第37話、儚げな見た目に騙されると撃滅される、良い例




そして、本日最大のピンチをうまく切り抜けたはいいのだが。

それでも僕は、全力で走りながら逃げていた。



それは、《壌鋸(ディア・ディジェスト)》で放送室を抜け出し、その足で寮に戻ってすぐのことだ。

とりあえずどこかに遊びにでも行っているのかカインの姿はなく。

何だか入用になりそうだったからありったけの、僕の能力を発動するのに必要な『もの』たちをあったバックに詰め込んで、部屋を出たまではよかったのだが。


そのまま寮の玄関から出た時に、それは起こった。




「あーっ! いたーーっ!」


まるで寮中に響きそうな、それでいて鈴鳴るようなかわいらしい声が向けられる。僕はそれに何気に顔を上げ……。


「げぇっ。で、出たぁーっ! 《傾異(ガダラデ・クリア)》っ!」


いきなり絶叫するようにそう叫ぶと、手に取った音学視聴機能つきのサングラスを掲げる。

僕の能力の触媒となる『もの』たちは、大抵が身近な工具文房具だが、彼女だけは特別だった。

その能力が僕にあっていて頻繁にその力のお世話になっているというのもあるが、すぅからのプレゼントというのが大きい。

まだ日が浅く会話ができるほどではないが、その魂が確実に息づいていて。


彼女……『クリア』が光を放ち消えたかと思えば、僕の背中には虹色のプリズムを蒔く翼が生えてくる。



「まてまてーっ!」


って、そんな事考えてる暇ないんだった!

その声の主が誰であるのかを確かめるのももどかしく中空に飛び上がり、猛スピードでひたすらその場を離れることだけに集中する。



『……ど、どうしたんですか? そ、そんなに慌ててっ』

「やばいんやって! あいつはっ! もし今まで会った子たちと同じ理由で追ってんねんやったら、間違いなく全殺しにされるっ!」

『声を聞く限りでは、そんな風には思えませんけど……』


大げさじゃないですか、と言わんばかりの詩奈の言葉。

僕はそんな詩奈の言葉にはっとなって身を震わせる。

背後から、再び先ほどの待ったをかけるかわいらしい声が、聴こえてくるではないか。


しかも、じわじわと近付いてきている。

ついには耐えられなくなって、冷や汗を垂らしながらおそるおそる振り返ると。

見下ろすその向こう、色とりどりな屋根を伝ってこっちに向かってくる、白く長い髪が太陽の光を受けて虹色に眩しい少女の姿がそこにあった。



『……っ』


その人物を目にしたのか、再び息をのむ詩奈。

その様子は少しおかしかった。

少なくとも僕と同じように恐怖に慄いている風ではないようだったけど。

だけどその時の僕は、それどころではなかった。



「ひぃぃ、やっぱ来とる~っ! やばいやばいやーばーいーっ。これ以上近付くと尋の射程範囲に入ってまうで!」


僕は限界を超えろとばかりに姿勢を極限まで低くして加速する。

だが、それでも……確実にその声は近付いてくる。

もうそれは何だか、人智の及ぶ所にはないような、そんな恐怖すらあった。



そして。

限界を超えて飛んでいた僕は。

学院内を出て、ジャスポースの街に入ろうか入るまいか、というところでついには力尽きる。

あからさまに失速して、静かに降り立った。


「ぜぇっ、ぜぇっ。し、しゃーないな。できればやりたくはないが、ここで迎え撃つしかない……か」


これでもかってくらい苦笑いして肩を落とし、新たに持ってきた長めのスパナを二本手に持ち、アタッチメントつきのクリップを三本指にくっつけ、ただじっと彼女がやってくるのを待つ。

まさにそれは、死のカウントダウンとも言える瞬間だったのだが。


しかし……その少女、永輪尋はいつまで経ってもやってくることはなかった。

さっきまで聴こえていた声も今はぴたりとやんでいる。


「あれ? 何でや? もう駄目やと思ったのに……」


諦めた、というのは僕の知る彼女の性格では考えられなかった。

だとすると、他に優先すべき何かができたのか。

あるいはこの試験とやらに校外には出てはならないなどというルールがあるのか、くらいしか思い浮かばない。


子供っぽいが、そう言った決まりごとには律儀な彼女ならば、それを守っていてもおかしくはなかった。


だけど。

その考えを詩奈は、自信なさそうに否定する。


『あの、たぶんなんですけど、追いかける必要がなくなったから追いかけないんじゃないでしょうか。わたしが校内の校舎に入ろうとしたら襲われたわけですから』「ふむ、なるほど。そうとも取れるわけや。まあ、どちらにしろ僕らも中に入らな困るわけやしな。……そう言えば、何だかんだドタバタしてきたが、何か思い出したか?」


今までの流れから、詩奈の探し人は校内にいるのだろうと考えていた。

今の詩奈の言葉の通りで、詩奈の件と今回の無茶な試験に仮に関連性があるのだとしたら、そうあるべきではないのかと。



『……はい。あの、さっきの追いかけてきた人を見て、ちょっと思い出しました』「って、こんなんで思い出したら労はな、ってえええっ!?」


何となく軽い気持ちで訊いたから、思い出したと言われて素直に驚いてしまった。


「思い出したって、その……探し人のことかいな?」

『はい。全部ってわけじゃないんですけど、わたしの会いたい人は、彼女みたいな髪の人だったと思います』

「……尋みたいな、つまり白っぽい髪っちゅーことか。うーん、尋以外でそんな人おったっけなー」


ざっくばらんに言えば、アルビノ。

動物でいうならば白蛇やホワイトタイガーなどが有名だが、彼女のそれは遺伝らしい。

僕はもちろん、尋自身も同じアルビノの人は家族以外で会ったことはないと言っていた。


それだけ希少なのだから、他にいればすぐにわかるはずなのだ。

おそらく、詩奈の探し人がアルビノであるということではないのだろう。


だとすると、考えられるのは……。



僕はそんな風にいろいろと考えをめぐらせ、悩みこんで。

そして、一つのあてに辿り着いた。



「そうやな。もしかしたら、詩奈の探している人、見つかるかもしれんよ」

『ホントですか!』

「ああ、僕のカンが当たっていればやけどね。うん、そうすっとやっぱり校舎戻らなあかんな」


逃げているばかりじゃ始まらない。

今度はこっちから責める番だと。

そんな強い気持ち含まれる言葉とともに。

僕はそう、決心したのだった……。



             (第38話につづく)






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