第八話 離反
それは目覚めた。
それは箱から一人、暗闇にゆっくりと出た。
人の形を象っているが、性別の概念のない、のっぺりとした身体をしている。
更に、頭髪以外に全身に体毛と言えるものは全くなく、両性共通にある乳首すらもない。
ただ、人間としての生存に必要な部位のみが存在する、奇抜な身体だった。
それは自身の全身をくまなく見まわし、何かを確認している。
その時、声がした。
「GA-Xヨ、目覚メタカ」
無機質な声が響く。マスターだった。
「自分を起こしたのは、お前か」
冷たく、それは答えた。
声色は男とも女とも取れるような、正真正銘の中性。
髪も漆黒のミディアムショート、と言った具合で、遠目でも男か女か判別がつかない。だが、目だけが人のそれを逸脱していた。
目に意思と言ったものを持つことを拒否した眼差しで、見据えるだけで絶対零度の感覚が通る冷ややかな雰囲気に、虹彩と眼球の違いがない。
真っ黒な眼球に白い点のような瞳孔が鈍く光る。
眼球自体にも灰色見を帯びた黒い血管のようなものが盛り上がっており、血走った目、とも取れる。異様に青白い肌のせいで、漆黒の目は特に際立って見えた。
「アア。オ前ハ誰ノ命令モ聞カナイ事ハ知ッテイル。ダカラ、我ハ命令スルツモリハナイ。ダガ、オ前ガ今ドウ考エテイルノカハワカル」
マスターの声は無機質ながら、楽しんでいるような雰囲気を出している。どうにもアンバランスな組み合わせの会話である。
「オ前ハ独自ノ判断デ、DBA-03Aヲ抹殺シヨウト考エテイル。ソウダロウ?」
サクラのコードネームを言われ、何の感情も表していなかったそれは一気に表情を歪めた。
憤怒、否、それを通り越えたもはや人間でも余り持ち得ない感情の表情であった。
「DBA-03Aは動いているのか!?すぐに消しに行く!!どこだ教えろ!?」
それは怒声をマスターに浴びせる。
姿を見せていない為、それの声は空を切るだけの虚しい物であったが、マスターはしっかりと答えた。
「心配スルナ。DBA-03Aハコノ近辺ヲタダ徘徊シテイルダケダ。カナリ近ヅイタ時ニデモ行ケバ良イ。ソレニオ前ハ目覚メタバカリデ本調子デハナカロウ?」
マスターの指摘に、それは舌打ちをした。
マスターの指摘通り、それは目覚めてすぐに、マスターと会話しながらでもすぐに身体を動かそうとしていたが、どうにもうまく作動していない。
「オ前ハ開発完了後、動作試験ヲスル事ナク封印サレタ。目覚メル前ニ我ハオ前ノ状態ヲ調ベタガ、他ノあんどろいどヨリ休眠期間ガ長イ。完全ニ動ケルヨウニナルマデ後二日要スルガ心配スルナ。オ前ト同ジあんどろいどガ二体、DBA-03Aヲ追ウ事ニナッテイル」
マスターは諭すように、それに語り掛けた。
相手の言う通りと判断したそれは、歪めた顔の表情をまた無に戻す。
「GA-Xヨ、オ前ノ記録情報ガ我デモ解析出来ナカッタ所ガ80%モアッタ。
ヨッテ、オ前ノ型式番号シカワカラナイ。
分カル事ヲ教エテクレ。
我ノ駒トシテ動イテイルDBA-01Eハあざみ、DBA-02Cハつばき、ノこーどねーむヲ持ッテイル。
オ前ノこーどねーむハ?」
その問いに、それは静かに、冷たく答えた。
「GA-X、コードネームは、・・・オトギリソウ」
サクラたちは、施設近くの旧商業区域まで戻って来ていた。
日が沈み始めた為、湖の周辺で夜を明かすには場所が悪すぎるとクエルが判断し、旧商業区域にあるかつての休憩所と思しき場所で夜を明かす事にした。
相変わらずの闇で、ジンも夜になる度に暗視スコープモードに切り替わる時間に少し苛立ち、その度にサクラの介助を必要としていた為、日が完全に沈んだら動かないようにしていた。
湖で大いに燥いだ事もあってか、サクラは休憩所につくと原型を留めたベンチで横になり、すぐさま眠りについていた。
「アンドロイドでも疲れるんだな」
ジンはサクラの寝顔を眺めて呟く。
「アンドロイドの表面構造であるナノスキンは常時、蒸発を起こしている。その為ナノスキンは常に作動している状況だから、休眠モードはアンドロイドにとっては必要な事だ」
クエルが答える。寝ているサクラの身体を観察しており、破損がないかどうか確認しているようだ。
「必要なことな。・・・そういや、以前サクラが言っていたそのアンドロイドの連中の事だが、また来たりするのか?」
ジンは話題を変え、少し険しい表情でクエルに問う。
「ツバキとアザミの事か。ツバキはサクラに対して攻撃態勢を取っているのと、アザミは何かの指示を受けて行動を共にしている。
来る可能性は非常に高いだろう」
クエルの返答に、ジンは押し黙った。サクラから聞いた話と、自身が休眠モードの時にバックグラウンドで記録された音声データから、ツバキはまたサクラの前に現れる、と宣言している。
音声だけでも、ツバキがサクラに憎悪とも言える感情を抱いている事がわかる。
そうなると、今後如何なる状況関係なく、ツバキとアザミから襲撃されるか想像出来ない。
「聞いてどうする?」とクエルに問われ、ジンは一考してからゆっくりと答えた。
「俺はな、人間でもないコイツに、安らぎをくれたんだ。
意外と大事な存在にも思えてきている。
コイツの考え方だと、争いとかそう言った事をさせるのは気が引ける。
いや、させたくない。・・・初めて俺の存在意義を見つけたような気がする。
コイツを守る為に俺は生まれたんだ」
ジンは、クエルが機械とかそんな事は一切気にせず、吐露した。
これ程無邪気で、屈託なく笑い、穢れを知らずに、如何にも人間らしい存在には会った事がなかった。
生き続けた6000年の間でも、様々な人間と出会い、共に戦い、皆死んでいった。そんな人間達も人間らしいとはもちろん思えたが、それはあくまでも“緊迫した状況か”で必死に生きる人間の姿だった。
そんな殺伐とした世界とは、サクラはまるで縁がないかのような、ジンが元来望んでいた人間の姿をしていた。
「・・・ジンにとっては、サクラは護衛対象、と言う事だな」
クエルは如何にも機械然とした返答をした。
「そうだな・・・。
護衛対象でも何でもいいが、俺はコイツの笑顔を守りたい。
ただそれだけだ」
ツバキとアザミは再び、マスターのいる闇の部屋にいた。
マスターから指示された一週間の待機がもうすぐ終わる為、次の指示を仰ぐ為に訪れていた。
しかし、この一週間、ツバキはアザミの雰囲気に違和感を感じていた。GA-Xの再起動をマスターに“お願い”されてから、アザミはずっと怯えたような表情をしていた。
互いに再起動させられて以降、アザミは全く感情らしい表情を見せる事なく、常に無表情を貫き、虚無感さえ漂っていた。
そんな彼女が初めて見せた表情が怯え。
しかし、ツバキはこの表情の理由を全く理解出来なかったし、かと言って理解しようともしていなかった。
「あの気持ち悪い人形を再起動してからアンタどうも様子が変だね。何考えてんの?」
ツバキはずっと無言で震えっ放しのアザミに苛立ち、噛みつくように問う。
それでもアザミは答えるどころか、震えが続いている。
「はー、どうしたものかねえ。アンタがそんな調子だと先が思いやられるよ」
ツバキは一人吐き捨て、マスターがいるであろう部屋の闇に声をかけた。
「一週間だよ。もう行っていいんだろ?」
ツバキの苛立った問いかけに、マスターが返した。
「イイダロウ。好キニ暴レテ来イ。タダシ、DBA-03Aト共ニ行動シテイルじんト言ウさいぼーぐト、戦闘補助端末ノPPS-03Gノ行動ニハ十分ニ警戒ヲ怠ルナ」
マスターからまさかの、注意勧告。これにツバキは一笑に付し答えた。
「はっ、あんなガラクタが何だって言うの?」
これにマスターは特に荒立てるような口調になる事もなく、冷徹に返した。
「さいぼーぐ・じんハ戦闘でーたガ非常ニ豊富ダ。
実戦経験ガ皆無ナ貴様ニハ非常ニ荷ガ重イ。
さいぼーぐ・じんノ戦闘でーたガ我ノあーかいぶふぁいるニアッタノデ調ベテミタ。
6000年ニ渡ル戦闘でーたモアリ、ソノ全テガ動作デ反映サレル。
基本すぺっくモ貴様ト同等カソレ以上。モウ一ツ厄介ナノハPPS-03G。コレノ情報処理れべる、後衛能力ハ我トホボ同等デアル」
マスターが淡々と、ジンとクエルの分析をツバキに伝える。
さすがに有り得ないと思う事の連続だったのか、ツバキは表情を真っ青にさせた。
「え、それを今更言うの!?能力が私以上の可能性があって、もう一つはアンタとほぼ同じ!?そんなのアザミと私だけで対処出来ないわよ!!」
ツバキは狼狽した。もちろん絶望的な状況に追われるという事実もそうだが、何より、自分の憎むべき相手とつるむ者達が自分以上。
憎むべき相手ですらも、自分以上の性能を持っている事を理解した上での情報であり、狼狽するには充分だった。
「ソノ為ニ、GA-Xヲ再起動シテモラッタノダ」
マスターがそう言うと、アザミがツバキの後ろでびくついた。
GA-Xの言葉を聞いてだろう。
「ああ、あの気持ち悪い人形の事かい?あれって何なの?
あれを起こしてからアザミの様子もおかしいし、アタシもずっと気味悪いって思ってるよ」
ツバキの答えに、マスターが嗤った。
機械の音声で感情はもちろんない、という風な聞こえだが、嗤っている。
「ギッギッギッ、アレハDBA-03Aノ後ニ開発サレタ貴様ラあんどろいどノ最終試験機ダ。徹底的ナ徒手戦闘、全ク周囲ノ状況ヲ物トモシナイ汎用的ナ兵器運用、何ヨリ、“徹底”ト“恨ミ”ヲぷろぐらみんぐサレタ、愚カナ人間ガ作リ出シタ戦闘兵器ヨ」
「いや!!」
マスターの話を遮り、叫び声が部屋に反芻した。
声の主はアザミだった。より一層、怯えきった表情になり両眼を見開いている。
どういう現象なのか、右目の瞳が碧と緑、黄色と様々な色に雑に点滅して切り替わっている。
「え、まさか暴走!?」
ツバキは身構えた。
「いやーーー!!!」
アザミが顔を上げ、大音声で叫び声をあげると、闇の部屋全体に紫色の電気が走り、周囲から火花が大量に降り注いできた。
「くっ!熱い!」
ツバキはコートをサッと自身の上に被せ、火花から身を隠した。
「あざみヨ、案ズルナ」
マスターは慌てる風でもなくアザミに話しかけた。
闇の奥が火花の煌めきでうっすらと、シルエットだけ浮かび上がる。
10mはあろうかという、先端物の塊のような機械が鎮座していた。
「あれはいや・・・!あんなのに触れたくない!もういや!!」
アザミはマスターの呼びかけに答えず、再び電気を暴発させる。
どうやら意思を持って出しているわけではなく、暴発して勝手に発生しているようである。次第に火花の量が増大し、何かが触れたのか、爆発が起きた。
「ちぇっ、無茶するわね・・・」
ツバキは火花が止まった事を確認し、コートを振り払う。
無音になっており、周囲を見渡すと白煙が周囲に立ち込めているが、アザミの姿がない。
「アイツ、何処に行ったのよ!」
ツバキは吐き捨てるが、マスターが再び呼びかけた。
「案ズルデナイ。あずみガコウナル事モ計算ノ内ダ」
マスターは冷徹に言い放った。
不思議な事に、これまで以上にないくらい絶対零度の感情が籠っている。
「我ノ元ヲイズレあやつハ離レル。ソレガ今ダッタダケダ」
マスターの声はするが、火花の煌めきがなくなった事により姿は再び見えなくなった。しかし、アザミが暴走している時に、ツバキはマスターの姿をようやく捉えていた。そして思った。
アタシはコイツに全く勝てない。
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