第36話、あかーんと嘘泣きしてる間は、きっとまだ大丈夫



次々に魅力的なヒロインが現れて紹介する暇もないくらいで。

それでもだんだんと、捻りきったゴムのようにきつく厳しくなってきて。

はてさてこれからどう立ち回るべきかね、なんて考えていたけれど。


詩奈は詩奈でそれどころではなかったらしい。

今までとは全く違う、激しい混乱と驚きが伝わってくる。



『お母さんだ……』

「およよ~……って、はああ!?」


無意識なのか、ぽつりと出た詩奈の爆弾のような言葉に。

泣きまね(本泣き?)をしていた僕は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「ち、ちょっと? お、おかあさんて……だ、誰が?」

『……あの人です。我屋響さん。会ったことはなかったんですけど、若い頃の写真は持ってたから……』


それを訝しそうにしている三人の目もあって、それでも小声で僕がそう問いかけると。

詩奈はそんな風に詳しく説明してくれた。

だが、その声色には、何だか喜び以上に申し訳なさというか、複雑なものが含まれている。

何だか深く突っ込んで欲しくない話題なのかもしれないな、なんて思って。



「それで? 詩奈の会いたい大切な人って、ガヤさんのことなん?」

『いえ、違う……と思います。だって、お話したこともないですから。ずっと、憧れてはいましたけど……』


だから代わりに僕がそう聞くと、今度ははっきりそれは違う、という意志みたいなものが伝わってくる。

ひょっとして、当たりかとも思ったが、そううまくはいかないらしかった。



「あー、えーと? ガヤさん? 一コだけ聞いてもエエか?」

「何かしら。冥土の土産なら、あずさのほうが聞いてくれるわよ?」


やっぱりというか、お前もかという感じに物騒なことを言っているガヤさんに、僕はそれでも勇気を出して……言葉を続ける。

うまくいけば、詩奈のことが分かるかもなんて思ったからだ。


「ガヤさんて、子供いたりするん?」

「……え?」

「ひ、響って結婚してるの? なんか落ち着いているとは思ってたけど……」


それは、ある意味無謀と言ってもいい思わずついて出てしまったものだったが。

効果が覿面だったらしく、知らなかったとそのまま鵜呑みにして固まるあずさに、何か変に納得しているミャコがいた。


「ほう? よく言ったバカオンジ似の小娘が。私が……それだけ年増に見えると、そんな高度な嫌味と受け取っていいんだよな? それは?」


まるでその声だけで、張り倒されてしまいそうな。

どす黒い圧力を持った響の声。

僕はもしかしなくても、地雷を踏んでしまったことを自覚する。


「虫の標本よりも……惨たらしく死ね」

「ひ、ひいっ!?」


瞬間、二本だったはずの黒千が、指の数ほどに増殖し、それらが全て僕に向かって飛んできたからたまらない。

情けない声をあげて倒れていた長テーブルに身を隠す僕。

黒千は、いとも容易くそれを貫き、またもや腰を抜かした僕のほんの数ミリで引っかかってぴたりと止まった。


またしても間一髪である。

ものすごい静電気のせいで、髪がぶわぶわ浮いていたけど。


『……ああ、やっぱりお母さんだ。聞かされた通りのひと』

「ま、マジでっ!?」


今度は詩奈が落ち着いた様子でそんな事を言うので、僕は思わずそんな突っ込みを入れてしまうが。


「……本気(マジ)よ。楽には死ねないと思いなさい」


それにより僕にとって最悪の会話が成立してしまった。

それに倣うように、ちゃっかりミャコもあずさも戦闘体勢に入っていて。

僕はいよいよ追い詰められる。



「何かないか、何かっ? マジで殺されてまうで僕っ!」


半ば以上に自業自得ではあるが、そんなこと分かり過ぎるほどに分かっている。

何とかその場から逃げ出さねばと制服を弄るが、いつもの自分の制服ではないから、期待はできなかったのだが……何故か誰かが入れてくれたのか、奇跡的にそれはあった。



「……あ、これはっ」


僕はアタッチメントの壁に貼り付けられるタイプのクリップを発見し、声をあげる。僕と長い付き合いのある子じゃないから、そこにはまだ魂を読み取ることができなかったが、それでもはったりはきくだろう。


「ふははっ、これさえあれば……いくでぇっ! 覚悟しとけっ! 《壌鋸(ディア・ディジェスト)》っ!」


人差し指に填め込んだクリップを媒体とし、咆哮をあげて僕たちの前に出現したのは、三メートル強はある鋼の竜だった。

その大きさに圧倒され、構えるもの引くもの……その隙を、見逃さない。


「喰らい尽くせ!」


僕は大仰にそう叫び、くんっと糸を操るように指をひくと、そのあざとを自らに向けて……そのままばくり、と自らを飲み込ませる。


僕の突飛な行動に観弥子たちが我に返ったのはその時だったんだろう。

逃げるなーとか、こうなったら後で吟也でうさはらしてやるとか、最後まで後味を残してくれる声を耳に残して。


僕はまるで地面に吸い込まれるように。

竜ごと姿を消していったのだった……。



             (第37話につづく)






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