第六話 マスターと歌

 ツバキとアザミは、サクラたちの元を去ってから、施設の地下に足を進めていた。

 相当に深く、複雑に配置されたエレベーターを行き来し、エレベーターのフロア表示パネルにはB12と記されている。


 二人は暫く全く会話をしなかった。

 お互いによく行動しているようだが、アザミは話しかけない限り全く声を発しないし、ツバキは興味をひいたものにしか行動しない。

 共にアンドロイドの為、人間によくある無言の状態でも、息遣いすら聞こえてこない為、足音以外は正真正銘の無音だった。


 B12で降りると、天井の高い、異様に暗く中が視認しきれない広いフロアに出た。

 足元には相当太目のケーブルが乱雑に張り巡らされている。

 さながら血管ともとれるような配置に、機械なのに有機的に感じ取れるその場所の奥に、何かがいる。


「・・・オオ、つばきニあざみカ。ドウヤラ接触シタヨウダナ」


 無機質な声が二人に話しかけた。ほぼ真っ暗の為、そのシルエットすらも視認出来ない。


「マスター、DBA-03AとPPS-03G、型式不明ながらサイボーグとも接触しました」


 アザミは片膝をつき、報告する。


「さいぼーぐトナ・・・。器ガ機械トハ言エ、生キ残リガイタトハナ」


 無機質な声が返す。感情の感じ取れない声だが、どうにも楽しんでいる風にも取れる。


「サイボーグは経年劣化により、DBA-03Aからナノスキンの移植手術を受けていたようです。もし稼働可能の状態になれば、障害になる可能性も考えられます」


 アザミは報告を続ける。

 アザミもサクラと同じく、アンドロイドにしては声に艶があるが、温かみをまるで感じられない、冷たい声といった風で淡々と話し続ける。


「マスターの申された通り、戦闘用アンドロイド補助端末であるPPS-03Gにも感情の芽生え、と言った事象も確認されました。

 DBA-03Aも、感情機構は他とは一線を画しています」


 アザミの報告で、マスターと呼ばれた何かは少し押し黙った。


「DBA-03Aは私に仕留めさせてくれるんでしょうね?」


 ツバキが割って入り、マスターに問い詰める。


「つばき、貴様ノソノ憎イ感情ヲヨク理解シテイル。モチロン仕留メルノハ認メル。ダガ、スグニハ破壊スルナ」


 マスターは冷徹に返す。

 これにツバキも押し黙った。非常に好戦的なツバキでも押し黙る程の相手、と見て取れる。


「デハ、一週間様子ヲ見ヨ。行動スベキ時ハマタ伝エル」


 マスターがそう言うと、何も音声を発さなくなった。しばらくして、ツバキとアザミはよく見えない暗闇の外へ出た。







 ジンの体がかなり回復し、動けるまでになった。その事にサクラは喜んだ。クエルはひっきりなしにジンの体の検査をしている。


「もう大丈夫なようだな。停止する以前よりは動きやすいと思う」


 クエルにそう言われ、ジンはクエルが離れたのを確認してから、組手の型を一人で行った。

 蹴り足、拳の突き上げなどがとてつもなく早く、跳躍に至っては、10mはあろうかという天井に迫る勢いであった。相当な調子の良さにジンは笑みを零した。


「これはいい。人工皮膚の引っかかりがなくなったから何のストレスもなく動き回れる」


 ジンは更に肩を素早く回してみた。相当に調子が良いようだ。


「礼ならサクラに言え。ナノスキンの提供元はサクラからだ。それによって二日はこの部屋を出ていない」


 クエルにそう言われ、ジンはバツが悪そうな顔になり、サクラに振り向く。


「すまねえな、体に傷入れちまったな」


 ジンの謝辞に、サクラは特に咎める事無く笑う。


「いいよ、動けるようになったのなら私も嬉しい!」


 サクラのロボットらしからぬ、眩しい笑顔にジンは少し動揺し、赤面した。


「ほんっとに相変わらずロボットらしさのカケラもねえな。ホントは人間じゃねえかって思っちまう」


 恥ずかしそうにジンは頭を搔いた。


「さて、また宛てのない探索か?」


 再び施設を出て、今度は本屋の廃墟とは真逆の方角にあった、映画館と似たようなディスクが大量に散らばった廃墟にやってきた。

 どうも本屋、映画館と違うのは、転がっている磁気ディスクが映画のデータと色味が異なっていたり、周囲の壁やぶら下がっている紙のような何かに、独特の絵柄が施されていた。

 ジンはこれをサクラに音符だと説明した。

 サクラは説明される前から、不思議と見ただけで楽しくなるような雰囲気を感じていた。


「そう言えば音符って何なの?」


 サクラの質問に、クエルは「人間が聴覚で音声を認識した後、視覚化させたもの」といかにも機械らしい返答を行った為、ジンは訂正しようかどうか迷っていた。


「ジン、これってどういう目的のもの?」


 やはり来た。いくら膨大な知識や記憶情報を持っていても、サクラやクエルは“人間の感性”と言ったものを当然理解しきれていないであろう。

 このような状態の相手にどうわかりやすく説明すべきか。


「そうだな・・・。お前、楽しいって気持ちはわかるだろ?」


 ジンにそう言われ、サクラはうんうんと頷いた。ここまで感情豊かなのに、感性の説明をするのにジンは不可思議な気持ちになっていた。


「人間に限らず、生き物は目で見て、耳で聞いて、鼻で匂いを嗅いで、舌で味を感じて、肌で触れて確かめる。

 これを五つの感覚、五感と言うんだが、お前らの感じだと、全てを情報化して解析する、と言った方がわかりやすいかな。

 その音符に関しては、耳で聞いて、というのに物凄く関係している。

 人間の最大の発明のひとつとも言われている、音楽の事だ」


 ジンの説明に、サクラは食い入るように聞いていた。クエルも初めて触れる情報なのか、黙って聞いている。


「音楽は、聴く事を鑑賞、流れている音を自分で再現する事を演奏と言っていた。

 演奏される最初から最後までの区間、まとまりを曲と言う。

 その曲が中に入っているのがここに散らばってるディスクだ」


 そう言ってジンは周囲の散らばったディスクの山を指さした。


「これは俺の中のメモリーにもなかった情報だな。実に興味深い」


 クエルはそう言い、手始めに自分の近くに転がっていたディスクを拾い上げ、映画館で行った解析を自発的に行った。


「ロボットがここまで興味を持つとはな」


 ジンは少し感慨深げに言った。


「そう言えば、さ。曲とか音楽ってもしかしてこんな感じ?」


 サクラは少し赤面しながら、ジンに問う。すると、なんとサクラは歌い出した。ジンは愕然とした。



 篝火の揺らめきに重ねた涙


 消えてゆくこの身体 優しさに包まれて


 薙いでいる陽炎の花に刻みつけて欲しい


 言葉を想いを



「なんで、なんで!!」

 ジンは突然叫び、サクラの両肩を掴んで歌を中断させた。

 これにサクラも驚き、クエルもバランスを崩し姿勢制御を取り切れず床に転がり落ちた。


「お前、なんで・・・、その歌、知ってんだよ」


 サクラの両肩を掴むジンは震えていた。よく見ると、泣いていた。


「え、ずっと私、何故か知らないけど、この曲は知ってるよ?ずっと記憶に残ってたよ。ジンも、この曲、知ってるの?」


 サクラはジンの狼狽に少しオドオドし始めた。ジンの震えが止まり、ジンは続けた。


「ああ。お前みたいに今やった事は“歌う”と言って、そのまとまりを“歌”と、言うんだよ・・・。6000年経って、まさか、聴けるとは思わなかった・・・」


 ジンは見せた事のない表情になった。機械なら、今のジンの状態を“悲しい”と断定するだろうが、サクラもクエルも、特に悲しい筈はないのに今狼狽しているジンの状態に、解析が追い付いていなかった。


「6000年前の曲?そんなに古いの?」


 サクラはジンに問うが、ジンは余りにも感慨深くなったのか、顔を埋めて号泣し出した。

 落ち着くまでには時間を要すようで、サクラとクエルはジンが落ち着くまで待った。



「すまねえな、余りにも、懐かしすぎてな」


 ジンはようやく落ち着いた。

 それでも目の周囲が腫れ上がり、ジンの目は瞳も赤いのがあって本当の意味で真っ赤な目になっていた。


「いいよ。・・・これ、何て言う曲、と言うか歌?」


 サクラの質問に、ジンは今度こそ落ち着いて説明し始めた。


「6000年前の古い国で、この歌が凄く色んな人が聴いていた。

 こういうゆっくりした聴き心地を大体バラードと言うんだけど、タイトルは“陽炎華”と言った。

 へ、色んな人間と出会ってもそいつらの名前はほとんど忘れたのに、これだけはずっとはっきりと覚えてんだぜ、滑稽だよ。

 それに、最初にこの歌を作って歌ったヤツらが、すごい良い演奏しててな。

 この時の俺は戦いに明け暮れていたけど、数少ない癒しだった」


 ジンはまた、遠くを見るような表情になった。


「陽炎華ね、しっかり覚えたから!また聴きたくなったら言ってね!」


 サクラは悪戯ぽっく華やかに笑った。


「けっ、歌手気取りかよ。相変わらずお前わかんねえやつだ」

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