第七話 唯一の安らぎの場

 サクラたちはレコード屋を離れ、そもそも街を離れてみた。

 郊外になると、もはや廃墟すらも原型を留めておらず、土塊や瓦礫程度のものが点在する、荒涼たる大地になっていた。

 見渡せど灰色の空と薄汚れた大地のみ。

 ここら一帯を二、三日彷徨った。

 サクラと神は身体の構造上、睡眠を必要としており、夜になると眠りにつくが、食事自体は必要がない為、一日の大半はただ歩き尽くす、と言った具合で本来なら退屈を通り越えて苦痛になる散策である。

 だが、サクラは目に映るもの全てに興味を示したので、ジンはほぼ退屈を感じなかった。

 クエルは特に気にしていないようだったが、ここでも何かしら変わった動きを見せている。どうにも落ち着きなく浮遊しているのだ。


 三日目の夕方に、やっと違う場所に辿り着いた。

 そこは、これまでの荒れていたり、瓦礫や土塊しかないような荒んだ場所ではなく、小振りな湖があり、周囲にこれもまた小振りながら木が何本か生えていた。

 木々の枝をよく見ると、葉を少しだけつけており、それより小さな瘤のような何かが枝のあちこちにくっついている。


「何か違うところに来たね!ここは何なの?」


 もちろん例に漏れず、サクラは非常に関心を示した。


「水があるこの一帯を湖、周囲のただ立っているのは木だ。規模で言えば林と言った具合だな」


 クエルが答えた。相変わらずの無表情な返しである。


「滅んでもこういうのが残ってるのはいい事だな」


 ジンはここでもまた懐かしむような表情をする。


「こういう、人の手が加わっていない場所、集まり、状態を自然と言っていた。今のこの世界では貴重な存在だ」


 ジンの詳しい説明に、サクラは湖を見渡して爛々と目を輝かせた。


「起きた場所よりここが好き!」


 あどけなくサクラは笑ってみせた。これがちゃんとした環境なら、どれ程綺麗な光景わわ拝めた事か。ジンは少し悔しがった。


「今で感激してるなら、花が咲いたらもうそれどころじゃないぞ」


 ジンがそう言うと、サクラは目を丸くした。


「花が咲く?今よりもっと綺麗になるの!?」


「おそらく、湖の周辺に生えている木で、何故か水際に生えている大半の木が桜の木だな。本屋で見た写真の花を直接見られるぞ」


 ジンは優しげに答えた。サクラはとにかく感激で、ここに来てから終始笑顔である。よく見てみる為なのか、手近の桜の木に一人で走って行った。


「ほんとにあいつがロボットとは思えねえよ。今までいろんな人間や、そうでないやつとも会ってきたが、あれ程人間らしいと思えたヤツ見た事がない」


 ジンが独白すると、クエルが答えてきた。


「サクラを開発した担当者の一人が、開発開始する前に娘を失った、とある。おそらくだが、その開発者は感情機構の担当をしたそうだから、死んだ娘に似せたのかも知れない」


 クエルの答え方に、ジンはいつも以上に当惑した。

 今までなら人間臭いで片付けれたが、今回のクエルの答え方は今までと明らかに違った。

 器が違うだけで、クエルという"人格"、または"意識"が目の前にいる。サクラからの影響なのだろうか。


「お前、随分変わったな。人間臭いとかそんなレベルじゃねえぞ」


 ジンはクエルに言葉で突っ込む。

 これにクエルは特に反応せず「そうか?」とだけ答えてきた。


「それだよそれ、ホントに人間と喋ってるとしか思えない。お前もある意味人間になってきてるよ」


 ジンは実は少し、内心喜んでいた。

 孤独な人生を歩み、知る者は皆死に、一人残されて更に孤独になった事により、ジンはいつの時からか、人を求めていたようだ。

 辿り着いた答えが、まさかの機械という事実も皮肉ではあったが、そんな事すらジンにとっては問題ではなかった。


「これが咲くの!?」


 桜の木を見に行ったサクラが、ジンとクエルに呼びかけた。


「そうだ、今の状態を蕾と言って、そこまで育ってるなら近々咲くだろう。

 ただ、本来より余り咲かないかも知れないが、何年かしたらこの一帯が桜の花で埋め尽くされると思う」







 その頃、ツバキとアザミはまだ待機していた。一週間待たされる事に、ツバキはロボットらしくなく苛立ちを募らせていた。


「明日にはもう動く。もう待ってらんない」


 ツバキは苛立ち、履いているヒールのピンを仕切に鳴らす。


「マスターは待機するように、と言う命令。逆らってはいけない」


 間髪入れずに、アザミは嗜める。隣で正座しているが、本当に微動だにしていない。


「アンタはホントにマスター様様だね!一体何考えてんだか」


 ツバキは侮蔑の視線をアザミに投げかける。ところが、


「私もちゃんと、マスターの意思以外で考えている事ある。あのサクラと、・・・仲良くなりたい」


 感情を表に出していないが、アザミは予想外な事を口にした。ツバキの表情が侮蔑から憤怒に変わる。


「お前、今何て言った!?」


 ツバキは正座するアザミの髪を鷲掴みにして顔を強引に自分に向ける。掴まれたアザミは全く動じず、表情を一切変えない。


「サクラも、私達と同じ仲間。争う理由ない」


「その仲間であるアイツのせいで!お前も私も眠らされたんだぞ!作るだけ作って、放ったらかしにしたヤツらも許せんけど、アイツ何かもっと許せない!」


「それは人間で言うところの、ただの逆恨み。ホントは、ツバキ姉さんは、誰よりも彼女の事を大事に思ってる」


 アザミの指摘に、ツバキは目を丸くして、頭を掴んだ手を緩めた。

 アザミはクシャクシャになった碧髪をサッと手櫛し、すぐに微動だにしない正座に戻った。


「ホントはツバキ姉さんも、サクラと仲良くしたい。だけど、私達を作った人達への怒り、憎しみをどこに向けたらいいのかわからないだけ」


 アザミは片言ながら、ツバキに指摘の連続を続ける。

 これにツバキは何かを喪失したのか、力なくよろける。

 それから無言となり、アザミと会話をする事なく一時間ぐらい経過してから、闇から声がかかる。


「オ前達、ヒトツ頼マレ事ヲ聞イテ欲シイ」


 マスターが二人に問いかけた。


「GA-Xヲ起動サセテ欲シイ」


 これに真っ先に反発したのは、まさかのアザミだった。


「マスター、私反対です。アレは扱えない。マスターの命令聞かない」


 アザミが反発した事にツバキは驚いたが、状況がいまいち理解出来ず、ただ黙って静観した。


「あざみガ我ノ頼ミ事ニ反対トハ、面白ソウダ。心配ニハ及バナイ。我ノ言ウ事ニあやつハ素直ニ同意スルダロウ」



 ツバキとアザミは、格納庫に移動していた。

 ただ、格納庫とは言いつつ、何かが納められてるであろう金属製の箱一つしかなく、その箱にケーブルやボンベ、チューブなどがびっしりと接続されている。

 マスターのいた暗闇の部屋以上に有機感があり、もはや生物の体内とも言える様相である。


「コイツを起動させろって、アンタかなり反対してたみたいだけど、そんなに危ないのか?」


 ツバキの問いに、アザミは珍しく顔を青くさせていた。

 無言ながら忙しなく頷く。


「コレは、私達と同じようで同じじゃない。

 わかっている情報は型式番号のGA-X、コードネームはオトギリソウ。

 見た目も私達やあの時いたサイボーグとも何か違うよ」


 アザミは怯えていた。そのオトギリソウと呼ばれる何かは、余程触れたくないモノであったらしい。


「そんなヤツをマスターは手懐けれる、と?アンタが嫌がるのは相当なもんだから、起動させたら敵になる、何てことはないよな?」


 ツバキは思った事を口にしたものの、内心では実現して欲しくない内容であった。

 アザミが拒絶するし、マスターが最後に言った言葉も引っかかっていた。


 我ノ言ウ事ニあやつハ素直ニ同意スルダロウ


 服従させる、さもなくば破壊しろ、と言うタイプなのに、さもこちら側につく事が前提の物言いであった事にツバキも恐怖していた。


 そして、ただ室内にいただけなのに、何の操作も行われず、金属製の箱が一人でに開かれた。中から白い蒸気が一気に溢れ出る。


 中に居たのは、やはりアンドロイドだった。

 ただ、何かが違う。ツバキは、アザミが言った言葉を理解した。

 そのアンドロイドは全裸で格納されていた為、その歪さがよくわかった。

 人間の性別的特徴を一切備えていなかった。

 男性器も、胸の乳房も何もない、ただ人の形を象ったもの。

 顔立ちも性別の見分けがつきにくく、正真正銘の中性とも言える。

 眠っている顔からは感情らしきものは微塵も感じられず、ただ一言。


 冷たい、に限った。


 しかし、箱が開いたものの、アンドロイドは目を覚ます気配がない。


「これで、いいのか?」


 ツバキはぶっきらぼうに呟いた。

 アザミはまだ怯えた目をしている。すると、背後からマスターの声がした。


「ヨクヤッテクレタ。後ハそやつガ目覚メルノヲ待ツダケダ。終ワリダ。

 下ガッテ良シ。後ハ我ガ引キ受ケヨウ」





 夕方になっても、サクラ達は湖にいた。サクラはクエルと共に、飽きもなく水打ちの周辺を隈なく調べ回している。

 ジンはひたすらただ待っていた。ただ、特に退屈には思っておらず、むしろその光景を見て和んでいた。

 そしてジンは、レコード屋で聴かされたサクラが歌っていた時の事を思い出した。ジンは、こう思うようになった。

 どこまで人間らしくなるのか、見てみたい


 そのささやかなジンのねがいは、遂に叶う事はなかった。

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