第五話 花言葉

「ツバキねえさん、余計な接触は今回は禁止の筈だよ」


 やたらとサクラに顔を近づけるツバキに、アザミと呼ばれた少女然としたアンドロイドが窘めた。


「ふん、どんなヤツなのか先に顔を拝んでおきたかっただけなのよ」


 ちっと舌打ちをし、ツバキはサクラから顔を離した。


「私と、あなたたちは、同じ。だったら、仲良く出来る?」


 サクラは背を向けたツバキに問い掛けた。この質問に対しツバキは間髪入れずに高笑いをした。


「キャハハハハハ!仲良く?ふざけてるのかしら?」


 高笑いしたツバキは振り向くと、憤怒の形相をサクラに向けた。


「私らはアンタのせいで凍結された。無駄に千年も眠らされて!ただ作られるだけ作られてアンタのとばっちりで何にも出来ずに千年も!感情のあるアンタならわかるけど、許せるの?」


 怒りに顔を歪ませたツバキはサクラに指を突き付ける。

 クエルやジンとは全く対応が異なっていてどうすればいいのかわからなかったが、サクラは動じずに答えた。


「私のせい?私が何か悪い事したのなら、謝らないといけないね。ごめんなさい。何で眠らされたの?」


 サクラは悠然と、ただ本当に謝辞を述べたのだ。ツバキは怒りの歪みを緩めない。


「随分生意気ね。今日はひとまずアンタのその憎ったらしい顔を拝みに来ただけだから何にもしないわよ。もちろんそこに寝てるヤツにも、床に転がってるヤツにもね。ただアンタがこうして呑気にしているのは一番許せない」


 ツバキはそういうと、「アザミ、行くよ!」と叫んで部屋をツカツカと怒り肩で出て行った。


「・・・あなたも、あの人と同じ気持ち?」


 静かに出て行こうとするアザミの背にサクラは問いかける。アザミはスッと立ち止まるが、振り返らない。


「私はただマスターの言う事に従っているだけ。それ以上もそれ以下もない。ただ私はマスターの指示でツバキねえさんに付き合ってるだけ」


 そう無表情に言って振り返る事もなくアザミも部屋を出て行った。

 部屋には半裸のサクラ、バリアフィールドに包まれたままのジン、床に転がったクエルが残された。静かだった。




 ツバキ達が出て行って三十分程してから、クエルが再起動した。


「今スリープモードの映像を確認したが、ツバキ達が来たのか?」


 再起動してすぐにクエルが聞いた。


「うん。私と同じだったんだけど、私の事許せないって」


 サクラは少し寂しそうに言った。

 人間はおらずとも、同じような存在がジンだけに限らず二人もいた事は喜びだったが、その一人からは憎悪を向けられている。数少ない喜びが打ち砕かれた。


「DBA-02CとDBA-01Eで合っているか?これらもサクラと同じで、戦闘用アンドロイドとして作られた。

 DBAー01Eの方がタイプが古いようだが、完成したのはDBA-02Cの方が早かったようだ。

 DBA-01Eは対人用として、人間の精神に直接干渉して攻撃するマインドコントロールタイプ、DBA-02Cはに攻撃特化の正真正銘の戦闘用アンドロイドだ」


 クエルは説明を続けるが、サクラは俯いたままだった。


「何か気になるのか?」


 クエルの問いに、サクラは少し震えながら聞いた。


「何でツバキは私の事を憎んでるんだろう?それに、私は一体、何に対してのアンドロイド?」


 サクラは不安に駆られた表情をしている。人が見るなら、どう見ても年頃の少女が怖がっているようにしか見えない。


「まずDBA-02Cが許さない、と言った事については、俺は的確な答えは言えない。

 推察になるが、お前と同じレベルの感情機構が備わっているから、何を経験したかによるがその内容で、サクラを憎む切っ掛けがあったとと考えても良い。

 DBA-01EにはDBA-02Cのような複雑な感情機構は要していないから、確実に指示者が必要だ。

 だから、何者かわからないがマスターの言う通りに行動しているのだろう。

 それと、お前が何に対してのアンドロイドなのか、と言う事についてだが」


 クエルは容赦なく答え続けた。

 機械であるから、人間のような感情機構を持ち合わせたサクラの心情のような状態に合わせるような空気の読み具合を持っておらず、理不尽な状況を淡々と述べられてサクラは呆然としているが、クエルはまだ続ける。


「お前自身はかなり機密条項が多いようで、俺でも解析が出来ない機能がいくつかある。その機能は全身が消滅でもしない限り傷一つつかない設計だから、それ自体が暴走すると言った心配はないだろう。

 だが、数少ないお前の情報の中で分かった事は、お前自身は複数体いる戦闘用アンドロイドの中でも強力な設計を施されている可能性が高い。

 現存しているデータの中では四体あり、DBA-01E アザミ、マインドコントロールタイプ。DBA-02C ツバキ、攻撃特化型。そしてお前、DBA-03A サクラ、決戦兵器とある。この決戦兵器であるから、お前の本来の情報のプロテクトが強すぎると思われる」


 クエルが回答を終えると、呻き声がした。ジンが目覚めたのだ。


「以前よりは体は大分楽に動かせるようになっている筈だが、今すぐ動かすのは禁止だ。ナノスキンが慣れるまでは横になっていろ」


 クエルが無機質な命令口調で話しかける。


「・・・よりにもよって徹底的にキレイにしてくれやがったか、まだ俺に生きろ、と?」


 開口一番、ジンは自嘲した上にサクラとクエルに非難の目線を向けた。


「私は、あなたにいて欲しい」


 すぐに、サクラが返した。これにジンもさすがに非難の目線を止め動揺する。


「出会っていきなりサヨナラするのはいやだよ。何も邪魔するものがいないんだったら、楽しもうよ、今を」


 続けたサクラに、ジンは自嘲気味に少し笑った。


「ははっ、お前ホントにそっくりだな。四千年前にいた、誰だったか忘れてしまったが、お前みたいな事を言うガキがいたよ。どうにもだぶるな」


 ジンは何かをごまかすかのように目線を天井に向けた。


「で、俺が寝ていた間の来客の話をしていたんだろ?続けろよ」


 ジンに促され、先程まで静かにしていたクエルが説明を再開した。


「サクラ、先程の話だが、お前はその機能を使う必要はないと考えられる。いくらそのような機能を備え付けていても、戦争での対象はあくまでも人間だ。

 その人間はもうこの世界に誰一人いないから、ジンが目覚めた時にお前が言った通り、好きにすればいいと思う」


 クエルは回答を終えた。


「へっ、何だか話し方がどんどん人間臭くなってるな?おもしれえヤツらだ」


 ジンは少し面白そうに鼻で笑った。

 サクラも、言われてみれば、クエルの口調に少し変化を感じていた。

 いくら話し方を変えてもらったと言っても、あくまでもプログラミングされた内容を適切に選んで音声を発しているだけ。

 それがクエル、いや戦闘用アンドロイド補助端末の本来であるが、クエルは何かが違っていた。変わっていた。


「人間臭く・・・?どういうものか理解出来ないが」


 クエルはそうあっさりと回答するが、どうもまだ試行しているような仕草をしている。

 姿勢制御の為の小型バーニアが、特に意味もなく瞬時噴射しているのがどうにも滑稽に見える。


「はは!クエル、あなた人間がいた時代に動いていたら、間違いなく人間臭いって言われるよ」


 サクラは暗い表情を止め、いつもの明るい笑顔になった。


 数時間ほどしてから、ジンの体がようやく移動が可能になった。まだ激しい動きは出来ない為、とにかくゆっくりとした移動のみになる。

 施設を出る頃には、外は夜になっていた。修復していた部屋は照明があったものの、それ以外の場所は照明が全く見当たらない。一切が闇である。


「何にも見えないね・・・」


 サクラは困っていた。ジンも何も見えない事に少し苛立ちを覚えた。


「それぞれに暗視スコープの機能がある。サクラはもうすぐ切り替わる筈だ。ジンに内蔵されている暗視スコープは随分年式が古いから起動するまでまだ少し時間がかかる」


 闇をものともせずクエルは伝えた。


「随分陰気な世界になっちまったもんだなあ。サクラ、肩貸してくれ」


 ジンはそう言って、サクラの左肩に手を置く。


「そのまま行きたいところに行ってくれ。気になるものでもあるなら調べてみるのもいい」


 ジンはそう言ってサクラに任せた。任されたサクラはただ赴くままに、何も考えず街を歩き始めた。


 どれぐらい歩いのか、施設からそこそこ離れた距離に、何かしらの建造物があった。

 周囲の瓦礫の山とは異なり、その建造物だけがおおよその原型を留めていた。


「耐火性が高かったんだろうな。周りは燃え尽きたけど、ここだけ経年劣化ときてら」


 ジンはぼやいた。


 サクラはどうにもその建造物が気になり、入り口だった穴に入る。つられてジンもサクラの肩に手を添えたままついていく。クエルはサクラの行動に合わせて常に浮遊していた。


「どうやら・・・、まさかの本屋か。懐かしいな」


 ジンは周囲に置かれていた、瓦礫とは違う何かに触れ、懐かしそうに言った。


「本屋?」


 サクラは興味が湧いた。


「ああ、人間は昔、人に知識や記録を伝える手段として、又は未来の子孫に伝えるための記録として本にしていた。当然データ端末とかそう言ったものは存在していなかったからな」


 暗視スコープに切り替わったのか、ジンは周囲に散らばっていた本を急いで手に取って読み始めた。


「いくつかはもう傷み過ぎてダメになっているな・・・、あ。これは無事のようだ」


 そう言ってジンはサクラに本と呼ばれた物を手渡してきた。


「花言葉事典、何て言う洒落た本だ。女タイプのお前にはちょうどいいものだろう」


 ジンはサクラが受け取ったのを確認すると、すぐに手を放して再び周囲を漁り始める。


「ジンはどれだけ本を読んだ?」


 クエルが質問して来た。まさかクエルが質問して来るとは思わなかったのだろう、ジンは少したじろいだが、すぐに答えた。


「俺がガキの頃は何にもなくてよ。ロボットにどう説明していいかわからないが、何もなくても遊ぶ、ていうのを毎日考えてたな。

 それから16歳ぐらいになってからか、学生になってよく本を読んで勉強していた。お前らの言い方で言えば情報のインストールだな。

 でも知識だけじゃない。映画みたいな書き方をした本もあれば、絵だけで描かれた本もあって、昔は色々あったよ」


 ジンは淡々と答えていたが、目には凄く懐かしむような表情が宿っていた。遠くを見るような、切望するような。


「そうか・・・」


 クエルは、そう答えただけだった。

 ジンはここで不思議に思った。

 ロボットが質問して来るのは、基本的には自分が命令された事に対して、無理があれば何故このような事をしなければならないのか、その質問によって自身や周囲に及ぶリスクを確認する、と言うのがセオリーだった。

 だが、様々なロボットを見て来たであろうジンには、このクエルは凄く不思議な存在に見えた。

 人とは当然、何の生物ともシルエットを共通させていない無骨な見た目から、人間味を感じられる。


「そういえばサクラ、その本はどういう内容のものだ?」


 クエルは質問の対象をサクラに変えた。


「うん・・・、本に私と同じ名前があって」


 サクラは花言葉の本の数十ページを開いたところをクエルに見せた。桜と書かれており、その桜の花の写真が写されていた。


「私と同じ名前の花、凄くきれいだね」


 サクラは少しうっとりと、嬉しそうにその写真を眺めていた。


「桜の花か、春になったら一本の木から物凄い咲くんだよ」


 ジンはサクラとクエルに話しかけた。


「それも俺のガキの頃だけど、生まれ育った場所で、毎年3月には咲いて、戦争が始まってなかった頃には家族で花見にも行ったよ。

 だが戦争が終わってからそれどころではなかったから、本当に長い事桜を見てないが、写真見れただけでもよかったよ」


 ジンも嬉しそうな表情をした。だが、サクラと違ってどこか侘しさがあった。


「それと、この花言葉?桜の花言葉は・・・、“私を忘れないでね”?」


 サクラは本に書かれていた内容を少し読み上げた。


「ああ、人間の遊びだな。桜に限らず、おおよその花に意味を込めた言葉を宛がっていたな。

 いやな話になってしまうが、俺が寝てた時に来てたあいつら、ツバキとアザミだったな?あいつらの名前も花の名前だぞ」


 ジンの答えに、サクラは少し急ぎ目にページをめくった。


「薊だったら桜より前のページになるな。

 椿は桜より少し後になる。

 薊の花言葉は“報復”、“厳格”、“触れないで”。

 椿の花言葉は“罪を犯す女”、“不変”、“常にあなたを愛します”てな。

 ヤツらの話を聞いていたら、本当なら逆っぽく見えるけどな」


 ジンはスラスラと答えたが、サクラは薊のページを確認した後、椿のページで手を停めた。

 真っ赤で包み込むような花弁。何故か、ジンとは違った、サクラがツバキに抱いたイメージ通りの花だった。

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