第十二話 意識する罪、意識する恨み。

 倒れてから3時間程で、アザミは再起動した。

 先程の狼狽ぶりが嘘のように、いつもの無表情な、でもどこか白けているような表情に戻っている。

 とにかく目覚めてよかった、とサクラは喜んでいたが、ジンはどうにも警戒心を解けずにいた。

 あれ程攻撃的に接触して来たツバキと行動を共にしていた存在。

 警戒を解かない理由はない。

 そして、アザミはこれまでの経緯を、簡潔に伝えた。

 自身の背後にいるマスターの存在、マスターの“お願い”でもう一体のアンドロイドが再起動された事、そのアンドロイドはとてつもなく不気味で、ツバキ以上に攻撃的な存在である事、態勢が整ったらサクラ達を襲撃する事を。


「徹底的にやるタイプか。そいつはいただけねえな」


 ジンは溜め息をついた。


「ツバキってヤツでも相当に面倒そうなのに、それ以上に攻撃的とか、始末に負えねえ」


「あの感じ、ホントにダメだった。同じ部屋にいるだけでも怖い」


 少し思い出したようで、アザミは少しながら震えた。


「でも、無事だから良かったよ」


 サクラは落ち着かせるように、アザミの小刻みに震える手を自身の手で包んだ。


「もう逃げなくても、私達が守れるからね」


 サクラの笑顔に緊張の糸が切れたのか、アザミはワナワナと震え、大いに泣き出した。ジンもこの光景に、先程のサクラの行動を思い返して何故か和んでいた。


「再起動してから一日経過しているなら、おそらくもうヤツは行動を開始しているだろう。アザミが起きたのなら、移動するか迎撃するか、決める必要がある」


 クエルの提案に、一気に空気が締まる。

 ジンは変わらずの構えだったが、サクラは笑顔を消し、凛とした表情になる。


「戦わなくて済む・・・、わけないよね?」


 サクラは決然とした表情ながら、弱々しく聞いた。


「アザミの言う通りなら、ツバキに可能性はあっても、GA-Xに関しては、それは一切期待するな」


 クエルは断言した。サクラはこの断言に意外な顔をした。

 クエルに回答を求めると、クエル自身は機械の割に、他の可能性があるなど含みを持たせた回答を常に行っていた。

 サクラの質問が抽象的だった事もあるだろうが、今まで断言しきった事はなかった。そのクエルが、最悪の内容での断言を行った。


「クエルの言う通りだな。サクラ・・・、花言葉の本、まだ持ってるよな?」


 同意したジンは、サクラに本を見るよう促した。サクラは本屋の廃墟で、ジンに渡された花言葉の本を気に入り、モールで拾った小ぶりのカバンの中に携行していた。

 取り出したサクラは、弟切草のページを開く。

 暇があれば読んでいたので、すぐに開く事が出来たが、そのページはサクラが苦手としていたページでもあった。


 弟切草、花言葉は迷信、敵意、秘密、恨み。迷信はさて置いても、後の3つにマイナスのイメージを持っていた。

 黒い言葉の羅列。これだけでも気分が暗くなるのに、花言葉の由来もまた、血黒い内容でもあった。

 太古の時代、兄弟の鷹匠の話。弟が門外不出の、鷹の治療に用いる秘薬の秘伝を、恋した女に伝えてしまい、その事に激怒した兄が弟を斬り殺し、嘆いた女は自ら命を絶った。今咲く弟切草に現れる黒い斑点は、弟の返り血を浴びたから。

 無残な物語である。

 そのページを再び見て、サクラは呟く。


「弟切草、花言葉は恨み。意味はまだよくわからないけど、イヤな感じがする」


 サクラの顔はしかめっ面になっていた。


「そう、お前らアンドロイドにそれぞれ、コードネームがついているが、そのコードネームが今のところ全てが花。

 そして、お前らの行動原理、性格がおおよそだが花言葉そのものになっている。

 そうなると、GA-X、もといオトギリソウは行動原理や性格に平和的なものを求められない」


 ジンは見解を述べた。

 クエルと意見は一致していた。と同時に、ジンは歯がゆい思いもしていた。

 究極兵器として造られたサクラに、穏やかに過ごしてもらおうと思っていたのに、戦いから避けられない。


「一旦、お前らは身を隠せ」


 一寸の沈黙を破ったのは、クエルだった。


「サクラはいつものごとく、基本的には争わない。

 ジンはサクラの意思を尊重しつつ、身体がまだ本調子ではないからいざという時の為に大事を取っておきたい。と言う事でいいな?」 


 クエルの指摘、指示にサクラとジンは固まった。

 指示を受けるのみの機械が、二人の事を考えて最前の選択を勧めて来たのだ。


「そうだな・・・、そうしてもらえるとありがたい。何かあった時に戦えないと」


 ジンはたどたどしく、クエルに同意した。


「でも、身を隠すったって、どうやって?」


 サクラの質問。全員が機械である為、もちろん微細な駆動音や発する電波、保有する熱源ばかりは隠しようがない。


「サクラを再び、敢えて凍結する事も視野に入れた方がいいだろう。

 凍結カプセルは一度入ると如何なる衝撃にも耐える構造だから、入ってしまえばヤツらも何も出来ない」


 クエルは答えるが、サクラは否定した。


「ちょっと待って、それだと私だけしか助からないじゃない!

 クエルは?ジンは?アザミもどうするの!?」


「アザミも専用の凍結カプセルがある筈だから、彼女も問題はないと思ってもいい。

 ジンは賭けになるが、本調子さえ戻ればGA-Xとの戦闘でもそう簡単に損傷する事はないだろう。

 俺はいくらでも逃げ回れる。

 お前の指示は基本、絶対であるとプログラミングされている。

 どうせお前の事だから、死ぬな、とでも言いたいんだろ?」


 クエルはいつもと変わらず淡々と告げた。

 しかしどこかしら、浮遊する動作がいつもと違い小刻みに揺れていた。




 思しき場所に、ツバキとオトギリソウは到着した。

 空はどんよりとして暗くなり始めており、夜が訪れようとしていた。


「いないようだな。さっき言ってた索敵結果は間違いなかったのか?」


 オトギリソウはにやにやとツバキをなじる。

 移動中でもオトギリソウはツバキに対して必要以上になじり、ツバキをイラつかせていた。


「は、そりゃ移動ぐらいするさね!」


 ツバキは噛みつき返した。

 これまでオトギリソウに毒を吐かれ続けてイラつきが止まらず、ずっと歯ぎしりをしている。


「まあいい、あいつらはどうやら身を隠すみたいだぞ、ここからDBA-03Aが眠っていた場所に向かってるようだ」


 オトギリソウは特に慌てる事無く、その“眠っていた場所”の方角を向いて伝える。まだ意地の悪いニヤニヤ顔を浮かべたままである。


「アンタ、知っててわざと言わなかったのね」


 怒りに顔を歪めるツバキ。


「いやあ、恨みを晴らすのに呆気なく終わらせるのは面白くないだろ?

 ジワジワ追って、追って、壊してあげないと」


 オトギリソウは愉悦に浸り、歪んだ笑顔が一層引きつった。

 これには思わずツバキも少し引いた。


「自分が生み出されてすぐに眠らされた間、かなり悩んだ。

 見た目も何なのか、お前たちに比べてまるで特徴がない。

 ただ壊す為だけに生まれたのに、すぐに眠らされた。

 聞いているぞ、DBA-03Aが原因だってねぇ。

 存在意義まで潰してくれて、ずっと無意味に眠らされて。

 目覚めたと思ったら自分が存在意義を捨てて人間らしく?

 笑わせてくれるよホントに!!」


 オトギリソウの高らかな、狂った笑い声が反芻した。


 追えばすぐに捉えられる時間はあったのに、オトギリソウはわざとここで二時間近く、一人でサクラに対する恨み言を嗤いながら叫んでいた。

 この間、ツバキはオトギリソウを無視していた。

 別に考えていた事があったのだ。


 自分にも、サクラに対する憎しみがあった。

 だが、オトギリソウも同じ事を言っている。

 私はコイツと同類なのか?いや、違う。

 自分には決定的に違う何かがある。だけど、それがわからない。

 ツバキはサクラに対して、どう思えばいいのかわからなくなっていた。

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