第30話、意外と抵抗がなかったのは、思ったより悪くないと感じてしまって
改めて鏡に映る自身を目の当たりにして。
何故だか僕は懐かしい人に会えたような、そんな気持ちを覚えた。
こんな自分に、未だかつて会ったことなどないはずなのだけど……。
「……確かにこれなら着替えたほうがましな気ぃしてきたわ。でもなー、やっぱなんつーか恥ずいんやけど……あ、そや。そんなら薫、あんさんのそれ、貸してくれへん?」
そう言って視界に入ったのは薫の着ている? みゃんぴょうのきぐるみ。
といってもそれは、脱いだら中の人がいるわけではないことを、分かった上での台詞だ。
「いつもどうやって脱いどんの? 後ろにジッパーでもついとるんか?」
「え? や、やめてくださいっ!」
あえてのにやにや顔で手のひらをわきわきさせると、真に受けたらしく怯えたように抗議の声をあげる薫。
僕からしてみれば、きぐるみに対しての単なるじゃれあい、ぐらいにしか考えてなかったが。
愚かな僕は、その光景が詩奈の目にどう映っているのか、気づけなかった。
すなわち、何の咎もない大人しめな女の子に、いきなり襲い掛かろうとしている図、である。
『吟也さん……そんなことする人嫌いです。女の人になったからって、それはセクハラですよ?』
「……ぅぐぉっ」
「……?」
そして、その質の高い声のなせる業なのか、絶対零度にまで下がった詩奈の声でそう言われ。
詩奈から自分がどう見えているのか、その事実に遅まきながらも気づいた僕は。
カエルの潰れたような声を出して、固まるしかなかった。
それを、不思議そうに見上げてくる薫のつぶらで大きな瞳。
おかけで、すっかり罪悪感に押しつぶされてしまった僕は。
「……しゃーない。ここは言うこと聞いといたる」
結局のところ、サマルェの思惑にまんまとはまってしまうのであった……。
※ ※ ※
それから。
女の子になってしまった? 僕は。
無難に……それでも悪戦苦闘、七転八倒しながら、女子用の学院の制服(黒と紺のツーピース仕立てのフレアスカート、リボンがわりの一対のホワイトスノウ)に着替えると、薫たちと別れ、再び太陽の下へと繰り出していた。
「なあ、詩奈、しいなちゃん? まだ怒っとんの? だからあれはほんの出来心……やなく、誤解やってー」
自分はみゃんぴょうのきぐるみに興味があっただけです、何てこと言えるはずもなく。何だか詩奈はとてもご立腹だった。
何せあの後、サマルェがひょっこり戻ってきて、火に油を注がれてしまったせいもあるだろう。
『別に怒っているわけじゃないです。……わたしはただ、吟也さんも男の人だったんだなーって』
それは変わらぬ氷点下のままの声。
「いや……まあ、ね。こんなんになっても男の心意気だけは失っちゃあかんと思うわけよ僕は」
『……』
売り言葉に買い言葉で、またもや言い訳にもならないセリフを口にする僕。
それを聞いて黙り込んでしまう詩奈であったが。
その沈黙は、先程までの言い訳のできない行動に対してだけのものとは違うようだった。
それからすぐに、問いかけるように……詩奈は再び口を開く。
『今更なんですけど……わたし、吟也さんにすごく迷惑かけてますよね。吟也さんだって今、大変な状態なのに』
あの後。
何とか着替えを済ませて、サマルェに改めて詩奈の記憶を取り戻す方法……
そのような効果の期待できる魔法料理をお願いしようと思ったのだが。
一度魔法料理で何らかの効果を発生させてしまうと、それが元に戻るまでたとえ他の料理を食しても、新たな効果を発生させることができない、なんてサマルェに言われてしまったのだ。
効果の持続時間は料理により違うようだが、今回の場合、とりあえず今日一日は効果が続くとのことなので、それでは別の手を考えようと、こうして女の子の姿のままで、次の目的地に向かおうとしているわけなのだが。
申し訳なさそうな詩奈の言葉に、僕はそんなことないと励ますように笑って見せた。
「はは、何を言うかと思えば。別に迷惑なんてかけられてへんよ。詩奈助けよ思ったのも、サマルェの料理作りに付き合っとんのもおんなじや。全部僕自身がやりたいからやっとんねん。……こういうのもある意味自業自得って言うのかもしれへんなあ」『……』
それが生きがいだからと、胸すら張って宣言してみせると。
返ってきたのは沈黙だった。
まぁ、簡単に理解して受け入れられるほど説得力のあるものかどうかは甚だ疑問で。
僕はそれを誤魔化すみたいに、更に言葉を続ける。
「ま、そんなわけで詩奈がいやや言うまでは、とことん付き合ったるで」
『……ありがとう、ございます』
「……」
それは、やっと聞き取れるくらいの詩奈の声。
たった一言言われるか言われないかの差なのに、どうしてこうも違うのだろうと。
どうしてこんなにも、力をもらえるんだろうと、僕は思う。
それは、分かろうとしても分かることではないのかもしれないけれど。
「ほな、改めてまとまったとこで。そうやな、一旦寮に戻ろか」
『寮? 初めに吟也さんがいた所ですか?』
そして、再び仕切り直しをするようにそう言うと。
その真意を問おうと詩奈が聞き返してくる。
「ああ、そうや。寮に戻れば知恵貸してくれるヤツもおるやろうし……一コ帰って確かめたいことあんねん。それに……その、詩奈の会わなきゃあかん大切な人のことやって、いろいろやってるうちに思い出すかもしれへんしな。今日休みやし、たいていのヤツは寮か街におるはずや」
『そうですか……。それで昨日より人が少ないんですね』
納得したように詩奈が呟く通り、確かに平日よりは人が少なかった。
まあ、もともとこの広大な土地に百人ほどしか生徒がいないのだ。
無駄に閑散ともするだろう。
なんて思っていた時だった。
(第31話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます