第十嘘 そんなの嫌だよ
私とイオちゃんカップルは、撮影で長野県に来ていた。イオちゃんカップルが演じる『姉の婚約者と義妹』カップルは、私とショピが演じる『兄妹』カップルと偶然知り合い、秘密を共有し合う仲間なのだ。何故長野県かというと、私は里帰りで義兄と妹達は結婚式場が長野県にある為、多忙な新婦の姉代わりに義兄と妹が式場の下見を一緒にする。という流れで一緒になるのだ。
「垣根《かきね》さん!」
「シーカちゃん、久しぶり〜!」
彼女は里帰りした私の母役を務める垣根さん。ウチの事務所の看板女優で昔から交流があった。今回のロケ期間ほとんどの時間を一緒に過ごすことになっている。
「お互いが相手だとやりやすいわね」
「元々小さい頃から知ってますしね」
2人で楽屋で話しているとイオちゃんが入ってきた。葛尾さんはおらず、1人で垣根さんに挨拶しに来たみたいだった。
「垣根さん、よろしくお願いします。」
「ええ、よろしくね」
私は楽屋を出て、外で缶コーヒーを飲みながら台本を読み始めた。読み込んできたけど、今回ほぼアドリブでも大丈夫そうだな〜…こんなちょい役で垣根さん出すなんて、監督かなり配役強気なんだな。
「シーカ」
「!…イオちゃん」
「あのさ、このシーンなんだけど…」
「ああ、私も気になってた。これってさ…」
私の不安を他所に、撮影はトラブルもピリピリとした空気も無く、終始穏やかに進んでいった。正直、イオちゃんの演技は上手い。私と根本的に何かが違う気がする。ジッと見入ってると、垣根さんが声をかけてきた。
「いい演技するわね。原作相当読み込んでるのかしら…体型や言葉遣い、目線…まさに"コスプレ憑依型演技"ね。原作厨向け。」
的確だなぁ…確かに"演じて"る。
「対極的ね。シーカは、見られる演技。演技に見せない自然な表情や言葉遣い…"手癖馴染みアドリブ型演技"ね。」
的確だ。私のは"演技"ではなく"生活"だ
「どっちも良さがあるし、ファンが付くわよね。そしてどっちにも欠点がある」
「欠点…ですか」
「そう。まずイオちゃんの演技は、解釈違いとの対立がある。絶対にある。解釈違いからすると、あの演技って"イタい"のよ」
「なるほど…」
「シーカの演技は逆に原作厨には全くウケない。というか、見る人が見れば"下手くそ"なのよね。圧倒的に。賛否のある演技よね」
わぁ、後でイオちゃんにも教えてあげよ。
「でも艶が増してた。やっぱ彼氏の影響ね」
「か!彼氏…////」
「何よ、一丁前に報道されちゃって〜」
「もー垣根さん////」
「へえ、垣根さんが…」
「うん」
「勉強になるね」
私とイオちゃんは2人で取ってもらった旅館の温泉に浸かっていた。垣根さんはもっといいホテルに泊まってて、葛尾さんはまだ撮影中だった。私はイオちゃんと2人、先に旅館に戻って食事やお風呂を楽しんでいた。
「…あんたとこうしてると、アイドル時代思い出す。メンバーで旅行、行ったよね」
「ああ、懐かしいねぇ〜!」
「…あの時は…自分が女優になるなんて、思ってもみなかったな…アイドルで天下取ると思ってたのにな…でも女優も、悪くないね」
「…うん、楽しいよね!」
「…シーカ…シーカはさ、彼氏のどこが好きなの?…なんで付き合ってんの?」
恋バナをイオちゃんの方からしてくるとは、思ってなかった。私は言葉を詰まらせてしまった。私はイオちゃんの目をまっすぐ見た
「…私とショピは、付き合ってないよ」
「!!」
「…あのね…」
私はイオちゃんに、本当の事を話した。イオちゃんは笑うでもなく呆れるでも無く、私の話を最後まで聴いてくれた。
最後まで話終わった時、イオちゃんは頭を抱えて、眉間に皺を寄せた。
「全体的に、ショピさんが気の毒過ぎる」
「ゔっ…」
「で?あんたの気持ちは今どっちに傾いてんの。結局、彼氏がいたけど偽装彼氏がいい男でそっちに乗り換えたいって話じゃないの」
「!!…違うよ、眠くんは大切な…」
「大切なだけで一生預けられりゃ苦労せんわ。そうやって相手と自分の可能性に首輪かけんのやめな。あんたはただ彼を1人にすんのも自分が1人になんのも怖いだけ。苦労した時代を一緒に乗り越えてきた人だから、愛着で別れられないだけ。相手に失礼だよ」
ぐうの音も出なかった。出るわけ無かった。イオちゃんに言われる事全て、心当たりしかなかった。
「…てかあんた、なんで私にそんな話…」
「…アイドルグループ脱退した時、みんなに嘘を吐いて…お父さんがだけど、脱退したから…これ以上、イオちゃんに嘘を吐くのは嫌だったんだ。あの嘘で最後にしたかった。」
「…ふーん…」
イオちゃんの姿が湯気にまかれる。
「それ知ってたら、私…」
「え?」
「シーカ、あのさ」
イオちゃんの瞳が、グラリと揺れた。
「…あの…はれ…?」
「イオちゃん!!」
イオちゃんが、お風呂に沈みかける。体を支えて、私はイオちゃんを抱きとめた。イオちゃんの体は真っ赤で、茹で蛸みたいになっていた。
「ごめんごめん、連れて帰るね」
葛尾さんが部屋にイオちゃんを連れに来た。私はイオちゃんをお湯から引き上げ、脇や太ももに氷を置いて仰いでいた。イオちゃんは完全にのぼせたらしく、ぼんやりしている。
「イオちゃん、葛尾さん来たよ…ギャッ!」
イオちゃんは私の浴衣を引っ張り、自分に覆い被せた。のぼせてて、何がなんだかわかってないのだろう。起き上がろうとすると、イオちゃんは私の耳元で小声で囁いた。
「…え?」
「イオ〜、帰るよ」
葛尾さんが抱き上げて、部屋から退室した。私はイオちゃんが囁いた言葉が、耳の中で何度もこだましていた。
『葛尾も彼氏じゃない。お願い、助けて』
どういう意味だろう。疑問は晴れないまま、長野での撮影は終了した。
私が自宅に戻ると、ショピがリビングにいた。ショピは私の顔を見て
「おかえり」
と微笑んだ。私はショピの隣に座り
「ただいま!」
と元気よく答えた。元気そうな私を見てショピは微笑んだ。私はショピの隣に座って、眠くんとショピがした話を待った。私とは対極的に、ショピはひどく疲れていた。
「…眠くんと話せた?」
「…ん…まぁ…」
ショピは、眠くんと話した事をポツポツと私に話し始めた。ショピの話に、ハッピーやろうだった私の脳みそは停止してしまった。
「…え…?」
それは眠くんが、芸能界を辞めるという話だった。そして、眠くんは嶺さんとの婚姻届をショピに見せたらしい。眠くんはなんと、嶺さんと入籍すると言い出したらしいのだ。私もショピも、知らない間に。
夜は嘘つき 静香 @sizuka0812
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