第35話、目指すはどこぞのヒロインのめざせ友達100人を超えるなにか




僕が迎え撃つようにスパナを構えると。

聞こえてくるは詩奈とはまた違った、僕だけに聞こえるスパナの彼女の声。



思えば、彼女たちの『もの』の声を日々聞いていたおかげで、突然やってきた詩奈に対してもすぐに受け入れられたのだろう。

ちなみに、無邪気でミリタリーマニアなスパナの彼女は、『モトカの力があれば、風だろうがなんだろうがばらばらのぐずぐずでありますっ』……なんて言っている。


ミャコとは面識があるはずなのだけど、どうも僕しか見ていないようにも見える。

まぁ、そこまで想われるのは、決して悪い気分じゃなかったけれど。



「いくでーっ……秘技その2! ナントカの百計、逃げるが勝ちぃっ」


だから僕は、そんな事を宣言すると。

そのままヒースたちのときに見せたような、目にも止まらぬ速さ(のつもり)で放送室の出口のプラスチック造りの白い引き戸から、飛び出そうとしたのだが。


僕はこの時、自分が思っている以上にギリギリに追い詰められているやばい状況だと、分かっていなかった。



「火に入る虫、逃げられるとお思いですか?」



それは、ミャコのものでも、僕や詩奈、『もの』な彼女たちの声でもない、新たな闖入者の声。

いつの間に潜んでいたのか、そこには肩膝をつき竹製の大きな箒を携えた、深緑の髪を耳元で切り揃えた一人の少女がいた。




「……あずさっ?」


あと少しで正面衝突してしまいそうな所を踏ん張って堪える。

その少女……小柴見(こしばみ)・あずさは、自らの名を呼ばれ……髪と同じ、エメラルドの輝き潜むその瞳をすぅっと細め、流れるような動作で抜刀した。


シュィンッ!


(居合い切りっ!)


理解するのと、光の軌跡だけを残して斜めにかち上げられた胴切りを受けたのはほぼ同時だった。



『……きゃあっ!?』


脳天にまで響くような、すさまじい衝撃で僕の身体が激しくぶれ、悲鳴を上げる詩奈。

一方で、それが直撃した僕自身は、吐き出すような息を漏らして……それでもすぐに立ち上がった。



「だっ……はぁっ、はぁっ。せ、せやからっ、あんさんらちょっとは手加減しろっての! 死ぬっ、ほんまに死んじゃうって!」

「私の一撃を受け止めておいて、それはないでしょう」


僕の悲痛な訴えに、あずさは再び箒に手を添えて、瞳を細めると、呆れたように感心したようにそう言った。


彼女も同じクラスで、それなりに親交のある人物である。

今のだって、竹箒に日本刀が仕込まれていると聞いて分かっていたからこそ、とっさに構えたスパナで間一髪それを抑えられたのだ。

事実、スパナの螺子などを回す先端部分は、めっきが剥がれ、刃と刃の摩擦で高熱を帯びている。


ただ、受け止められたのは僕の腕と言うよりスパナの彼女の我慢強さゆえだろう。特に前線に出ることの多い彼女は、たとえその身が壊れようとも泣き言を言わない。

逆に、使われなければ『もの』は死に絶えるだけだと脅される始末だ。

だからこそ、いざと言うときの判断は、僕に委ねられるわけだが。



「ちょ、ちょっとあずさ、そんなもの振り回したら危ないって」

「おまいもおんなじやーっ! その物騒な爪、早うしまえやっ! ……つか、よってたかってこんないたいけなもやしっ子いじめて何が楽しいねんっ!」


まるで自覚がないような言い方をするミャコに、半分金切り声で叫ぶ僕。


「そうですね。思ってた以上に手ごたえがあって、なかなかに楽しいですよ」

「あ、それはちょっとわかるかも」

「もおおぉぉっ」


だが、その涙ながらの訴えは届かなかったらしく。

本当に楽しそうな表情すら浮かべて、そんなことをのたまう二人。


これは、あれだ。

普段の授業や試験じゃなかなか思い切ったことができないから、鬱憤が溜まっていた所があったのだろう。


そういう所は僕にもなくはないから分からなくはないが、そうは言ってもその矛先が自分に向けられたとあってはそうも言ってられなかった。

これで、入ってきた入り口はミャコに塞がれ、後ろの出口はあずさに塞がれてしまったことになる。


そうなると、出口は反対側の窓しかない。

ここは二階だから、やってやれないことはないだろうが……しかし、そんな僕の考えを、またしてもここにいないはずだった声がぶち壊す。



「窓から逃げようか……思案中?」

「げぇっ、ガヤさんっ!」

『……っ!』


いつの間にそこにいたのか、窓から逃げようと向けた視線の先に、ばっちり入り込んできたのは、アンニュイな雰囲気振りまく、ナチュラルパーマがかかった黒髪、僅かな朱を含んだ黒い瞳の少女だった。


名前は我屋響(がや・ひびき)。

またもや僕とは同じクラスで、あずさと二人して大人びているという波長があうのか、よく一緒にいるのを見かける。


たいへん特徴的な声を上げて固まる僕に、邪悪そうな笑みを浮かべながらしっかり戦闘体勢でいるその手には、黒い撥のようなもの……黒千(コクセン)が握られている。

それは投擲して扱う武器の一種で、突き刺さると感電するというたいそうおっかない武器であると、ご教授してもらっているくらいには……付き合いのある人物だった。


というか、僕にしてみれば学院の生徒、特に女の子は全員知り合い以上を目指しているんだけどね。



「そのいやそーなリアクション。本当にバカオンジみたいじゃない」

「ばっ……な、なんちゅーあだ名つけよるかね!? ほんまに泣いちゃうで僕っ」


とんでもないことを言うハスキーヴォイスに、大げさにおよよと泣き崩れてみせる。さらに追い詰められたと言うのにもかかわらず、かえって余裕そうにも見せるのがコツだ。



『……えっ!?』


だが、詩奈のほうはそれどころではなかったらしい。

何故だか、今までとは全く違う、激しい混乱と驚きが伝わってきて……。



             (第36話につづく)






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