第32話、気づけばハードラックと踊っちまってるなんて、気づかないふりで
突然と不可解の交じり合ったヒースの行動に。
それから僕は何もできずに固まるしかなかった。
さてどうしようかと、このままじゃいけないと迷い考えていると。
助け舟を出すように、詩奈が口を開く。
『あの、吟也さん? わたし思ったんですけど、今吟也さんはいつもの吟也さんじゃないんですよね? だからその子……えっと、ヒースさんですか? 吟也さんのこと違う人だと思ってるんじゃないでしょうか。なんとなく、ですけど』
「……」
そう言えばそうだったと、反応しようとしてとりあえず僕は言葉を止める。
言われてみれば、こっちは普通にいつもの調子でいたが、ヒースにとっては違うかもしれないのだ。
僕自身最初は性別が変わったくらいじゃあまり変わらへんやろと思っていたが、実際鏡で見て……たとえばヒースなんかが、別人だと思い込んでも仕方がないだろうと思えなくもなかった。
まあ、だからと言っていきなり襲い掛かってくることが理由にはならないだろうとも思うけれども。
「あー。そんなこと言わずにやな、マジに状況分からへんねん。いきなり襲い掛かってきた理由くらい、教えてくれたってバチあたらへんと思うんやけど」
「……」
そんなわけで改めて下手に出つつそうお願いしてはみるも、ヒースは口を開いてはくれなかった。
まさしく、死んでも何も言わないという感じの頑なさを前面に押し出しているヒースに、僕は一計を案じることにする。
「しゃーないなあ、もう。こうなったら奥の手やっ、秘技!くすぐり地獄の刑っ!」
わざわざそう宣言してから。
がら空きのわき腹めがけて言葉通りくすぐり攻撃を開始した。
「うやぁっ? や、やめてよ!」
「ほれほれ、大人しくはけや~。笑い死にしとうなかったらなー」
「きゃはははははっ、ひ、ヒキョウだよっ!」
まさかそんな事をされるとは思ってもみなかったのか、笑いのツボを心得ている、かどうかはともかく。
すぐに驚いたように、過剰に反応するヒース。
『吟也さん……また、セクハラですか?』
「いやいやっ! 僕はなんも悪くなーい! なんも言わずに突っかかってきたヒースが悪いんやでーっ」
呆れたような詩奈の声が聴こえるが、敢えてそれにも耳を貸そうとしなかった。
頭と心にダイレクトに響いてくる、その力ある口調に慣れたこともあるけれど。
くすぐる時の表情は、そんな言葉とは裏腹に、緩んでいただろう。
自分で言うのもなんだけど。
説得力のカケラもないとはまさにこのことである。
だが。僕のくすぐり攻撃に耐えられそうになくなって、限界間近だったヒースに、思わぬ助けが入った。
それに対し、初めに感じたのは猛烈に上空から大地へと、突き抜けるような突風だ。
「……ちぃっ」
「きゃあっ!?」
そして名残惜しさ半分、焦り半分でいきなり真面目顔に戻った僕は、とっさにヒースを抱えるようにして今までいた場所から離脱した。
次に聴こえたのは、大地をえぐり落ちる、ミサイルのような爆撃音。
もうもうと立ち込める土煙の中、見えたのは青い弾丸のような何か。
「【ブルーバード・スラッシュ】ッ!」
「マジかいなっ!?」
そして休む暇もなく着弾地点からそんな頼もしげな少女の声が木霊して。
青い弾丸らしきものが猛スピードで僕に向かって飛んできた。
僕は慌ててそう叫ぶとヒースを放し背後に追いやってから、それを待ち構えるようにスパナを構える。
響くのは、何か硬いものと硬いものが軋れるような音。
爆ぜる炎と舞い散るのは、青色の羽。
「……ったく、次から次へと! 今度はお前か、あいうえおっ!」
「あいうえおじゃなーいっ! 秋穂羽(あいお・はね)だーっ!」
ぶつかったのは、青いメタリックな手甲のようだった。
僕がそれをのけるようにして、スパナを突きつけるように叫ぶと。
制服の上にスーパーマンが身につけるような、青色のマントを身に纏った青いショートボブの髪の少女は、ぴいぴいとした甲高い声でそう叫び返す。
「アオイ? な、なんで……?」
「なんでって、それはこっちのセリフだヒース! 抜け駆けするから吟也に酷い目に……って、あれ? 君……吟也じゃ、ない?」
困惑するヒースに、答えかけようとして秋穂羽……通称アオイは、改めてまじまじとそのサファイヤの瞳で僕を見据えた。
「な、なんやねん」
そして、まるで観察するように、つま先から頭のてっぺんまでなめまわすようなアオイの視線に、僕はなんと答えたらいいか分からず、圧倒されるように一歩下がる。
「……ふん、なるほどね。君がテストのターゲットか。吟也本人かと思ったんだけど、なんて言うかご苦労なこった」
そしてまたしても、一人で納得して、頷くアオイ。
「ごくろうって。勝手に決めつけんなや。つーか、さっきから一体何の話やっちゅーねん」
「あれ? 知らないのか? ほらこれ……この紙、今日の臨時テストのビラだ」
余計にご苦労様だと言わんばかりのアオイは、先程の剣幕はどこへやら、そう言って懐から取り出した言葉通りのビラを僕に手渡した。
そして、そこに書かれた内容を読むにつれ。
僕はまたもや驚愕、絶句する羽目になる。
(第33話につづく)
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