第31話、自身では大スクリーンの向こう側が見えないから
『ぴんぽんぱんぽーん! えー。ただ今からとってもおいしい特典つきの、臨時特別試験が開始されまーす! 参加者、関係者の方以外は、すみやかに自室、校外への避難をお勧めしまっす! ……というか、下手の校内に残っていると大怪我するよ。悪いこたあ言わないから、席外しといたほうがいいって。うん、でもって、参加者のみなさん、はりきってまいりましょーっ! …………ふう、こんなもんかな。ちゃんと言えたよえっちゃ……プツッ』
「な、何やぁ、今のは」
それは、異界のロケーションにはふさわしくないと思うような、レトロな校内放送だった。
試験を開始するとかなんとか言っていたが。
そんなものがあるなど、僕は聞いていないし予定に入ってなかった。
しかも、参加者以外は避難しろなんて、今いる場所がまるで戦場になるような言い方だ。
『吟也さん、よく分かんないですけど、一旦避難したほうがいいんじゃないですか?』
「うーん、言葉通り受け取ればそうなんやろうけど……今の声、ミャコやな。ミャコ本人はともかくとしても、裏で糸引いとるヤツのこと考えっと、たちの悪いイタズラっちゅーのも捨て切れんな。だいたい大怪我するから避難しろって、いい加減すぎるやろ」
次から次へとタイミングよく起こる普通でないイベント。
僕はそれら全てに巻き込まれるんじゃないかって不安を覚える。
いや、それはもう予知に近かったのかもしれない。
まるでさっきの放送の試験開始、そんな言葉が証明されるように。
その場の空気が一変する。
『あっ……』
それは、その場にある空気が全て入れ替わり、世界そのものが変わってしまった感覚。
試験でもよく使われる、異世へと足を踏み入れた状態。
放送していくらもたたないうちにこれかよと、内心で舌を巻いていると。
僕の目前に、薄赤い……桜の花びらのようなものが、いくつも舞い降りてくるのが分かった。
いや、それは花びらではない。
まるで血が沁みたかのような……赤い雪だ。
「桜の雪。これはヒースの異世? なして?」
それは、僕にとってみれば初見ではない見覚えのある世界だった。
その主はどこかとあたりをきょろきょろ見回していると、そんな僕に感心したような声がかかる。
「……へえ? そこまでヒースのこと知ってるってコトは、サスガにあの子がこんな舞台まで用意してるワケだね」
その異質を告げる雪にまかれるように、現れたのは。
僕よりも淡い、膝までありそうな長い長い桜色の髪をなびかせ、まるで人のものではないような……どこまでも透き通ったアクアマリンの瞳の少女だった。
「ヒースっ? いきなりマジモードで何やねん。もしかして……さっきの放送で言ってた、試験に参加しとんのか?」
僕は少女……ヒース・アイラスの言っていることにイマイチついていけなかったが。
彼女は半年足らずの学院生活の中で、比較的仲の良い友人の一人である。
だから、何が起こっているのか、試験とは何なのか。
それを訊こうとしたんだけど。
返ってきたのは、いつも楽天家でにこにことしているのが基本であるはずの彼女の、凍るような……怒りすら感じさせる表情だった。
「あんまりそのカオで、ヒースを刺激しないで。……できるだけキズつけたくはないから」
「お、おいっ、ちょい待てっ! そんなズバリ指摘されてヘコむことわざわざ言わんでも……じゃなく、傷つけへんとか言っときながらその手に一体化しとんのはなんやねんっちゅー話やっ!」
完全にビビリながら僕が指摘したその視線の先には、腕を覆うように填め込まれた、あるいは僕の言うように、一体化した……見た感じ人の身体なんぞたやすく貫き通せそうな鋼鉄製のドリルだった。
「大丈夫。これがなんなのか分かる前に、ヒースがデリートしてあげるよ」
そして、僕の言葉が届かないのか、意識的に無視をしたのか。
それ以上有無を言わせないが如くそう言い捨てると、いきなり赤い雪の粉塵を散らしてヒースは掻き消えた。
『っ! 吟也さんっ! 危ないっ、逃げてっ!』
その瞬間、詩奈の恐怖心のこもった声が僕の身体を駆け抜ける。
それは、もしかしたら詩奈が昨日出会ったという、詩奈の存在を消そうとしている存在のことを思い出してしまったからなのかもしれなくて。
「……何や、『ショートカッター』か? 意味分からへんのやけど、マジで戦るつもりかよっ!」
一方の僕はまだ状況がよく把握できていないというのもあっただろうが、そんな詩奈よりはまだ落ち着いていた。
その訳は、ヒースが僕と同じ【金(ヴルック)】属性の魔法を主体とするタイプで、彼女が何をしたのか知っていたのもあるだろう。
僕の言った『ショートカッター』とは、簡単に言えばテレポート、というやつだ。
「今頃気づいても遅いよっ!」
『……っ!』
ギュルギュルと空気を擦り裂ける音とともに、一歩近付けば触れそうな、目前に出現するヒース。
振り上げられた高速回転するドリルは、もう僕の頭上すぐ側まで迫っていて。
その瞬間。
僕は何の前触れもなく瞳を閉じた。
そのせいで、詩奈の視界は闇に覆われてしまっただろう。
それは……今日詩奈が目覚めたら僕の中にいた時と同じ状況に違いない。
おかげで、余計に怖がらせてしまったかもしれないが。
そのフォローは、やがて開かれた視界の先に見えた光景で、示してやることにする。
「……チェックメイト。物理攻撃は失敗やったな、ヒース。『僕がヒースを瞳に留めなければ、ヒースはそこに存在できない。』……って、あんさん自身が僕に言った言葉や」
今僕は、ヒースの背後を取っている。
その間単に折れてしまいそうな細く白い首に、短いスパナを。
まるでナイフをつきつけるように添えていた。
「そ、そんなっ」
『え……?』
詩奈が何をしたのか分からず呆然とするように、ヒースもまさか自分がいきなり追い詰められるとは思っていなかったのだろう。
その声色に焦りが見える。
僕が言ったのは、ヒース・アイラスという少女の本質についてのことだ。
彼女は正確に言えば人ではなく、『金』属性の魔力そのものだった。
今そこにいる彼女は、立体ホログラムのような、あるいは分身といってもいいかもしれない。
本当の彼女は病で動けず、いつも寮で寝たきりの生活をしている。
だが、それではここに着た意味がないということで、分身の彼女は実体を持ち、触れることもできる。
それを踏まえた上で僕が今したことは、分かりやすく言えば、誰かがヒースを『見る』という行為があって初めてヒースは実体を持ち、存在することができる、というものを逆手に取ることだった。
その誰かが目を閉じれば、ヒースはその誰かにとって消えてなくなるように感じる、ということである。
それが、一体どんなからくりでできているのかはよく分から……ゲフンゲフン。
ややこしいので説明は避けるが。
僕は、その事をヒース本人から聞かされていたのもあり、その法則をうまく利用してヒースの攻撃を回避したわけなのだ。
まさかここまでうまくいくとは思っていなかったから僕も驚いてるけど。
「で? いきなりこんなんやらかしたんやし、僕に分かるように説明してくれるんやろな?」
「……あなたに言うことなんて何もないもん」
別にこれっぽっちも本気ではないが、少し脅かすようにそう言ってギリギリで離れていたスパナを触れさせると、肩をこわばらせ、何だかマジに受け取られていそうな、ちょっと泣きそうな声でそう答えるヒース。
ヒース自身が同じように僕のスパナによる能力を知っているというのもあるのかもしれない。
僕の使う、スパナを媒体にした【金(ヴルック)】属性の技の一つに、《断鎔(ライズ・リソリューション)》と言うものがある。
それは、生物だろうと無機物だろうと、分解してしまう技だ。
まぁ、厳密に言えば僕の力ではなく、スパナの彼女自身の力なわけで、僕はその声を聞き従ってるだけで、未だかつてそれを人に向けたことなどないのだが。
何だかその洒落になっていないような雰囲気に、かえって焦ってしまう僕である。
これはさっきのテストなんたらではないのかと。
まるで実際に敵に捕まってしまったスパイのように、口を割ろうとしない意味がどこにあるのか。
そもそも自分が彼女を傷つけるわけがないだろうと、いろいろと考えてみるのだが。突然と不可解の交じり合ったヒースの行動に、それから僕は何もできずに固まるしかなかった。
さてどうしようかと、このままじゃいけないと迷い考えていると。
それに助け舟を出すように、気を取り直したらしい詩奈が。
何かに気がついたらしく、声を上げて……。
(第32話につづく)
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