第39話、さんざんばらくらったダイヤモンドクローの意趣返しだなんて



「……尋さん。ターゲット以外は作り物です。全力で、潰しましょう」

「りょーかーいっ!」


セツナはしゃりんとつばを鳴らし、『漆黒・十六夜』と呼ばれる愛用の刀を。

ヒロは薄皮の、指の出たグローブで両手をあわせ、戦闘体勢に入る。


十人の大小さまざまな、よく見るとメタリックなのも混じっている僕らは、それを見ても余裕綽々の表情のままだった。

揃いも揃ってそんな顔をすれば、相手を余計に煽るだろうことを承知の上で。

この時の、彼女たちの大きな誤算は。目の前にいる人物が、僕を乗っ取り操っている何者かだと思い込んでいた所だろう。


「いっくよーっ! 『ウィルオ・スマッシュ』!」

「……『剣小夜曲・残響』っ!」


ヒロは両手両足に光を集め、まるでその髪が天使の羽衣であるかのようにふわりと舞い上がった。

そして、その身軽さとは裏腹に、残像を残して繰り出される両手足での一撃は、まさに乾坤の一撃。

たとえるなら紙のように、出来損ないの僕らを吹き散らし、叩き潰し、天へとかち上げる。


一方、そんなヒロに並ぶように放ったセツナの一撃は……どこまでも静かだった。

中段に構えた刀が陽炎のように揺らめいたかと思うと、まるで花咲いたように光が剣筋となって散り、その一撃に触れたものは、そのまま操りの糸が切れてしまったかのようにバタリと倒れる。


そんな二人の一撃、一閃で。

倒れ伏したのは八体。

倒れた僕だったのものは……その力を失ったように、大きな鉛のようなものの塊と化してその場に転がる。

残ったのは、もやしのようにひょろ長い男の僕と、少女の姿を成し、今も赤く淡い光を放つ僕のみだ。



「やばっ、た、退散ーっ!!」

「……」


少女の姿をした僕は、あからさまにうろたえて見せ、もやしの僕は何も語らず、それぞれ逆方向に逃げ出していく。



「二手に別れて追います! 尋さんはあちらをっ!」

「うん、わかった! 逃がさないぞ吟也さーんっ」


当然それを見逃すはずのない二人。

セツナは少女の姿をした方を。

ヒロは、念のためなのだろう。

もやしのようにひょろ長い僕を追いかけてゆく……。




共闘しているのか。

どちらかがターゲットを倒し、捕えたら特典山分けの約束でもしているのか。

ヒロの動きには無駄がなかった。

たいして時間をかけず、ひょろひょろの僕を追い詰める。


それは、建物によって先の塞がれた、死角の辻。

長い屋根のおかげでさほど陽も当たらない場所だった。



「あんまり弱いものいじめはしたくないからね。……すぐ楽にしてあげるよ」「……」


無邪気にも言われた相手にとっては残酷なその言葉を受け、ひょろひょろの僕は無言のままロングスパナを構える。

その腕は僅かに震えていて。

その虚ろな瞳の中には、まるで生きているかのように、恐怖、不安、緊張……そして悲しみといったさまざまな感情が浮かんでいただろう。


作り物だとは言っていたが。

それを見ている尋にしてみれば、何だか自分が本当に弱いものいじめをしている気になっただろう。

戸惑うヒロに……震えていたひょろ長い僕は、馬鹿にするなと言わんばかりにスパナを振り上げて突っ込んでゆく。



「……っ」


それは、ヒロが思っていたよりも、二歩、いや三歩ばかり早く鋭かったらしい。

危機感を覚えただろうヒロは、身体に染み付いている、流れるような自然な動きでのけぞるようにその一撃をかわすと、しなやかなバネのごとき反動のおもむくまま、返す拳で思い切り……僕の額を打ち抜く。


とっさに出たカウンター、あるいはジョルトだろうか。

みしりと、まるで人の頭蓋に拳を叩きこんだかのようなリアルな感触に思わず顔をしかめるヒロを前に。

ひょろ長い僕は、まるで作り物とは思えない生身の肉体が刎ね飛ばされる感じで地面を滑って転がった。

そのまま、ピクリとも動かない。


「……」


尋はしばらく様子を見ていたようだったが。

転がった僕は、最初に倒した者達のように金属化することもなく、その場にいやな静寂をもたらしている。


「あ、あれ? な、なに? もしかして……ほんものだったってオチじゃ、ない……よね?」


そう言うヒロの声色は強張っていた。

悪夢のようにちらつく最悪の想像を、できるだけしないように努めながら、動かないそれに近付いていくのが手に取るように分かる。


ヒロは、呼びかけながらうつ伏せになっていた僕を起こし、はっと息をのむ。

その額には……明らかに思い切り殴られた人体が起こす鬱血が起こっていたのだ。



「えっ、そ、そんな……なんで? どういうこと?」


もう、狼狽なんてレベルじゃなかった。

もともと雪のように白いヒロの肌が、さらに色を失っていく。


……と。



「……っ」


起こされたことで意識が戻ったのか。

もはや虫の息のひょろ長い僕は、微かに瞳を開けた。

そしてそこにヒロがいるのを確認すると、何かを伝えようと、声にならない唇を上下させている。

まるで、最期に何かを伝えようとでもしているかのように。



「……なに? なんて言ってるの?」


ヒロはそれを聞き届けようと、もっと顔を近づける。


すると。

ひょろ長い僕はほんの僅かだけ笑みを浮かべて……言った。




―――オマエモ、ミチヅレダ!




「……え?」


ヒロは一瞬、何を言っているのか理解できない、という顔をしている。

改めて聞き返そうと再び顔を向けると、そこにはドロドロに溶け出す、元僕だったものが横たわっていて。

鉛色したそれは。意志を持つように波打って。



「きゃあああっ!?」


驚愕の表情に染められたヒロを、為す術もなく飲み込んでゆく……。



            (第40話につづく)






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