第38話、さいごまで幻想世界へ残るであろう彼女たちの元へとあえて
そして。
僕は校内を囲む外壁に潜むように寄りかかると、おもむろに携帯の画面を開き、目前に持っていった。
『……何かするんですか?』
「ああ、こういうんはな。何よりも情報が大事なんや。相手が不確定で多数なのは確実やしな。いくで、ちっと見とけや。……《魂見(ヤマ・ガイアット)》っ!」
気合い入れそう叫び、携帯に自らの魔力を送り込むと、やがて携帯は自ら浮かび上がり、さらにそのディスプレイが浮き上がるように大きくなる。
そのままそのディスプレイを見ていると、息を吹き返したかのように電源が入り、青色のフィルムのようなところに、点滅する色のついたいくつかの星のような光が出現した。
それは自分が言うのもなんだけど、なかなかに綺麗な光景で。
それに注視しているだろう詩奈に向かって、僕は簡単に解説する。
「この白い点滅してるんが僕らや。んでもって赤い、大きかったり小さかったり、アホみたいなスピードで旋回してたりすんのが今なかにいるモン……つまり敵や。で、この水色のが……最終目的地、やな」
それは昨日……詩奈が入ろうとして襲われたという、学院の最深部だ。
そこには女子寮と教員宿舎、学院長室などがあると僕は付け足す。
『すごいです、吟也さん。これなら……うまくいくんじゃないですか?』
「そうやな~。ま、どんと僕にまかしとき」
それは敢えての自信満々のセリフだったが。
内心では、目標に達する厳しさを痛感していた。
一応目立たないように、普通の入り口とも最終目的地とも離れたところの壁を乗り越え、入り込んだまではいいのだが……。
「うおっ、やっぱりっちゅーか、なんつーか、一斉にこっちに向かっとるやないかか!」
数で言えば三十はくだらないだろうか。
それぞれのスピードは違えど、確実に迫ってくる赤の点。
その光景に、思わず息をのんだが。
「とりあえずヤバイ(デカイ)やつを中心に、避けていくんでよろしく!」
僕は空に逃げるための翼を生やし、地下へ逃げるためのクリップを装着し、赤い点から少しでも離れるようにやる気満々で駆け出していく。
あらゆる逃げのためのテクニック、そして【金(ヴルック)】属性による能力と情報を駆使した、ストイックにそれだけを追い求めた逃げの一手。
自分で言うのもなんだけど。
僕は、『逃げ』の名がつくものなら、ここでダントツナンバーワンの自信があった。
それが果たして褒められるものなのかどうなのか、自分自身でもよく分かっていなかったが。
とにかくそんな感じでのらりくらり追っ手をかわし、時には隠れてやり過ごして、着実に目的地への距離を縮めていく。
それは、どうやら赤の点滅同士が皆味方と言う訳でもないらしい、向こう側の隙をついたのもあっただろうが。
ねじれた紐を元に戻そうとして、終わり近付けば近付くほど固くきつくほどきにくくなるように。
その歩みは、目的地に近付けば近付くほどに確実に遅くなっていた。
そして。
そんな僕たちの前に、決定的なピンチが訪れたのは、それからすぐのことだった。
「……まずいな。危険覚悟で前に出るべきか。勇気を持って後ろを迎え撃つべきか」
目の前には、入り口から中央広場、本校舎入り口へと続く大通りがある。
不用心に飛び出せば、何人もの人に見つかってしまう可能性があった。
だが、後ろの狭い建物と建物の間の小道、そこを引き返すのはもっと危険かもしれない。
何せ、そこには画面の中でも一際大きい赤の点滅が迫っているからだ。
しかも二つ。
その二つの点滅は、まるで僕が追い詰められていることが分かっているかのように、余裕を持って歩を進めていた。
『……どうするんですか?』
「そうやな、ここは」
僕はしばらく黙考した後、きっ、とそちらに視線を向けて答えた。
「あえてデカイ火の中に突っ込む……後ろに戻るで」
『え? どうしてです?』
「前はな、一見行けるやろって思うねん。そこがくさい気がするんや。相手が時間経つに連れて統制取れてきて、獲物を追い詰める術を知っとるなら、こっちがそう思うのを見越しとる確率は高いな。だからここは敢えて普通は行かんやろって方に行くんや。相手もそのぶんだけ油断しとるやろうし」
詩奈にしてみれば、とんでもないというか迷惑な話だろうが。
そう語っている僕自身は今、心の底からわくわくしていた。
その言葉ひとつひとつに、自分がやりたいからやっているという意思が滲み出てしまう。
『ふふ。頑張ってください、吟也さん』
それが、詩奈にも分かったんだろう。
彼女も少し、笑みすら浮かべてそういってくれたから。
「ああ、まかしとき。よし、一旦ディスプレイ切んで」
そんな詩奈の言葉に答えてすぐ、僕は自らの能力を解放し始める。
そこで取り出したのは、数十本のとても長い釘。
釘というか、本当は特定の仕事に使う、鋲なんだけど、とにかくそれはぶっといやつで。
『大きな釘ですねぇ、五寸釘ですか?』
「さぁて、どうやろなぁ?」
僕は詩奈の問いに、敢えての意味深長発言をする。
もし詩奈が長釘の姉妹の声を聞けたのなら、その発言の意味も分かったんだろうけど。
「いくでっ! 《型代(ネイル・ドーンズ)》っ!」
そして、その問いに答えるより早く、僕は次の一手を打った。
狭い辻道にそんな僕の声が木霊し、釘はそのとたんもこもこと盛り上がって……。
それから、二つの赤い点滅、それに該当する人物がやって来たのはすぐのことだった。
一人は、さっき追われていたばかりのヒロ。
もう一人はヒロのルームメイトにして学院の成績常にトップ3圏内を誇る、更級さんちのセツナさんだ。
「……よお、お二人さん。ごくろうさまやなヒロはともかく、セツナはんがこないなおバカイベントに参加しとるなんて思ってもみなかったけど」
「うー。なんかその言い方、わたしバカにされてるみたい」
「そう言う意味じゃあれへんって。ヒロはこういうおもしろ企画大好きやろ?」「ま、そうだけどさー」
僕が喋るたびに、ヒロは喋っている僕のほうを向き直り喋る。一方のセツナは、全く動じていない様子のヒロに呆気に取られていたようだった。目の前にズラリと並ぶ、十人の僕を……そのアメジストに煌く鋭い瞳で見つめ、口を開く。
「随分と余裕ですこと。贋者の紅恩寺さん。数が増えたところで私たち二人に敵うとでもお思いになって?」
セツナは、菫色の髪をふぁさっと靡かせ、自信たっぷり上から言葉を投げかける。
確かに、十人の僕と言ったはいいものの。
そのつくりはどれもつたないものだった。
子供のような大きさのものや、大食漢な僕、普通よりも見眼がいいもの、極端に細いもの。
そして、何故か赤くほのかな光を放ち続ける少女の姿をした僕。
ヒロやセツナにしてみれば、その時点で増えた意味はない……勝敗は決まったようなものだと思ったに違いない。
まだまだ甘いなぁ。なんて内心で僕はほくそえんで。
「そんなん、やってみなくちゃわからへんでーっ!」
僕は、変わらぬ余裕ぶりでそう言い放つ。
挑発めいた、あえての癇に障るだろう言い方で。
(第39話につづく)
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