第十一話 黒

 アザミはようやく落ち着き、小さく寝息を立てていた。

 休眠モードがようやく安定したようだ。

 サクラは落ち着かせるように、アザミの頭を撫でていた。


「どうやら落ち着いたみたいだが、例のアンドロイドの型式番号を言った途端だったな。ソイツに何か原因があるのか?」


 ジンは考え込む。

 端々の会話を思い出しても、思い当たるのはクエルが言ったGA-Xと言う言葉としか考えられなかった。


「どのように作用したかはわからないが、アザミの身体機能を著しく混乱させる原因なのは間違いないだろう。今アザミは深い休眠モードに入っているから、名前を挙げても問題はない。そのGA-Xだが、」


 クエルは突然会話を止めた。何か異常を来したらしく、クエルの身体から白い煙が細く立ち上った。


「クエル!大丈夫!?」


 サクラが叫んだ。


「いや、今GA-Xの情報を開こうとしたんだが、厳重なプロテクトがかけられていて無理に突破したからコチラがダメージを負っただけだ。特に問題はない」


 クエルは冷静に返答するが、反して身体から立ち上る煙はとても大丈夫そうに見えない。


「今オープンソースの状態で閲覧しながら話していたからだろうが、一旦閉じる。

 先に分かった事だけを伝える。

 GA-Xはお前達アンドロイドの中でも最後に開発された最終試験型だ。

 徹底的な殲滅能力を持っていて、命令完遂まで徹底的な破壊行為を行う、今までになかった殲滅特化型だ。

 コードネームはオトギリソウ。特徴としては人間の形をしているが、人間によくある性別の特徴を一切有していない」


「性別の特徴が一切ない?どんな姿なんだよ」


 ジンが顔を顰める。ジン自身も、今までの記憶の中でも、それ程人であって人でないような人間には会った事がなかった。


「開発の着想元はどうやら本来、人間ではないようだ。

 古い時は西暦2200年代に起きた、“関東大獣災”と呼ばれる災害に一瞬だけ出現した“人ならざるもの”だそうだ。

 それは当然意思疎通は不可能で、こちらから殲滅する方法が皆無に等しいうえに、それからの一方的な干渉が可能、分かりやすく言えば一方的に相手を甚振って虐殺する生命体だ」


「随分無茶苦茶なヤローだな。

 それって昔聞いた事あったが、俺は直接見た事ないぞ・・・。

 いや、あったか?くそったれ、イヤな事を思い出しちまった」


 クエルの説明にジンは何かに気付き、顔を顰めた。苦虫を嚙み潰したような顔そのものだった。


「イヤな事?」


 サクラの問いに、ジンは答えるべきか迷った。関係ないようで実は関係があった話。要点を伝えればいいか。


「俺がこんな人生になった最初の原因で、随分昔に壊滅したある組織があったんだが、ソイツらが作り出した生体兵器そっくりだと思ってな。

 開発の中心人物は、出来上がった時に“呼び出せた!”ってよくわからねえ事を言ってたが。その兵器自体もそこまで大きな力はなかったが、人間を虐殺する、というのは共通点だな」


 ジンの告白に、サクラの顔から血の気が引いていた。


「その・・・、GA-Xは、オトギリソウはそんなひどいような機械で、私達と同じ・・・?」


 ショックに打ちひしがれるサクラ。

 アザミは理解し合えそうであり、ツバキは攻撃的ながらも、どこか本質は異なっているようにも思えて希望を感じられる。

 だが、このオトギリソウは一線を画している。

 理解し合えないとか、そんな次元ではないように感じていた。


「同じ、とはまた違うかも知れない。詳しい開発経緯は特にプロテクトがかかっていて、これ以上調べようとすれば俺が自壊する。

 だから必要情報のみになってしまうが、サクラ。お前とGA-Xは違うぞ。

 ツバキなら何とでもなりそうだが、GA-Xは完全に排除対象だ」


 クエルは淡々と、しかし決然として答えた。


「それならやる事は決まってくるな。とりあえずは、そいつがもし襲ってきたら、徹底抗戦、でいいのか?」


 ジンはこれまでに見せなかった、少し凶暴な笑みを浮かべた。


「ああ、そうしてサクラを守ってくれ。後、お前にその表情は不釣り合いだ。やめておいたほうがいい」


 クエルに指摘され、ジンは面食らった。安らぎは好んでいて、ずっと望んでいたが、やはり戦いが決まるとその時の感情が身体を支配するのだろう。


「うん、あくまでもオトギリソウが襲ってくるなら、だからね。

 もう自分から戦わなくて良いんだよ」


 続いてサクラも指摘する。と言うより、諭している。

 これにジンは思わず失笑した。


「ははは、今まで会って来たヤツらに、今の俺の状況を見せてやりたいよ。

 びっくりしてちびるヤツがいるかもしれねえ」





「どう言う事だい!アタシにアザミまで始末しろって!」


 ツバキは激昂していた。


「貴様ハ我ノ指示デ動イテイレバ良イ。

 モウあざみハコチラニハ戻ッテコナイダロウ。

 必要ノナイ存在ニナッタ」


 マスターは冷たく一蹴した。しかし、少し震えながらでもツバキは抵抗する。


「アタシの姉妹なんだよ?壊し合う必要はないだろ!?」


 ツバキの反論に、マスターはこれまでと違う声色でツバキに語り掛けた。


「はあ、貴様、何を勘違いしてるのかわからないが、貴様のコントロール権も我が握っている事を忘れるなよ」


 すると、マスターがそう言うと、闇から初めて、ツバキの目の前に腕組をしながら姿を現した。

 しかし、以前ツバキが瞬間的に見た、禍々しい機械の姿ではなかった。

 相当に身長が低い、少年のような小柄な男だった。

 全身はまさしく黒ずくめで、プロテクターのようなものを全身に張り合わせている。髪も黒で、それ以外の色は肌と思しき部分のみにしか見当たらない。

 更に、何より目についたのは、その男の目。

 GA-Xと同じような、眼球と瞳孔に色の境目がなく、真っ黒い球が眼窩の中に入り込んでいる、という違和感のある顔立ちだった。

 ただGA-Xと違い、眼球の中心に光る瞳孔の色がない。

 黒一色である。どこに視線が向いているかわからないような、不気味な雰囲気を纏っている。そして、ツバキと目線を合わせる為なのか、常に行っている行動だろうか、床面から50センチ程浮遊していた。


「貴様の記憶情報の中にも、我のデータ“IRT-044”が入っているから、我の言う事に逆らえない事は明白なはずだ。DBA-02Cよ」


 ホバリングのように浮遊しながら近づくマスター。


「それに貴様も面白い特性を備えているから、尚の事逆らえない筈だ。

 “死ぬのが怖い臆病者”」


 マスターに指摘され、冷や汗をかきながら、無言でツバキは床面に伏せた。

 過呼吸のような動作も起こしている。


「今のその思考、忘れるな。

 それに、一々この姿にさせるな、エネルギーをかなり使い込む」


 マスターは流暢かつ冷徹に言い放ち、姿をフェードアウトさせた。


「マズハ貴様ガ先ニ接触セヨ。努々忘レルナ」


 再び無機質な声に戻ったマスターの声が部屋に反芻した。

 そして、部屋に別の何かが入って来た。

 性別の特徴を備えていない、冷徹な空気を纏った黒しかない眼球。

 オトギリソウだった。


「こちらも動けそうだ。もう動いてもいいのか?」


 男とも女とも区別のつかない中性的な、乾いた声でオトギリソウが問う。


「アア、存分ニ暴レテ来イ」






 部屋を出たツバキとオトギリソウは、迷いなく外へ出た。


「どこにいるのかわかっているのか?DBA-02C」


 オトギリソウが問う。


「わかっているわ。ここから走っても5時間40分かかる距離になるわ」


 ツバキは何とか落ち着きを取り戻したようだが、どうにも冷や汗が止まらない。


「あのよくわからん機械に、お前は逆らえないみたいだな」


 オトギリソウが意地悪な笑みを浮かべた。

 起動してから先程まで一切表情を見せなかったそれに、ツバキは悪意の塊のように感じた。


「ふん・・・、目的が一致しているから従ってるだけよ」


 ツバキは吐き捨ててオトギリソウを一瞥する。

 どうにもツバキにとっても、苦手な分類になるようである。


「まあいいだろう。お前もDBA-03Aの破壊を狙っているようだが、アレは譲ってもらうよ。お前はあの仏頂面を壊せばいい」


 オトギリソウに言われ、ツバキはカチンとくるものを感じた。

 アザミの事を言ったのだ。


「アイツの事を言うんじゃないよ!・・・言われなくても」


 ツバキは複雑そうに顔を歪めた。

 そしてお互いに無言で跳躍し、サクラ達がいるであろう方向に向かって高速で駆け出した。

 珍しく空は、何故だか晴れかかっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る