壁をえぐりながらジンに拳をぶつける。


 全て見えていたものの、サクラは圧倒されていた。

 口は悪いが、常に静かに見守ってくれていた、優しいジン。

 こんな凄い事が出来たとは・・・。


「いいねえ、いいねえ!!」


 攻撃を緩めないオトギリソウは、狂笑する。

 このような流れの繰り返しを数分程続いた時、ジンが防戦一方になり出した。

 かろうじて直撃は受けていないが、攻撃を止めるので精一杯になっている。


「お前は何もしなくていい!!任せろ!!」


 サクラが助太刀しようと動こうとした事が目につき、ジンはオトギリソウに向いたまま一喝。


「クエル!別のルートでもいいから、とにかくコイツらを逃がせ!」


 ジンに言われ、クエルは返事しなかったが、サクラの肩に触れ、行くぞと促す。ところが、

「アタシを忘れてもらっちゃ困るね」


 少し疲弊したツバキがサクラの後ろを取っていた。


「言ったよね。許さないって」


 そう言ってツバキは腰巻につけていたスティック状の物体を手に取り、刃先を生成させた。どうやら光学剣のようである。


「あなたは、何で無理してるの?」


 サクラに不意に問われ、ツバキはびくついた。


「アナタは、本当はこうしたい筈じゃない。アザミもよくわかってるよ」


「うるさい!何も言うな!!」


 ツバキは狼狽し、手にした光学剣を乱雑に振り乱した。

 光の刃先が突如伸び、鞭のようにしなりはじめ、サクラの周囲を薙いだ。


 サクラは避けもせず、更に自分にしがみ付くアザミを守りつつ、微動だにせず鞭の刃を右手のみで全て払い除けた。

 サクラは物悲しい貌をした。


「やめろ!そんな顔をするな!!するなーー!!」


 憐れまれていると思ったのか、ツバキは更に取り乱してまた鞭撃する。

 しかし、

「これ以上は、・・・アナタが悲しいだけ」


 サクラは未だ動かず、触れずして、右手を翳すだけでツバキの鞭撃を止めた。

 光の刃先はサクラの右手の手前で止まり、無理に動かそうとして小刻みに震えるが、何らかの拘束する力が働いているのだろうか、全く刃先が離れる事はない。


「やっぱりいけ好かないねえ・・・、その澄ました貌がムカつくんだよ!」


 ツバキは力いっぱい振り上げ、刃先の拘束を強引に解いた。

 光の刃先が床面に衝突して爆ぜ、足元に土煙が立ち込める。


「その貌も!その声も!!その力も!!全てが憎いんだよ」


「ホントにそうなの?ツバキ姉さん?」


 すると、サクラの傍で震えて黙っていたアザミが、おそるおそる聞いた。


「ツバキ姉さん、あなたは、サクラが、本当は愛おしくて仕方ない筈。

 本当のアナタは、気高く美しく、でも寂しがりで、誰にも優しい。

 でもサクラを憎むべき無理にプログラミングされて、プログラムに逆らえない。

 でもサクラは愛おしくて仕方ない。・・・そうでしょ?」


 か細く、か弱く問いかけるアザミの問いただしに、ツバキは固まる。

 アザミはサクラから離れ、ツバキに近づく。


「それでもサクラを壊すというなら、アナタは私の姉妹でも何でも、ない」


 突然キッと目線を上げ、アザミの瞳の色が変換された。右の瞳は赤、左の瞳は蒼。何かをしようとしている。


「アザミ!お前アレを使うつもりか!!?」


 驚愕したツバキ。堪らず姿勢を崩す。


「サクラをイジメるものは皆、許さない」


 アザミは両手を軽く広げ、身体から紫色の靄のような何かを発生させる。

 相当にエネルギー量があるのか、靄にはスパークが走っている。

 異変に気付いたジンとオトギリソウは、互いに殴り合っていた手を止めた。


「おお、DBA-01E。意外な隠し玉持ってたんじゃないの、面白いねえ」


 オトギリソウは愉悦の表情を更に深める。

 おもちゃを更に増やされて喜ぶ子供ような表情、無垢な笑顔とも取れる。


「アザミ、周りを巻き込むつもりか。それを発動すればサクラもジンも壊れるぞ」


 クエルは冷静に静止に入った。

 どういうものなのか、クエルはどうも理解している風でもあった。


「私はあなた達の長姉。人間で言うなら、妹は姉の言う事を聞くものでしょ?」


 アザミは構わず広げた両手にそれぞれ、何かの力を集めている。

 全身に走っていたスパークが掌に集中しており、手に稲妻がまとわりついている。


「私は最初に言った。サクラと仲良くしたいと。

 止めるなら、排除するまで。

 ツバキ、さようなら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る