第29話、やっぱり棲まう魂の影響にて、見た目も変わっていくらしい
『吟也さんっ、吟也さんってば!』
―――誰かの、声が聴こえる。
僕は、それが詩奈の声だと気づき、それまで落ちていた意識を無理矢理浮上させた。
かっと目を見開けば……何だか馴染み深い、無機質な白に、黒のドットが散りばめられた天井が見える。
そこは、自室よりも目覚めの機会が多いんじゃないかって思えるほど僕がよく利用している保健室だった。
どうやら、あの後完全に意識がブラックアウトしてここに運ばれたらしい。
サマルェ一人では無理かもしれないから、誰かに手伝ってもらったのだろう。
なんて思って、僕が視線を落とすと……いきなり目に入ったのは一杯に広がる黄色いふさふさ。
星型、橙色のほっぺに、その中に朱を含ませた大きな大きな一対の黒目だった。
「どわわわぁっ!?」
「あぅぅっ」
想像以上に大きなサイズのソレ……みゃんぴょうと呼ばれる、某アニメの猫型マスコットキャラの姿をした物体に、悲鳴を上げるようにしてのけぞる僕。
対するソレは……急に目を覚ましてそんなリアクションをとる僕に驚いたのか、恐縮したような、困ったような声をあげていた。
『ど、どうしたの吟也さん、大丈夫!?』
「関西弁のお兄さん、いくらなんでも運んでくれた薫さんに失礼ですよ。ぼくが言うのもなんですけど……」
「あ、大丈夫……じゃなく、めちゃめちゃドアップやったから、つい」
あまりな僕のうろたえように、心配げな声をあげる詩奈と、気が付いた僕に安堵しながらも、やっぱりリアクションが過剰です、と言わんばかりにちょっと呆れているサマルェ。
一方の僕は、なんで誌奈は驚かずに普通に受け入れてるのかな、なんて思っていた。
それはズバリ、恐縮している様子も何だかプリティに見える巨大なみゃんぴょうのことである。
何でも、このみゃんぴょうの少女……神坂薫(かんざか・かおる)は、もともとはきぐるみであったみゃんぴょうに憑く霊魂だか精霊と呼ばれる類の存在らしい。
もっとも、あくまでもそれは本性で。
僕意外のみんなには、ブロンドで小柄な、見えないことが悔しいくらいの美人さんに見えるそうで。
ある意味ものの本質を見聞きできる自身の能力に、こんな弊害があるとは思ってもみなかったわけだけど。
僕がそんな事を考えていると。
薫は器用にぺこぺこ頭を下げて見せながら、どこか恐縮した様子でとんでもない一言を繰り出してくる。
「あの……その、ごめんなさい。女の子になってる吟也さんにとても興味を惹かれてしまいまして。いえ、この場合、吟子さんって呼んだほうがいいですか?」
「……は?」
意味がわからなくて、素っ頓狂な、らしくない声をあげてしまう。
だが、その言葉がじわじわと耳に入っていくうちに……僕は様々な違和感に気づいた。
まずその声。
わざと出した高い裏声ではなく、素直なメゾソプラノの声だった。
加えて、何だか大事なものを失ってしまったかのような空虚感と相反するそれまでなかったはずの感覚。
半ば確定事項な、想像したくない事実を、僕はおそるおそる確認して。
「サマルェっ……お、お前っ、何してくれんねんっ!」
完全に自分が女になってしまったことを悟り、僕は慌ててサマルェに詰め寄った。
「えへへ。大成功ですねっ。 何か変に苦しんでたですから、失敗かと思っちゃったですけど、これで『秘密のラズベリーソース』、完成~! 男性は女性に、女性は男性になって、普段分からない男心女心を体験しようってものなのですけど、これは予想以上の成果ですねぇ」
サマルェは、してやったりの満足そうな笑みを見せ、一気にそうまくし立てる。
そして、どこから持ってきたのか、鼻歌なんぞ歌いながらどれにしようかなと、女の子用の服を物色し始めるものだからたまらない。
着せ替えする気、満々だった。
「アホゥっ、なんてことすんねや! よりにもよってこんな時にっ! しかも最初からそのつもりやったな、そんなもんまで用意しよって! ……こうしてやるっ、こうしてやるぅっ!」
半切れ状態の僕は、そんなサマルェのテンションに合わせるように、人差し指でサマルェのちょっと広いおでこをつついた。
「いたっ、いたたたっ、な、何するですかっ!」
「何するやて? 決まってるがな、そのデコをさらに十センチ後退させるツボ押してんねやっ!」
「……っ!」
それを聞いたサマルェは、涙すら浮かべてほうほうのていで僕から離れるが……それでもまだめげていなかった。
「だって、せっかくかわいくなったですのに、女の子の格好しなきゃおかしいです」
「素でかわいくとかゆーな! しかも普段は男のカッコしとるおまいがそんなん言っても説得力ないわーっ! ……くのくのっ、今度は身長が縮むツボ押しちゃるっ!」「うわ、ちょ、それ以上はぁっ、逃げるですーっ!」
そしてついには、そう言って部屋から飛び出してしまうサマルェ。
すかさず追随しようかとも思ったが、この状態で考えなしに動くのも危険な気がして。
サマルェのいつものスキンシップだと半ば諦めていた節のあった僕は。
下手に追うこともなくひとつため息をついて。
「でも吟子? さん、これからどうなさるんです? やっぱりお着替えなさったほうがいいと思いますけど……」
そこで、そう呟いたのは薫だった。
サマルェと違って本気でそう言っている風だったからこりゃまた厄介で。
「疑問符つきで勝手につけた名前呼ぶなっちゅーの。……着替えるって言ってもさー、恥ずかしいわ。このままでええんやないの?」
「いえいえ、全然よくないですよ。ちょっと見てください」
めんどくさそうに僕がそう言うと、薫はぺたぺた跳ねるように駆けていったかと思うと、薄黄色の鉄柵つきのカーテンの裏に隠れていた細長い姿見を持って戻ってくる。
どうやらそれで自分の姿を見ろ、ということらしい。
かったるそうにしながらも、正直ちょっと興味があった僕は、おもむろに姿見を覗き込み……自らをそれに映し出した。
『うわあ、か、可愛い。吟也さんが何か光って見えます……』
すぐに反応したのは、そんな風に驚嘆している詩奈だった。
「……だ、誰やねん? これは。全くの別人やんけーっ!」
それを耳に入れつつも、衝撃でしばらく反応できなかった僕は、はっと我に返ったかと思うと、そう叫ぶ。
「何と言いますか、おさげが本来あるべき姿へと落ち着いてて、ぐーですよ。輝いてます」
「ぐーやあらへんよ。……うわ、何このなで肩、ほんまに制服着られとって似合わへんし」
何でこんなことになったんやと言わんばかりに、頭を抱える僕。
目の前には、薫の言う通り、透き通る……まるでみずみずしいイチゴのような長い髪を、器用に後ろ手に三つ編みで一本に纏めた、活発さと脆さが同居している、まるで全体から……赤い光が溢れ出すのが目に見えるほどの美少女が、そこにいた。
少し気に入ってた眉もすっかり細くなり、二重の奥にあるルビーのような大きな瞳が目立っている。
体つきも全体的に丸みを帯びていて、縮んでいるような気がするし、そこには男だった面影は微塵もなく。
なんとなく、困り果てたような、怒りを何にぶつけたらいいのか分からないでいるような、しかめ面をしていた。
けれど、もう完全に自分とは思えない姿を見ていると。
何故だか僕は懐かしい人に会えたような……そんな気持ちを覚える。
こんな自分に。
未だかつて会ったことなどないはずなのに。
(第30話につづく)
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